竜焔の騎士

時雨青葉

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第3章 知って 向き合って そして進んで

ドラゴンのことも、人間のことも―――

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 正直、あの事件のことを聞いた後のことは、ぼんやりとしか覚えていない。


 頭の中にケンゼルから聞いた話が断片的に響いて、ルカや中央区の人々が見せていた、怯えと憎しみが混ざった表情が走馬灯のように駆け抜ける。


 竜使いと他を分かつ溝の根底にあったのは、〝普通〟という巨大な壁だけではなかった。
 そこにはまだ、真新しい傷があったのだ。


 自分だけが知らなかった現実。
 それは、思った以上に自分の心に重くのしかかった。


 なまりでも引きずっている気分で体を動かしながら、宮殿本部への帰り道を歩く。


 かすみがかかったかのように、はっきりとしない意識。
 それを現実へと引き戻したのは、前方から聞こえてきた慌ただしい足音だった。


「あのたぬき親父……覚えてろよ…っ。五倍にして返す……絶対に…っ」


 息を切らせて廊下の角から出てきた彼は、彼らしくない暴言を吐きながら汗を拭う。


「ジョー…?」


 戸惑いながらも声をかけると、ジョーは弾かれたように顔を上げた。


「キリハ君…っ。大丈夫!? なんともない!? 変なことを吹き込まれたりしなかった!?」
「う、うん……大丈夫。ちょっと、ドラゴンのことを教えてもらっただけだから。」


 勢いよく詰め寄られ、普段の彼からは想像もできない慌てぶりで問いかけられる。
 それにキリハは目をぱちくりとさせながらも、なんとかそう答えた。


 すると。


「……そう。……よかった…っ」


 緊迫していたジョーの表情に、安堵の色が広がっていった。




(ああ……心配してくれたんだ……)




 汗を流して溜め息をつくジョーの姿を見て、痛いほどにそれを感じた。


「―――なんで…っ」
「いった…っ」


 腕を掴むジョーの両手に震えるほどの力がこめられ、キリハは思わず顔を歪める。
 ジョーは目つきを鋭くしてキリハを睨んだ。


「なんで一人でこんな所に来たの!? ディアから、ちらっとでも聞かなかった? ここは、君が想像しているよりもずっと汚い世界なんだよ!? 僕もディアも、必ずしも助けてあげられるとは限らないの!! お願いだから、宮殿本部で大人しく―――」


「ごめん。」


 ジョーの言葉を遮ったのは、弱った声でもなければ戸惑った声でもない。
 りんと澄んでいて、はっきりとした意志を伴った声だった。


「ごめんね。ジョーやディア兄ちゃんが守ってくれてるんだってことは、なんとなく分かってる。でも、俺は知らなきゃいけないんだ。ドラゴンのことも―――人間のことも。」


 最近は顔を合わせることができていなかったジョーに、キリハは真正面から向き合う。


「俺は、俺が正しいと思ったことを、ただのわがままにしたくない。今は無理でも、自分が言ったことにちゃんと責任を持てるようになりたい。そのためにも、俺は逃げずに色んな事と向き合わなきゃだめなんだ。」


 ジョーの態度を見て分かった。


 当たり前だけど、ディアラントやジョーの中での自分は、まだまだ守るべき子供なのだ。
 色んな事から優しさで目隠しをされて、都合の悪い場面を見ずに済むように守られている。




 ―――でももう、それに甘えていてはいけない。




 《焔乱舞》に選ばれた意味を問うならば。
 それに見合った自分の役目を全うしようと思うなら。


 自分の足でちゃんと立たなければいけない。
 そして、自分の手で答えを掴み取らないといけないのだ。


「………」


 こちらの答えが予想外だったのか、ジョーはひどく驚いた顔をして言葉を失っている。
 そんなジョーに、キリハは淡い笑顔を向けた。


「ありがとう。やっぱりジョーは、自分で言うほど悪い人じゃないよ。俺はジョーのことが好きだし、今回みたいに喧嘩しても、きっと嫌いにはならないと思う。―――ジョーと会えて、本当によかった。」


「―――……」


 どこか呆けたようなジョーの手から、力が抜ける。


 するり、と。
 その手が、キリハの腕から落ちた。


「それじゃ。」


 その隙を見のがさず、キリハはジョーの前から体をずらすと、その場から軽い足取りで走り出した。


(そうだよ。落ち込んでる暇なんてないんだ。)


 他でもない、自分自身に向けて言い聞かせる。


 ショックな事実を知ったからなんだ。
 それを実際に経験した中央区の人々に比べたら、自分が受けたショックも悲しみも微々たるものだろう。


 こんなことで立ち止まれない。
 立ち止まりたくない。


 胸は痛むけど、それでも―――




(それでも俺は、前に進みたい。)



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