My heart in your hand.

津秋

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one.

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特待生である岩見の部屋と同じ造りの居室は、壁の四面のうち二面が大きな本棚になっていた。片方には一段分の空きがあるが、もう片方はぎっしりと埋まっている。
俺はその前に立って整然と並んだ背表紙のタイトルを書店にいるときのように一つ一つ、つくづくと眺めた。
本を選ぶ際の好きな過程の一つだ。タイトルから内容を想像する。手に取ってみて全然違っていても楽しいし、合っていても楽しい。
こう考えると作品のタイトルとは重要なものなのだろう。その本を読むか読まないかの一因にすらなり得る。


テーブルの上には貸す約束をしていた本と、俺が持ってきた桜餅の入った箱がある。北川の分は冷蔵庫にいれてきた。甘いものが好きだと言っていたから食べてくれるはずだ。
俺の部屋にあるのと同じ本の背表紙を撫でて、キッチンに立つ姿に視線を向ける。そこでは先程から先輩が夕食を作ってくれている。
手伝いたいのは山々だが、大丈夫だからと微笑まれてしまえば無理に手伝おうとするのも却って迷惑だろうと俺は引き下がった。

本棚の前に立ったまま、失礼にならない程度に部屋を見回す。広い室内は物凄く綺麗というわけでもないがきちんと片付いている。目立つ家具はやはり本棚と、それから濃紺のソファー。
その隅には本が積まれている。一番上になっている本は読んだことのあるものだった。さっきから何冊も見覚えのあるタイトルを見かけていて、また見つけたそれに楽しくなる。振り返ると、気付いた先輩が「ん?」と首を傾けた。

「なんか嬉しそうに見えるけど、気のせいか?」
「気のせいじゃないです。先輩の持ってる本、俺が読んだことあるやつが多くてなんか楽しい」
先輩はなるほどというように一度頷いてから白い歯をちらりと見せて笑った。顔の造りがどうこうということを抜きにしても魅力的な笑顔を持った人だ。
そう思ってからふと、魅力的に見えるのは単に俺にとって好ましいものだからなのかもしれないということを考えつく。実際がどうであるかは俺には分からないけれど。

「俺、図書館みたいな所で暮らしたいんだ。三百六十度どこを見ても本! みたいな部屋」
「俺と同じ願望ですね」
「だよな、やっぱハルも思うよな。柊に言ったらなに言ってんだこいつみたいな顔されるから俺が変なのかと思った」
「本好きなら、考えると思いますよ、多分」
他の人はどうか知らないけど、と首を捻りながら言う。続けて理想の部屋について語りながらもキヨ先輩の手は止まらない。
俺は興味を引かれてカウンターの傍まで行った。作っている様子を見たかったのだ。料理をしている手元を眺めるのが好きだ。滑らかに動いて野菜や肉や魚を別の姿に変えていく。

自分には出来ないから、なおその過程を見るのが楽しいのだ。


▽▽▽

なんだかとてもお洒落な料理だな、と美しい彩りの皿を前に俺は感心した。
トマトの赤とバジル―俺の知識の正確さは定かではないが多分バジルだ―の緑が目に鮮やかで、見るからに美味しそうだ。

「先輩ってすごく料理上手だったんですね……」
「え? そんなことないよ、これ簡単だから」
「簡単には見えませんって」

丁重に手を合わせてからフォークで細いパスタを巻く。カッペリーニだ、多分。

「凝ってるみたいに見せるのが得意なだけかも」
先輩はそう言って悪戯っぽい表情をした。謙遜などしなくてもこれだけ作れるならすごいことだろうに。

パスタを口にするとレモンの香りがした。
窺うようにこちらを見ていた先輩と目を合わせる。
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