世界の十字路

時雨青葉

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第5章 精霊の王

不思議なあの子

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(何……この子……)


 その子に初めて会った時、私はとても驚いたのを覚えている。


 魂が綺麗すぎた。


 もちろん、まだ経験が少ない子供の魂は、大人のそれに比べて綺麗な傾向にある。
 けれど、その子の魂はそういう次元に収まらないほどに綺麗だった。


 それはもう不自然なくらいで……一瞬、その子が人間であることを疑った自分がいた。


 それと、不思議なことはもう一つ。


 私は胸を押さえた。


 今までは、人間を見るだけで体中が不快感に満たされていた。
 それが、今はないのだ。


 子供であっても人間には変わりないはずなのに、その子を前にした私の心は穏やかなままだった。


 これが〝鍵〟の―――人間でありながら、同じ人間からうとまれる者がなせるわざなのだろうか。


「こんにちは。いつもこの子たちと遊んでくれて、ありがとね。」


 その子と目線を合わせて微笑むと、その子は驚いた表情をしながらも、ちゃんと頷き返してくれた。


 私はそのまま、ごく自然にその子の手を取った。
 次の瞬間―――


「!!」


 触れた手を介して、一気にその子の心が流れ込んできた。


 記憶にあるのは、両親の優しい笑顔とこの森の風景。


 自分は〝鍵〟なのだという、はっきりとした自覚。
 人間は敵だと、身を守るには自分が強くならなければという焦り。
 それと相反するようにある、人間に対する強い憧れ。


 それらが毎日毎日、目まぐるしく回って……


「―――っ」


 私とその子は、ほぼ同時に互いの手を離していた。


「大丈夫!?」


 精霊たちが私の異常を感じて、慌てて集まってくる。


「大丈夫よ。」


 言いながら、私は自分の失敗を実感していた。


 私は、水をつかさどる精霊のおさ
 水を介して、どんな場所の情報を知ることができる。
 けれど、それは純粋に水でなくてもいい。


 私は今、この子に流れる血液などの液体を介して、この子の真相心理までを見てしまった。


 本当は意識すれば見ないようにできたのに、この子への興味が無意識に心を覗いてしまったのだろう。


 一方のその子は、自分の身に何が起こったのかは理解できていないようだった。


 ただ、何かしらの異変があったことは分かっているようで、複雑そうな目で私をじっと見つめてきていた。


(なんてさとい子……)


 私はその子に少し驚き、そして少し可哀想だと思った。


 これが、私とその子の最初の出会いだった。


 それからというもの、私はほぼ毎日外へ出るようになった。


 毎日のように湖に来るあの子と会って言葉を交わして、魔法の使い方を教えたり遊んだりして日々を過ごした。


 以前精霊たちが言っていたように、触れ合えば触れ合うほど、その子は不思議に思えてくる子だった。


 自分で学んだり精霊たちに教わっていたりしたことで、その子はすでにある程度の知識と技術を身につけていた。


 そして、外見の幼さに見合わず、色んなことを知っていた。


 自分のことも、世界のことも。
 今まで、自分という存在がどんな目に遭ってきたのかも。


 その子いわく、このことは誰に教わったわけでもなく、いつの間にか知っていたらしい。


 それらを知っているだけではなく、きちんと理解までしているだろうことは、その子が時おり見せる表情から読み取れた。


 諦感をにじませた、寂しさをたたえるあの子の顔。
 それが、私の意識にとても強く焼きついた。


「仕方ないんだよ。」


 そんな顔をして、どうでもいいと言うような口調であの子は言った。


「こうでもしないと、生きていけないんだ。芝居を打つのも、隠れて魔法の練習をするのも、仕方ないこと。」


 その声は本当にあっさりとしていて、その子が自分の境遇を受け入れているのだと、否応なしに理解させた。


 滅多に見せないその子のうつろな表情は、私から言葉を取り上げてしまうほどに重たげだった。


 そして……そんなあの子が精霊たちと笑い合う度、私の中には疑問がわだかまっていった。


 精霊たちの話では、この子は自分以外を信用しないと言い切っていたはず。


 それなのに、どうして私たち精霊の前では、こんなにも無邪気な笑顔を見せるのだろう。


 自意識過剰ではないと思う。
 この子は、私たちを心から信頼してくれている。


 ある日我慢できなくて訊いてみると、その子は当然といった様子で答えた。


「だって、イルシュたちは人間じゃないでしょ? なんで俺が、人間以外を敵って思わなきゃいけないの?」


 それは自然の摂理でも話すかのような、迷いのない言葉だった。


「俺が信じないのは、人間だけだよ。それとも、イルシュたちも人間みたいに俺を殺そうとするの?」


「まさか!! 人間なんかと一緒にしないで!!」


 人間と同等に見られるなんて、吐き気すらしてきそうだ。
 すぐさま否定した私を見たその子は、屈託なく笑って―――


「でしょ? だから信じてるし、仲良くもする。それって変?」


 そう言った。
 私はそれに、何も答えられなかった。


 この子の敵は、あくまでも人間だけなのだ。
 私たちと同じように、人間でなければ嫌悪する対象にはならない。


 人間でありながら人間を敵視するその子の言動は、とても普通とは言えなかった。
 でも、それでいいと私は思った。


 こんな彼だから、この聖域にいる資格を持つのだろう。


 人間でありながら、同じ人間の輪から弾かれてしまった。
 だから必然的に、彼は人間以外のものに何かを求めるしかないのかもしれない。


 きっとそうだから、私たちもこの子を放っておけないのだ。
 人間と知りながら、それでもかれてしまう。


 すんなりと、そう納得できた。


「そうね。変じゃないわ。」


 ごく自然に、その言葉が口から零れていた。
 そして、私はその子に手を差し出す。


「いらっしゃい。秘密の場所に案内してあげる。人間が絶対に来られない場所。私たちだけの秘密基地にしましょう?」


 そう提案した後にキラキラとした顔で笑ったあの子を、私は一生忘れないだろう。

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