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第四話

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「林田初段について知っていることを教えてほしい」
美都留は唇を強く結んで考えてから言葉を発した。
「何故姿を消しているかわからない。
林田初段とは赤龍戦の準決勝で当たって負けたわ。
対局以外ではプライベートでは林田初段と接点がないの」
「女流棋士になる前は林田さんが何をしていたか知っていれば教えてほしい」
「いろんな職業を転々としていたとデビュー時に話していたのを覚えている。
プライベートなことはあまり話したくないみたい。
ただ同じ時期にお互い女流棋士になったから、林田さんの強さの秘訣はすごく興味があるし、今回の失踪は非常に気になるの」

美都留は瞳を大きく開いて続けて話した。
「事件とは関係無いのかもしれないけれど、林田さんが他の棋士と違うので気にはなっていたことは三つあるの。
一つ目は対局後感想戦をしないこと。
二つ目は棋士デビューが林田さんはアラフォーの30代で、女流プロになる前はアマチュアの棋界でも名前を全然知られていなかったこと。
三つめは眼鏡が似合っていないこと。これはあくまで私の主観だけれど」

「感想戦とは対局が終わった後、対局中の着手の善し悪しを振り返って検討することだけれど、しなくてもルール上問題はないの。
ただ感想戦を全くしない棋士は珍しいわ。手の内を明かしたくないのかもしれないけれど変わっている」
「デビューが40歳前というのは珍しいのか」
「将棋の団体は全日本将棋連盟という一般的な団体以外に女流棋士に特化した団体があるの。更に女流棋士の団体は二つあって、棋士デビューの年齢制限は一つ目が40歳以下でもう一つが27歳以下。アマチュアが参加できるメインの女流棋戦でベスト8になれば女流プロ棋士になることができるの。林田初段は40歳近くになってデビューしたので全日本女流棋士協会に所属しているの。ただ女流棋士になる人は大体10代か20代だわ」
三島は早口で将棋界の説明している。

「なるほど」吉川は頷いた。
「20代でデビューする人も10代のときアマチュア将棋界で話題になる人がほとんど。40歳前でデビューした林田初段はアマチュアの大会やアマプロオープンの大会にこれまで一切参加していないの。
昨年初めて女流アマチュアの将棋大会で優勝したので赤龍戦に出場資格を得てベスト8になりプロデビューした人。そしてベスト4で私に勝ち、金海女流を破って優勝。
行方不明になっていなければマスコミは彗星のように突如現れた天才女流棋士というキャッチフレーズをつけたでしょうね」
「林田さんはネット将棋で強くなったのかもしれない。
君も同じ棋戦で女流プロとしてデビューしたのだから見習いではないだろう」
「林田さんの指し手のセンスから比較したら私なんてまだ見習いもいい所よ。金海さんといい、林田さんといい女流プロのトップレベルにはまだまだ追いついてないわ。
二級になったから女流プロ棋士と入れるかもしれないけれど私はまだまだ見習い中よ。
それと林田さんの服装のファッションセンスはアラフォーらしくアダルト感があって艶やかなの。でも眼鏡だけが似合っていない」
「眼鏡はおしゃれのセンスに難があるということかな」

「それより林田さんについて警察がつかんだことは無いの?」
「知っていると思うけれど、林田さんが所属している全日本女子将棋協会によると、メールで退会届が送られてきたらしい。
退会届には『精神不調で女流棋士を続けられない。プロになるのではなかった。申し訳ない。』と書かれてあったとのこと。
協会としては林田さんと会ってから受理するかどうかを決めるらしい」

美都留は腕を組み考えている。吉川は時計を見て、
「今日の事情聴取は終わり。それと気にはしていないのだが大盤解説で加藤先生と話をしていた時は敬語で話をしていて、私にはため口だし2年前もため口だったし、警察が好きではないのかな」

「将棋の大先輩の加藤先生には当然敬語を使うわ。警察は嫌いではないけど好きでもないわ。
あなたとは大晦日以外にも夢の中で。
それより昨日のホテルのフロントの人が吉川さんは山口の名家の出だと言っていたよね」
「先祖が山口の出で、吉川、後に市川と名前を変えた武将をしていたらしい。
確かに山口の実家は裕福だが、今は神戸で刑事としてつつましく暮らそうとしているので、関係はない。
それより2年前と赤龍戦以外に会っていたかな。
山口に知り合いがいるのか」

三島美都留は、それには答えず、
「ホテルの監視カメラに林田初段は映っていなかったの?」
「林田が大盤解説会場から出て行ってからは、ホテルの監視カメラには映っていない。カメラは客室等の部屋付近には付いていない。ホテルの出入り口や駐車場などの監視カメラを入念に調べたが林田さんらしき女性の姿は見当たらなかった。ホテルのフロントやコンシェルジュも該当の女性らしき姿がホテルから出る所は見ていない」
美都留は頷いた。
「林田初段がホテルから出た映像が無ければ一人で隠れて外に出るのは無理ね。
それより特大スーツケースかキャリーバッグを持ってホテルを出た人の映像をチェックしたほうが良いと思うわ」
「?」
「それと林田さんの自宅に何か残っているかもしれないよね」
美都留はツインテールに分けた前髪を触りながら、何かを考えているかのように瞳を輝かせていた。

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