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第3章 知って 向き合って そして進んで
真新しい傷
しおりを挟む「……あんなこと?」
キリハがおうむ返しにそう訊ねると、ケンゼルは心底驚いたような顔で目をしばたたせた。
「そう…か。お前さんは、中央区の出ではなかったな。じゃあ、知らなくても仕方ないのう。」
「何…? なんなの?」
なんだか、嫌な予感がする。
とにかく話の続きを聞きたくて、キリハはケンゼルを急かすように問いかけるが……
「うむ…」
ここで初めて、ケンゼルが言葉を濁した。
「話してもいいが……お前さんには、かなりショックな話かもしれんぞ。」
「それでもいい。」
キリハは怯まなかった。
〝あんなこと〟と言った時から、ケンゼルの口調が一気に沈んだ。
その時点で、自分が知らない何かがよくないことであるのは伝わっている。
でも、自分はそれを知りたい。
なんとなく感じた。
これは、自分が知らなきゃいけないことだと。
「覚悟の上か…。なら話そう。」
一つ息をついて、ケンゼルはゆっくりと口を開く。
そして―――
「六年前、竜使いの行方不明事件が相次いだのじゃ。」
重々しく、そう告げた。
「それ以前からも、竜使いが行方をくらますことはたまに起きることじゃった。相手が竜使いじゃあ、警察の腰も重くてな。適当に書類仕事だけして、あとは無視じゃ。上司にも、ろくすっぽ報告もしない。」
それはもはや、犯罪に加担しているようなものじゃないか。
あまりのひどさに、出せる言葉もなかった。
「犯人も、竜使いを標的にすれば捜査が比較的緩いことに、味を占めたんじゃろう。挙句の果てには、集団での誘拐事件まで起こる始末じゃ。そこまで事件が悪化して、警察が慌てて警戒を強めたが……取り繕うには、もう遅すぎてな。事件の概要がわしやターニャ様の耳に入る頃には、どうしようもない状況じゃった。」
やりきれないと言いたげに、ケンゼルは目を閉じる。
「被害に遭った竜使いの半分は保護できたものの、もう半分は未だに行方が分かっとらん。六年も経つんじゃ。安否はもう……期待できんじゃろう。」
「―――……」
事件の結末は、最悪と言える。
未だに行方が分かっていない人々の今を考えると、ぞっと寒気がした。
「事件のことを知ったターニャ様は、かなりお怒りになった。新庁舎を建てるために区画整理中だった中央区を竜使いの町として整備させ、勅命まで出して警備を強化させたんじゃ。総督部や重鎮たちはあまりいい顔をしなかったが、あの時のターニャ様は誰も太刀打ちができないほどの手腕を見せて、この案を可決にまで持っていったんじゃよ。」
「………」
「これが、竜使いの街ができるきっかけになった事件でもあり、宮殿の重鎮たちがターニャ様に、明確な危機感を持つようになった事件でもある。わしらである程度の情報規制をかけたから、事件のことを詳しく知っておる人間は少ないが……中央区の人間なら、誰もが知っている事件じゃろう。」
「………」
話を最後まで聞いても、やはり何も言えなかった。
『なのにどうして……オレたちが、あいつらのために戦わなきゃいけないんだ? あいつらは、オレたちのことを助けなかった。なのに…っ』
初めて会った時にルカからぶつけられた言葉が、脳裏に生々しくよみがえる。
『黙れ!! お前は、何も知らないからそんなことが言えるんだっ!!』
今さらになって、あの言葉が鋭い刃となって胸に深く突き刺さった気分。
本当にそのとおりだ。
自分は今まで、なんて無神経なことを言っていたのだろう。
今ディアラントたちと普通に話しているルカたちは、どんなに複雑な感情を胸に秘めているのだろう。
こんなにも悲しい過去を抱えて、それを知らずに生きている人々に、何を感じているだろうか。
目の前が急に真っ暗になって、足元が崩れていくような感覚。
それを感じながら、キリハはぎゅっと両手を握った。
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