333 / 598
第2章 300年前の真実
下す決断
しおりを挟む「命を懸けた楔……なのかもしれんな。あれからの私は、人間に最後の牙を向けられず、中途半端な気持ちで世界を眺めているだけだ。」
一つの悲しい思い出を語ったレクトは、小さく肩を落とす。
ふとした拍子に遠くを見る、赤い双眸。
複雑そうに揺れるその瞳を見ていると、胸の奥から衝動が込み上げてくるようで。
「―――俺は……やっぱり、レクトと友達になりたいよ。」
引っ込むどころか、その気持ちはより一層強くなっていた。
三百年前の真実を知って、何を馬鹿なことを言っているんだと。
周りはそう怒るかもしれない。
また夢だけの理想論を追いかけて、と。
ルカにでも話したら、溜め息をつきながら呆れられるかな?
でもね、さすがにこんな話を聞いたら、自分だって好意だけでレクトに手を伸ばせないよ。
正直なところ、レクトが少女の話の中で告げていた下心が、自分の中にも芽生えてしまったと思う。
それでも、ここで手を引くという選択肢だけはないんだ。
過去を知ったからこそ、自分はシアノとレクトをこんな暗い場所に残しておきたくない。
とんでもない過ちだったと思う。
たくさんの命が犠牲になった。
自分たちも、それでたくさん苦しんできた。
でも……―――まだ間に合う。
遠い昔にレクトへと手を差し伸べた彼女は、自分の命と引き換えに一縷の希望を繋いだ。
それはこうして、レクトの胸に残っているじゃないか。
彼女が残したきっかけを無駄にしちゃだめだ。
だって自分も、彼女が抱いた希望に痛いほど共感できるんだから。
今度こそ、みんなで仲良く笑いたい。
昔はその輪に入れなかったレクトに手を差し伸べたいと、強く思うんだ。
「お前……馬鹿だとよく言われないか?」
こちらの答えが予想外だったのだろう。
レクトが間の抜けた表情をして、目をまんまるにした。
「あはは…。その言葉なら、聞き飽きるくらい言われた。今もルカが毎日のように、馬鹿猿とか脳内お花畑とか、お人好しとかって……」
「うむ……私には、ルカがそう言いたくなる気持ちの方がよく分かるな。どれも、お前を的確に表現しているように思える。」
苦々しい声で告げたレクトは、難しげに唸りながら腕を組む。
「あの時の少女といい、お前といい……なんだ? 《焔乱舞》が選ぶ主人は、こう……頭のねじが緩んでいるのか?」
「やだなぁ。どうせなら、視点と価値観が違うって言ってよ。」
キリハは小さく笑う。
「その子の話を聞いて思ったけど、多分焔は、人間もドラゴンも好きになれる人を選ぶんじゃない?」
「ドラゴンを、好きに…? あんなことがあったのにか?」
「だからって、必ずしも全員がドラゴンを嫌うわけじゃないよ。だって俺たち、戦争のことなんて歴史の教科書でしか知らないもん。俺がレティシアたちと友達になってから、ディア兄ちゃんやミゲルは、普通にロイリアと遊んでたりするよ?」
「……そういえば、人間は不自然なくらい忘れる生き物だったな。」
自分の他にもドラゴンに友好的な人がいると伝えたかったのだが、レクトはどうしてかそんな一言を告げる。
だけど、自分は往生際が悪いんだ。
これくらいで説得を諦めたりしない。
ひねくれた相手とのやり取りなら、ルカでばっちりと経験を積んでいるのである。
「たった百年しか生きられないんだもん。自分が生まれる前のことまで気にしてたら、楽しくないじゃん。それに喧嘩しちゃっても、仲直りして歩み寄るのが人間なんだよ。」
「うむ…」
「それは、レクトだって一緒だよ。」
「!!」
その言葉を放つと、レクトが目を見開いてこちらを見た。
そこに確かな手応えを感じて、キリハは柔らかく微笑む。
「きっとね、リュドルフリアもレクトと歩み寄りたいんだと思うよ。だから自分の分身の焔に、レクトのことも好きになれる人を選ばせてるんじゃないかな?」
「お前……その考え方は、随分と都合がよくないか?」
「いいじゃん、別に。リュドルフリア本人が眠ってるんだから、どう解釈したってさ。」
悪戯っぽく笑みを深めたキリハは、腰に下がる《焔乱舞》を指し示す。
「だって、レクトの前にいても焔は静かだよ? それは、焔とリュドルフリアにとって、レクトが裁く相手じゃないってことでしょ?」
調子がいいと思うなら、どうぞそう言ってください。
自分にしか分からない確信に、同意を求めようとは思いませんので。
そんな自分の思いが伝わったのかもしれない。
