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第4章 暗闇の中に
荒れる心
しおりを挟む……こんなつもりじゃなかった。
自分が不器用で、良好な人間関係を築く能力が圧倒的に低いことは知っている。
お前となんか、誰も親しくしたがらない。
そう言われたこともしばしばだ。
だから、仕方ないと納得して受け入れてきた。
今さら自分の不器用さは変えられないし、間違ったことをしているつもりはないのだ。
それで孤立してしまうなら仕方ないことだし、別に構わないと思っていた。
でも、それはあくまでも自分だけの話。
決して、周囲をここまで追い詰めるつもりはなかった。
「くそ…っ」
小さく吐き捨て、ルカは唇を噛む。
せっかくシャワーを浴びて汗を流したというのに、爽快感を味わえないばかりか、心はむしろささくれ立つばかりだ。
静かに荒れる心は、様々なことを考えさせる。
思えば、宮殿に来てからというもの、何かが変わった気がする。
一人なのはいつもと変わらないのに、中央区にいた時のように孤立はしていなかった。
ここに来て初めてできた、仲間という存在。
所詮は義務の上に成り立つ形だけの関係だと思っていた。
でも……それは、キリハが加わってから少しずつ変わっていった。
皆が徐々に歩み寄り始め、気付けばキリハやカレンだけではなく、ミゲルたちといった竜使い以外の人々も、少なからずこちらに目を向けるようになった。
もちろん声をかけられても無視を決め込んでいたが、最近では声をかけられると、思わず立ち止まってしまうこともあったような気がする。
「はっ…。結局、オレもほだされてたってわけか。」
自嘲めいた空笑いが口から漏れた。
どれだけ意地になって周囲を拒絶しても。
いくら目の前の変化を認めたくなくても。
こうして思い返せば、自分もその変化に巻き込まれていたのだと知る。
抗いようもなく、少しずつ、少しずつ変わっていってしまうのだ。
それなのに……
「―――っ」
唇を噛んだ勢いで、柔らかい皮膚を切ってしまったようだ。
口腔内に広がっていく鉄臭い味に、心がますます荒んでいく気分だった。
孤立するのはどうでもいい。
これも自己責任だと、随分昔に割り切っているから。
でも、だからといって―――彼女に、あんな顔をさせるつもりはなかった。
生まれて初めて見たカレンの涙が、脳裏にこびりついている。
昔から、ひどい怪我をしても理不尽な目に遭っても泣かなかったくせに。
今日、彼女は初めて自分の前で泣いた。
『これ以上、あんたのそのつらそうな顔を見ていたくないのよ!!』
そんな、馬鹿げた理由で。
「くそ……」
自分への苛立ちが募っていく。
違う、と。
心がそう叫んでいる。
彼女にあんな顔をさせたかったわけじゃない。
あんな言葉を言わせたかったわけじゃない。
「………」
ルカは自分の手を見下ろす。
つい、いつもの癖で振り払ってしまった手。
普段は何も感じないのに、それが今となってはこんなにも不安を煽ってくる。
毎日毎日、どんなに振り払ったって、しつこいくらいつきまとってくるくせに……
ぼんやりとそう思って、はたと自分の心の本音に気付く。
カレンもキリハも、自分がどんなに邪険に扱ったところで懲りずに近寄ってくる。
どうせそうだと思って、それを疑ったことなどなかった。
だけど……
未だに目覚めないキリハが。
初めて涙を見せたカレンが。
今度こそ、自分から離れていってしまうかもしれない。
そう思うから、今は不安なんじゃないだろうか。
彼らを疑っていなかったんじゃない。
彼らが離れていくかもしれないなんて疑わないほどに、自分が彼らに離れないでいてほしいと願っていたから。
(オレは……気に入ってたのか…?)
自分の中にいくつもの嵐を巻き起こしていったキリハのことも。
認めたくなかったはずの変化も。
なんだかんだで孤立はしていなかったこの日々も。
隣にいるのが当たり前になっていた、カレンのことだって……
「………」
ルカは目を伏せる。
昔からずっと、世界の全部が気に食わなかった。
どうして自分は竜使いとして生まれてしまったのかと悩み、周囲の理不尽な態度にどうしようもない怒りを感じていた。
同じ境遇の竜使いの人々を憐れに思う一方で、仕方ないと諦めている彼らに苛立ちを覚えている自分もいた。
そんな心境から、周囲を敵視しすぎていたせいかもしれない。
今は、味方だと分かりきっている相手に対してさえ、どう接すればいいのか分からない。
周りのことなど気にする必要もない。
どうせ自分は独りなのだから。
それが現実で、紛れもない真実であるはずなのに……
胸がちくちくと痛むのはどうしてだろう。
孤独になるのは仕方ないと思っているのに、こうもいたたまれない気持ちになるのは何故なのだろうか。
その答えを、この時の自分は見出すことができなかった。
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