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サイドボードに置いたカップを手に取る岩見にベッドに溢すなよと声をかける。岩見はそういうドジをあまりしないタイプだが、姿勢が不安定なので。
返事をした本人もそう思ったのか、結局もそもそと体を起こして隣に座り直した。膝に頬杖をついて、湯気を一吹きしてカップに口をつける様子を何とはなしに眺めていると、茶色がかった目がきろりとこちらを向く。
「もう委員長には、行くって言ったんでしょ?」
「まだ」
「え、なんで? 早くお返事してあげなきゃあ、可哀想じゃないの」
「だって、お前に聞いてからにしようと思ってたから」
ほうと息をついてから口を開いた岩見は俺の答えを聞くと分かりやすく呆れ顔をした。そんな顔しなくても、と少し眉を寄せながら言い訳のようにそう返す。
「聞くったって、俺がダメなんて言うわけないじゃん。そういうときは俺のこと気にしなくていいんだよ」
「なんで。気にするだろ」
「―っうう! 嬉しい!」
目を丸くしてからシーツに突っ伏してしまった。何をやっているのだろうと見ていると、がばりと顔を上げて「あのね、エス!」とこちらに身を乗り出してくる。
ぐぐっと顔が近付いて、俺はその気迫に少しだけ首を仰け反らせた。
「なに?」
「俺はね、エスが尊敬出来るなんて思える人に会えてすごくよかったなって思ってるんだよ。趣味合うし、いい人なんだろ? エスだって、仲良くしたいって思ってるんでしょ?」
「そうだな」
「ね? だったら今度からは委員長に誘われたときは、飯いらねえってメッセージくれるだけでいいよ。エスのことだから、もう用意してるんじゃないかとかそういうことを気にかけると思うけど、そんなのなんとでもなるし。俺は、エスがそんなことを気にして誘いを断ったりする方が悲しくなるよ」
頭に入れておいてね、と念を押す岩見。俺は少し黙考してからわかったと応じた。
満足そうに姿勢を戻した岩見と並んでコーヒーを飲む。少し温くなっていて苦味が口内に広がった。ミルクをいれればよかったなと思いつつ、砂糖もミルクも入れた岩見のコーヒーを横からさらって一口飲んでみる。良い感じに舌の苦みが無くなった。
その後は岩見が俺のコーヒーを飲みだしたので、カップを交換した状態になった。
促されるままキヨ先輩にメッセージを送って、それから二人で取り留めもない雑談をする。
クラスメイトがどうこうという話を楽しそうにすることを少し嬉しく思った。
岩見は人懐っこく明るいようでいて対人関係には一歩引いている。怯えていると言ってもいいかもしれない。
ゲイだという噂が流れた途端に離れていったというかつての友人たちが原因なのだと思う。
俺と岩見の間にはない境界線が、その他に対しては張り巡らされているのだ。賢いこいつはそれを相手には悟らせない。俺は境界の内側から見ているから分かるだけだ。
岩見のへにゃへにゃした笑顔は好きだが、愛想笑いは嫌いだ。そんなふうに笑うくらいならいっそ笑わなければいいと思う。それなのにこいつは愛想笑いばかり上手くなる。
だから、こんなふうに俺に他の人とのことを話すなんて初めてだと思う。岩見が俺と先輩の交流を喜ぶのと同じくらい、俺も岩見の友人関係が嬉しいのだ。話を続ける岩見の頭にゆるりと手を伸ばした。明るい色の髪に触れると、滑らかに紡がれていた言葉が止まる。
「え? なに?」
「べつに」
「うわ、」
わしゃわしゃと犬にでもするように撫で回してやる。訳が分からないという顔をしていたくせに、岩見はすぐに顔を綻ばせた。
返事をした本人もそう思ったのか、結局もそもそと体を起こして隣に座り直した。膝に頬杖をついて、湯気を一吹きしてカップに口をつける様子を何とはなしに眺めていると、茶色がかった目がきろりとこちらを向く。
「もう委員長には、行くって言ったんでしょ?」
「まだ」
「え、なんで? 早くお返事してあげなきゃあ、可哀想じゃないの」
「だって、お前に聞いてからにしようと思ってたから」
ほうと息をついてから口を開いた岩見は俺の答えを聞くと分かりやすく呆れ顔をした。そんな顔しなくても、と少し眉を寄せながら言い訳のようにそう返す。
「聞くったって、俺がダメなんて言うわけないじゃん。そういうときは俺のこと気にしなくていいんだよ」
「なんで。気にするだろ」
「―っうう! 嬉しい!」
目を丸くしてからシーツに突っ伏してしまった。何をやっているのだろうと見ていると、がばりと顔を上げて「あのね、エス!」とこちらに身を乗り出してくる。
ぐぐっと顔が近付いて、俺はその気迫に少しだけ首を仰け反らせた。
「なに?」
「俺はね、エスが尊敬出来るなんて思える人に会えてすごくよかったなって思ってるんだよ。趣味合うし、いい人なんだろ? エスだって、仲良くしたいって思ってるんでしょ?」
「そうだな」
「ね? だったら今度からは委員長に誘われたときは、飯いらねえってメッセージくれるだけでいいよ。エスのことだから、もう用意してるんじゃないかとかそういうことを気にかけると思うけど、そんなのなんとでもなるし。俺は、エスがそんなことを気にして誘いを断ったりする方が悲しくなるよ」
頭に入れておいてね、と念を押す岩見。俺は少し黙考してからわかったと応じた。
満足そうに姿勢を戻した岩見と並んでコーヒーを飲む。少し温くなっていて苦味が口内に広がった。ミルクをいれればよかったなと思いつつ、砂糖もミルクも入れた岩見のコーヒーを横からさらって一口飲んでみる。良い感じに舌の苦みが無くなった。
その後は岩見が俺のコーヒーを飲みだしたので、カップを交換した状態になった。
促されるままキヨ先輩にメッセージを送って、それから二人で取り留めもない雑談をする。
クラスメイトがどうこうという話を楽しそうにすることを少し嬉しく思った。
岩見は人懐っこく明るいようでいて対人関係には一歩引いている。怯えていると言ってもいいかもしれない。
ゲイだという噂が流れた途端に離れていったというかつての友人たちが原因なのだと思う。
俺と岩見の間にはない境界線が、その他に対しては張り巡らされているのだ。賢いこいつはそれを相手には悟らせない。俺は境界の内側から見ているから分かるだけだ。
岩見のへにゃへにゃした笑顔は好きだが、愛想笑いは嫌いだ。そんなふうに笑うくらいならいっそ笑わなければいいと思う。それなのにこいつは愛想笑いばかり上手くなる。
だから、こんなふうに俺に他の人とのことを話すなんて初めてだと思う。岩見が俺と先輩の交流を喜ぶのと同じくらい、俺も岩見の友人関係が嬉しいのだ。話を続ける岩見の頭にゆるりと手を伸ばした。明るい色の髪に触れると、滑らかに紡がれていた言葉が止まる。
「え? なに?」
「べつに」
「うわ、」
わしゃわしゃと犬にでもするように撫で回してやる。訳が分からないという顔をしていたくせに、岩見はすぐに顔を綻ばせた。
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