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口に含んだものを飲み込んで、顔を上げる。
グラスを口に運びつつキヨ先輩がこちらを気にしていたことには気が付いていたから、すぐに「美味しいです」と素直に感想を告げる。
彼は明らかにほっとした顔をした。どうやら俺の反応をとても気にしていたようだ。
「よかった」と笑ってようやく自分も食事を始めてくれた。
「人に食べてもらうのって、緊張するな。自分から誘っといて何言ってんだって話だけど」
「あんまり誰かに作ったりしないんですか?」
「ああ、得意って訳じゃないし時間ある時くらいしか出来ないから」
先輩が照れ笑いのように曖昧にはにかむから、俺はなんだか心がほわりと温まった気がした。
「じゃあ俺、貴重な体験してるんですね」
「貴重はおおげさ」
困ったふうに彼は言う。なんというのだろうか、この感じは。
可愛い? ああ、そうだ、そういう感情な気がする。
「―ん……?」
「え?」
自分の心境について考え、当てはまりそうな言葉を見つけてすっきりした一瞬後、その違和感に思わず眉を寄せた。動きを止めたフォークが皿とぶつかって小さな高い音が鳴る。
可愛いって何だ。
「なんだよ、どうした?」
「あ、いや―何でもないです」
慌てて首を振る。そうか? と不思議そうにしているキヨ先輩から視線を外して皿の上のトマトを見つめた。
つやつやした新鮮な色を見ながら考える。
今まで誰かを可愛いと思ったことがあるかと言えば答えは紛れもなく否だ。一度もない。
けれどそんな俺でも知っている。可愛いという言葉は本来男に使うものではないはずだ。多分。なんにでも可愛いという表現を用いる人もいるらしいが、俺は他の言葉で表せるなら迷いなくそちらを選ぶと思う。
だったら何故俺は今男に―しかも年上に対して可愛いという言葉が当てはまるなどと、とち狂ったことを思ったのか。
「桜餅、後で食べような。緑茶淹れる」
「―はい」
柔らかな口調の先輩に上の空で頷いてしまったことに気付いて、「楽しみですね」と今度は目を合わせて笑う。
まあいいか、と思った。とち狂ってはいるかもしれないが、可愛いと思ったことがそれほど問題だという気もしない。深く考える必要性は感じなかった。
そういったわけで、俺はそのままつらつらと考えることはやめて、目の前の料理を味わうことに専念した。
▽▽▽
餅を包む葉ごと噛み切って咀嚼する。餡特有の甘みと葉の薄い塩気が同時に口の中で広がった。
そういえば、俺が知っている桜餅は今食べているこの、粒の残る餅で餡を包んだものだが、同名なのに全く異なる見た目のものがあることをいつだったかに知った。
薄桃色の皮で餡を包むそれは関東風で、俺が知っているものは関西風と言われているようだ。和菓子にまで地域性が出るものかと感心した記憶がある。
「岸田の実家って、関西なんですかね」
「うん?」
向かいで緑茶を飲んでのんびりしていた先輩にふと声をかける。先輩は目を瞬いてから宙に目を向け「あー」と声をあげた。
「そうだったかも、京都のはずれにある和菓子屋だとか聞いたことある」
柊に、と付け加えてうんうんと頷いている。
「柊さんが知ってたんですか?」
「うん、なんかあいつ委員のこと詳しいんだよな。世間話のなかで知るんだと思うけど、それを俺にわざわざ報告してくるんだよ」
なるほどと頷く。それにしても京都か。岸田の話し方は全く訛りがなかったから全然わからなかった。
グラスを口に運びつつキヨ先輩がこちらを気にしていたことには気が付いていたから、すぐに「美味しいです」と素直に感想を告げる。
彼は明らかにほっとした顔をした。どうやら俺の反応をとても気にしていたようだ。
「よかった」と笑ってようやく自分も食事を始めてくれた。
「人に食べてもらうのって、緊張するな。自分から誘っといて何言ってんだって話だけど」
「あんまり誰かに作ったりしないんですか?」
「ああ、得意って訳じゃないし時間ある時くらいしか出来ないから」
先輩が照れ笑いのように曖昧にはにかむから、俺はなんだか心がほわりと温まった気がした。
「じゃあ俺、貴重な体験してるんですね」
「貴重はおおげさ」
困ったふうに彼は言う。なんというのだろうか、この感じは。
可愛い? ああ、そうだ、そういう感情な気がする。
「―ん……?」
「え?」
自分の心境について考え、当てはまりそうな言葉を見つけてすっきりした一瞬後、その違和感に思わず眉を寄せた。動きを止めたフォークが皿とぶつかって小さな高い音が鳴る。
可愛いって何だ。
「なんだよ、どうした?」
「あ、いや―何でもないです」
慌てて首を振る。そうか? と不思議そうにしているキヨ先輩から視線を外して皿の上のトマトを見つめた。
つやつやした新鮮な色を見ながら考える。
今まで誰かを可愛いと思ったことがあるかと言えば答えは紛れもなく否だ。一度もない。
けれどそんな俺でも知っている。可愛いという言葉は本来男に使うものではないはずだ。多分。なんにでも可愛いという表現を用いる人もいるらしいが、俺は他の言葉で表せるなら迷いなくそちらを選ぶと思う。
だったら何故俺は今男に―しかも年上に対して可愛いという言葉が当てはまるなどと、とち狂ったことを思ったのか。
「桜餅、後で食べような。緑茶淹れる」
「―はい」
柔らかな口調の先輩に上の空で頷いてしまったことに気付いて、「楽しみですね」と今度は目を合わせて笑う。
まあいいか、と思った。とち狂ってはいるかもしれないが、可愛いと思ったことがそれほど問題だという気もしない。深く考える必要性は感じなかった。
そういったわけで、俺はそのままつらつらと考えることはやめて、目の前の料理を味わうことに専念した。
▽▽▽
餅を包む葉ごと噛み切って咀嚼する。餡特有の甘みと葉の薄い塩気が同時に口の中で広がった。
そういえば、俺が知っている桜餅は今食べているこの、粒の残る餅で餡を包んだものだが、同名なのに全く異なる見た目のものがあることをいつだったかに知った。
薄桃色の皮で餡を包むそれは関東風で、俺が知っているものは関西風と言われているようだ。和菓子にまで地域性が出るものかと感心した記憶がある。
「岸田の実家って、関西なんですかね」
「うん?」
向かいで緑茶を飲んでのんびりしていた先輩にふと声をかける。先輩は目を瞬いてから宙に目を向け「あー」と声をあげた。
「そうだったかも、京都のはずれにある和菓子屋だとか聞いたことある」
柊に、と付け加えてうんうんと頷いている。
「柊さんが知ってたんですか?」
「うん、なんかあいつ委員のこと詳しいんだよな。世間話のなかで知るんだと思うけど、それを俺にわざわざ報告してくるんだよ」
なるほどと頷く。それにしても京都か。岸田の話し方は全く訛りがなかったから全然わからなかった。
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