すっかり毒気を抜かれた様子で、目をしばたたかせていたレクトは……
「―――変わり者め。」
そう呟いて、小さく笑った。
「仕方ない。私の負けだ。」
何かを諦めたらしいレクトは、座っていた地面からひょいと立ち上がった。
眠る自身の体の横を通り過ぎ、その奥にある木箱の中をまさぐる。
戻ってきたレクトの手には、大振りのナイフと小さなボトルが握られていた。
レクトは自身の体に近寄ると、躊躇いもなくナイフを鱗の隙間に突き刺す。
大きな鱗を伝って流れる血をボトルに汲み、最後にきっちりと蓋を閉める。
「ほら。」
自分の血で満たしたボトルを、レクトはキリハへと放り投げた。
「え…? いいの?」
すでにこの行為の意味を知っているキリハは、期待を込めた眼差しでレクトを見つめる。
「私の負けだと言ったではないか。」
レクトはやれやれと肩をすくめた。
「私の友になりたいという気概は認めてやるが、毎回こんな所に来るのは手間だろう? それくらい私の血を飲んでおけば、離れていても会話が可能だ。」
「へ…? そうなの?」
「ああ。感覚をリンクさせて体の主導権を奪うだけが、この能力ではない。調整すれば、そういうこともできる。もしかすると、眷竜であるレティシアとなら、もう少し血を飲めば念話が可能になるのではないか?」
「レティシアとも……」
渡されたボトルに目を落とし、キリハはじっと考える。
そういえば、一つ心当たりがある。
レティシアたちを保護したばかりの頃、彼女たちが血液薬の実験台にされかけた時のことだ。
あの時、自分にだけ聞こえたような気がした声。
あれはもしかして、怯えたロイリアが無意識に飛ばした声だったのでは?
だとすれば血を濃くすれば、レティシアだけではなく、ロイリアとも離れた場所からの意思疎通ができるようになる可能性が高い。
これは、一つの突破口になりえないか?
自分が常に彼女たちの状況が分かるなら、今のようにガチガチに監視する必要はなくなる。
彼女たちに少しでも自由を返せる、いいきっかけになるのではないだろうか。
「お前が何を考えているかは、なんとなく分かるが……よくよく考えるんだぞ。」
きらりと目を光らせるキリハに、レクトがささやかな苦言を呈する。
「先ほどまでの話を忘れるなよ? 格が高いドラゴンの血を受け入れるほど、己の体を奪われるリスクが高まるのだ。」
そう告げたレクトの瞳が、鋭い眼光を放ってキリハを射る。
「もう一度言うぞ。よくよく考えろ。―――本当にいいのか?」
「………っ」
レクトが醸し出す威圧感に圧され、キリハはボトルをぎゅっと握り締める。
ここで下す決断が、今後を左右する。
分かっているけれど、迷いはなかった。
答えなんて、最初から―――
0
あなたにおすすめの小説
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~
朽縄咲良
ファンタジー
――「要するに、アンタには死なれちゃ困るんだよ。俺が、この異世界で幸せな一生を送って、天寿を全うするまで、な」
魔族を統べる魔王イラ・ギャレマスは、自身の城へと攻め込んできた“伝説の四勇士”の三人、ジェレミィア・ファミィ・エラルティスを、その圧倒的な力を以て圧倒する。
残るは、黒髪黒目の冴えない男――シュータ・ナカムラのみ。
だが……シュータは、魔法陣で三人の仲間を魔王城の遥か彼方へと吹っ飛ばし、ただひとりで魔王と対峙する。
――そして、二十分後。
不様に大理石の床に這いつくばっていたのは、魔王ギャレマスの方だった。
シュータの繰り出す圧倒的なチート攻撃の前に為す術もないギャレマスは、自身の敗北と迫りくる死を覚悟するが、そんな彼に対し、シュータは不敵な笑みを浮かべながら、意外な提案を持ちかけるのだった――。
「なぁ、魔王。ここはひとつ、手を組もうぜ……!」
『地上最強の生物』だが、めっぽうお人好しで、バカが付くくらいに娘の事を溺愛している中年オヤj……ナイスミドル(忖度)の魔王が、反則級のチートマシマシ異世界転移勇者をはじめとした周囲の者たちに翻弄されまくるコメディファンタジー、ここに開幕!
哀れな魔王の、明日はどっちだ……?
(表紙イラストは、ペケさんから戴きました)
*小説家になろう・ノベルアッププラスにも、同作品を掲載しております。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる