月華後宮伝

織部ソマリ

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虎猫姫は冷徹皇帝と桃花を掴む

虎猫姫は冷徹皇帝と桃花を掴む-3

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(……ふしぎ。なんだか月が別のものに見える)

 紫曄の呼びかけにも応えず、じっと月を見つめてしまう。

「凛花。月見をするか」

 紫曄が顔を近づけ言った。

「……え?」
「麗麗、ながいすをここに運びたい。手伝ってくれ」

 そう言うと、麗麗の手を借り、月が見えるこの窓際にながいすを置いた。そして座ったままの凛花を立ち上がらせると、紫曄はなぜかながいすの端に座った。

「ほら、来い。存分に月を見上げるといい」

 ぽんぽんと自らの膝を叩き、凛花を引っ張った。凛花は抱き留められるように紫曄の胸に倒れ込み、目を瞬いているうちに膝の上に寝かされた。

「紫曄……?」
「虎になろうがなるまいが、お前は俺の妃だ。月だって、人虎だろうが只人ただびとだろうが、その目に映る姿は変わらない」

 ほら、好きなだけ見つめればいい。紫曄は微笑み言って月を見上げる。凛花はそんな紫曄を見上げ、その視線を追いかけ月を見た。
 無言で月を見上げる間、紫曄はゆっくり、ゆっくり、凛花の髪を撫でていた。その指先から伝わるものが、慈しみなのか慰めなのか、凛花には判別はつかない。
 だが、とても心地がいいと感じ、紫曄のことを愛おしいと思った。

「――私、こんなふうにじっくり月を見つめるのは初めてです」

 しばらくして凛花が口を開いた。凛花は紫曄の膝に頭を乗せ、輝く月をその瞳に映したまま、独り言のように呟く。

「そうか。意外だな」
「ふふ。月は私の中の虎を高揚させ、駆け出すためのものですから」

 凛花にとって、月を見上げるのは楽しいことだ。瞳に映した瞬間に、凛花を自由にするものだったから。
 跳ねっ返りと呼ばれても、凛花は州侯しゅうこうの娘で、次期当主。州の財政を左右する、薬草畑を管理する薬草姫やくそうひめ
 いくつもの責任を背負い、しがらみは凛花の手足を縛る。薬草姫という呼び名は、雲蛍州に住む民たちの命を握っているのだと、その重さを凛花に伝えるものでもあった。

「こんなに長い間、静かに見つめることなんてできなかったんです。虎はすぐに駆け出してしまうから……」

 虎に変わり、太い手足で月の下を駆け回る間、凛花はただの白虎になることができた。

(私、虎化する体が嫌だったけど、虎になってしまえば楽しくて、あの時間が大好きだったんだ)
「虎になりたいか? 凛花」

 紫曄が髪を撫でる手を止めた。凛花はゆるりと、視線を月から紫曄に移す。先程からずっと首元をかすめていた、紫曄の長い髪を優しくよけると、凛花は明るい夜のような紫の瞳を見上げた。

「いいえ。私は虎ではなく、望月妃になりたい」

 まっすぐな瞳で紫曄を見つめて言った。見下ろす紫曄の瞳が蕩けるように細められ、二人の唇が重なる。
 言葉にできない愛しさを伝えるように、紫曄は口づけ、凛花も求める。熱っぽい吐息が漏れ落ち……――たところで、薄暗かった部屋に灯りがつけられた。

「失礼いたします! 臥室しんしつのご用意が整っております。湯浴みのご用意も同様に」

 麗麗だ。後宮仕込みらしい絶妙な時機の声かけだが、凛花は一気に頬を赤く染めた。

(そ、そうだった……! 麗麗がいたんだった!)
「では、月見は終いにしようか」

 手を差し出され頷くと、凛花は紫曄に抱き上げられた。凛花が驚き紫曄を見上げると、その顔はあまりに嬉しそうで、凛花の胸がそわそわ騒いだ。

「あの、紫曄」

 凛花は首を伸ばし、紫曄の耳に口を寄せた。

「なんだ?」
「今夜は……湯浴みをして、早く休みましょう」

 眉根をキュッと寄せ、小さな声で言う。胸にはまだ、あのソワソワ、ドキドキした余韻が残っている。だが、言わなくてはならない。
 もしも虎化しない状態が一時的なものだったなら、子が出来た時に後悔してしまうかもしれない。母と話した時にも思ったことだ。
 虎化は月からの祝福。
 たかが人が、女神の意志を拒むことなんて本当にできるのか?
 この抑えきれない不安も月からの警告なのではないか。只人ただびとよりも鋭い人虎の本能が、虎化の能力がまだ残ることを感じ取っているのではないか。
 そんなふうにも思ってしまう。

(紫曄の機嫌を損ねてしまうかもしれないけど……言わなくちゃ)
「あの、」
「わかっている。と同じだ」

 若干残念そうな顔で笑う紫曄に、凛花は目を丸くした。

「いや、昨夜のことは俺も我を忘れたというか……」
「ふふっ」

 ばつが悪そうなその言葉に、凛花は思わず笑みを零した。その笑いと一緒に、心にのし掛かっていた重石がスーッと消えるように、気持ちが軽くなった。

(よかった。紫曄が同じように考えてくれる人で)
「私もです。昨夜は少々……どうしても、欲しくなってしまって……」

 恥ずかしいがそうとしか言いようがない。正しくは、紫曄を自分で満たしてやりたい、自分のものにしたいと思ったのだが……

(なんだか月夜殿下のようね……虎らしい思考だった……?)
「ははは! お互い様か。――麗麗、そういうわけだ」

 控えていた麗麗に、紫曄が言葉を向けた。今の会話を聞いていただろう麗麗には、動揺が浮かんでいた。おそらく二人が結ばれたことを心から喜び、やっと月妃として幸せを掴むのだと、祝福していたからだろう。

(でも、今のうちに言える流れがきてよかったかも)

 喜びに水を差すのは申し訳ないと思うが、一番身近な侍女である麗麗には正しい現状と、凛花の気持ちを知っておいてほしい。

「麗麗、悪いがしばらくはそういうことだ。月華宮へ戻っても頼む」
「は、はい! 承知しました、主上」
「ああ。では……臥室しんしつじゃないな。凛花は麗麗に任せよう」
「え?」

 紫曄は抱きかかえていた凛花を腕から下ろす。

「俺も湯浴みをしてくる。一緒に入るのは目の毒だからな」

 紫曄はそう言って笑うと、また後でと言い残し凛花の部屋を出た。

「……なんだかバタバタしてごめんなさいね。麗麗」
「いいえ! 私こそ、凛花さまのお気持ちを量れず……ですが、どうぞお任せください! 主上に再び『頼む』とのお言葉を頂きましたし、今後も私が凛花さまをお支えいたします!」

 頼もしく、ありがたい侍女だと凛花は微笑む。今度は心に立ちこめていた、不安というモヤが消えていくようだ。

(でも、なんのことだろう?)

 麗麗の言葉に一つだけ気になるところがあった。

「ねえ、麗麗。〝主上に『頼む』〟って言われたっていうのは……? 何か頼み事をされていたの?」
「ふふ。はい! 凛花さまが虎になったまま人に戻れなくなっていた時に、主上から御文おふみを頂いたのです。私は行方知れずの凛花さまを朔月宮さくげつきゅうで伏せっておられることにし、そのご不在を隠しました。その時に『決して騒がず、不在を悟られぬように頼む』と、主上は私におっしゃったのです」
「ああ……あの時ね」

 虎のままではどこにも行けず、朝を待って輝月宮へ駆け込んだのだが……凛花が一時、行方不明となった時に、紫曄と麗麗にそんなやり取りがあったとは。

「皇帝であるあの方が、一介の侍女でしかない私に『頼む』と……驚きました」
「ふふ。紫曄らしい……」

 妃の侍女に、命令ではなく、頼むと言える皇帝はきっと多くない。
 自身に跪く者を人として認識し、信頼できる。そんな紫曄だから即位後すぐ、国の端にある雲蛍州へ、長年届かなかった補助金をしっかり届けてくれたのだろう。
 雲蛍州は月華宮からは遠く、普通なら皇帝が訪れることのない土地だ。紫曄が知っていた雲蛍州は、最後に併合された元小国で薬草の産地。民は数十万人。その程度のはず。
 だが、その数字は、雲蛍州でなのだと、紫曄はそう理解できる皇帝なのだ。

「凛花さま。これは主上には秘密ですが、私は凛花さまを第一にお仕えしております。しかし、主上もまた、真摯しんしにお仕えするべき主であると思っております」
「ふふふ。ありがとう、麗麗。私もそう思うわ」

 麗麗にそう言わせる紫曄のことが誇らしい。紫曄は、いい皇帝で、いい夫だ。
 昨夜は二人とも、『もしも』を考えることすら忘れてしまっていたが、凛花も、紫曄も、結ばれたことに後悔はない。一晩が過ぎても余韻に浸るほど嬉しく思ったが、それでも軽率だったと頷き合った。
 子のことは、二人だけの問題ではないのだ。皇帝と皇后の子となれば、国の大事。

(大丈夫。紫曄となら、何がどうなろうと共に歩める)

 凛花はまだ見ぬ子の幸せを、明るい月光に思った。


 ◆


 すっきりと晴れた日の朝。到着を待っていた視察団が到着した。一日だけ休息の時間を取り、物資の補給が済んだら出立することとなった。
 凛花たちの準備はもうできている。あとは雲蛍州との別れを済ますだけだ。

「紫曄。私の大好きな場所へ行きませんか?」

 麗麗を連れて誘いにきた凛花は、狭い袖と短い丈のスカートという動きやすい姿。それに籠を携えている。

「ああ、いいな」
「ふふ! では、こちらにお着替えを。引っかけてしまったり、草の汁が付いたりしますから」
「このままでも構わんぞ?」

 紫曄が着ているのは旅装束だ。月華宮で身に着けるような、袖も裾もたっぷりとした衣装ではない。

「いいえ。皆が余計に緊張しますから。こんな上等な衣で畑はちょっと」

 紫曄は小首を傾げつつ、そういうものかと頷いた。
 着替えを済まし向かった先は、凛花が世話をしていた段々畑だ。冬場は休ませている畑も多いが、冬に収穫するものや、春を待つ薬草の世話もある。
 紫曄がわかりそうなものは、よもぎ枇杷びわの木あたりかな? と、凛花は案内する畑を選び進む。

「あっ! 凛花さま~!」
「凛花さま! これ上手くいったんです! 成果を見てくださいー!」
「あ、麗麗さまいいところに! ちょっと力をお借りしたいことがあるの!」

 畑に入るなり、あちこちから声が掛かった。
 皆、地面に屈んだまま、チラリと笠をずらして手を上げる。

「力仕事のようですね。行って参ります! 凛花さま」
「よろしくね、麗麗」

 ずっと畑仕事を手伝っていた麗麗は、すっかり皆に馴染んだ。もはや小花園と同じか、それ以上に頼りにされている。

「麗麗はさすがだな。溶け込むのがうまい」
「はい。一生懸命なのが伝わるのでしょう」

 凛花も成果を見に行きたいが、しかし今日は紫曄が一緒だ。一人残して畑に入るのは……と思っていたら、紫曄が凛花の腕から籠を取り上げ言った。

「行ってくるといい。俺は仕事を眺めていよう」
「いいのですか? えっと……では、あの辺りは滑りやすいので気をつけてください。あと、そちらには山羊がいるので髪を食べられないように……」
「ははは! 大丈夫だ」

 紫曄の笑い声で、畑仕事中の幾人かが顔を上げた。

「えっ……」
「いっ……」

 その顔を見た者が、こてん、ぺたん、と次々無言で尻餅をついていく。
 まさか皇帝が畑にまで来るなんて。
 皆、笠をかぶっているものだから、紫曄の顔までは見えていなかった。きっと、たまに麗麗と一緒に来る雪嵐だなと思っていたのだ。
 彼らも今はだいぶ慣れたが、それでも雪嵐の身分を考えると、顔をまじまじと見るのは恐れ多い。だから今日も足下をチラリと見て、雪嵐だろうと判断したのだが――

「主上……?」
「り、凛花さま?」

 作業の手を止めて、かすれる声で誰かが呟いた。

「あ、そうなの。今日は主上にも畑を見てもらおうと思って」

 凛花はなんでもないように言うが、皆はヒュッと息を呑んだ。そしてハッと気づく。
 尻をついた姿勢で、しかも笠をかぶったまま無遠慮に見上げていた! と。慌てて起き上がり、笠を取ろうとするがどうにも上手くいかない。

「よい。皆、本当に気にせず仕事を続けてほしい。俺のことは凛花と同じように扱ってくれ」

 そんなわけにいくか……‼ と、畑中からそんな声が聞こえてきそうだが、凛花と紫曄は顔を見合わせ笑う。

「いいのよ、皆。さあ、主上のことは気にせず仕事へ戻って。では紫曄、私も少し行ってきます!」

 凛花は手を振ると、呼ばれたところだけでなく、あちこちの畑に踏み入っていった。

(大切な畑を見られるのは、たぶんこれが最後だ)

 心の奥でそう思いながら畑を見て回る。時たま紫曄の手を引き、小花園にはない薬草を見せたり、改良中や、試験中の薬草を見せたりした。

「……この畑はすごいな」

 紫曄が感心したように呟く。

「この一帯は実験場だったのか」
「はい。稀少きしょうな薬草や扱いが難しいもの、それから逆に、ありふれていても大量に使う薬草は、改良して通年栽培できないか、収穫量を増やせないかなど試しています」
「なるほど。確かに『薬草姫』だな。見ることができてよかった」
「ふふ。でも、ここはもう私の手を離れています」

 凛花は静かな気持ちでゆっくり見回した。

「少し寂しいですが……この景色が今あるのは、私ではなく、皆の力です」

 雲蛍州に帰ってきた日。なんの変わりもない薬草畑を見て、ここは自分がいなくても回るのだと寂しく思った。だが今思うのは、それだけではない。
 凛花がいなくとも、雲蛍州はこうしてずっと続いていく。凛花が愛したこの場所は、仕事に従事する民の手が守ってくれる。そう誇りに思う。

「『薬草姫』なんて、いなくても大丈夫」
「――いいえ! そんなことありません、凛花さま」

 一人の少女が立ち上がり、畑の中から声を上げた。

「畑を維持できたのは、凛花さまが細かく記録を付けて、改良案や世話の仕方を提案してくださっていたおかげです!」
「そうですよ、凛花さまの書き付けがなければ大変でした。あ、今もちゃんと記録を付けていますからご安心ください。記録は宝ですもの!」

 凛花の補佐役として、観察や記録付けをしていた者の一人だ。
 すると、近くにいた他の者たちも、口々に同じようなことを言う。

「凛花さまがここを離れても、あの書き付けのおかげで、変わらず世話を続けられています」
「そういう意味では、この畑には今も『薬草姫』がいるんですよ」
「凛花さまは、私たちを導く守り神のようなものです。ふふふ!」 
「みんな……」

 さあっと風が吹き、少し苦くて爽やかな薬草の匂いが立ち上る。その匂いが凛花の胸を覆っていた、最後のもやを取り払っていく。

(私ったら、勝手に寂しく感じて……馬鹿ね)

 自分が残したものが、ここには息づいている。
 寂しく思うようなことは何もなかったのだ。

「ありがとう、皆。これからも畑をよろしくね」
「はい! もちろんです」
「あ、そうだ。実は……」

 と、凛花はそこで言葉を止め、紫曄の耳に小声で尋ねた。

「満薬草のことを話してもいい?」
「ああ。それに関してはお前の管轄だ。それに、ここの者たちは信頼できるのだろう?」

 肯定しか返ってこないとわかっている問いかけだ。凛花はもちろん満面の笑みで頷く。

「あのね、皆に新しい薬草の栽培をお願いすると思うから、楽しみにしていて!」

 凛花がそう言うと、皆がワッと沸いた。

「どんな薬草ですか? 凛花さま」
「春から栽培ですか? どこの畑がいいかな……」
「凛花さま、日当たりは? 日陰のほうが向いてる薬草ですか?」

 質問がどんどんと飛んでくる。

「大丈夫、育てやすい薬草よ。そうね、たぶん春には栽培を始めてもらうと思う。今は限られた所で育てているけど、もっと適した環境があるかもしれないから、いろいろ試してみてほしいの」

 満薬草は今、雲蛍州と月華宮の小花園、それと皇都こうとの神月殿にある隠し庭、妓楼ぎろう三青楼さんせいろう。その四箇所でひっそりと育てられている。薬草栽培の知識と技術を持つ、雲蛍州でいろいろと試すのはいい案だ。
 凛花たちは、わいわいと栽培方法について話している。だが、その姿を眺める紫曄は、なぜ仕事が増えることを喜ぶ……? と首を傾げていた。
 紫曄の目に映るのは、仕事に真摯しんしに向き合う者たちの姿。身分の上下も、年齢や男女の区別もない仲間たち。

「これが『薬草姫』の愛する雲蛍州か」

 そう呟き、しかし長くなりそうだなと苦笑した。


 ◆


 凛花たちが畑から戻った頃、虞家を訪ねる一行があった。凛花の伯母たちだ。

「伯母さま! 来てくださったの!?」
「当たり前でしょう! 凛花。ほらこれ、新しく開発した輝青絹きせいけんがなんとか間に合ったのよ!」

 そう言って伯母は、積み荷の箱を開けた。

「わぁ……!」

 星祭で凛花が披露した、月光で淡く輝く輝青絹を作ったのは、この伯母だ。
 伯母がとついだ隣町は、絹織物が盛んな土地で、かいこを飼い、そのかいこが食べる桑も育てる。一族ぐるみ、街ぐるみで絹を作っている。

「いつも美しい布をありがとうございます。伯母さま。それと……あなた、瑠花るかよね?」
「はい! 凛花姉さま、お久しぶりです」

 名を呼ばれ、嬉しそうに前へ出てきたのは瑠花。伯母の娘――凛花のいとこにあたる娘で、今年十三歳になる。

「随分と背が伸びたのね、瑠花。もう私と同じくらいじゃない」
「そうなんです! 手足が伸びたので衣装を新調しなくちゃいけなくて、お母様に愚痴を言われました」

 余計なことを言わないの! と伯母が小突くと、瑠花は「えへ」と笑ってごまかした。
 背は伸びても顔、体つきは子供っぽいまま。中身もまだまだ子供のようだ。ちなみに、慧伯と瑠花は兄妹ではない。慧伯は叔父の息子だ。

「凛花、客人か」

 ひょっこり顔を出したのは、雪嵐と琥珀、それに一人の武官を連れた紫曄だ。
 あの武官は視察団の隊長だろう。そういえば帰路について相談があると言っていたか。

「紫曄、こちらは……」

 そう紹介しようとしたところで、伯母たち一行がその場に跪いた。
 最近は忘れがちだが、紫曄とはそういう立場の人間だった。これは紫曄が、虞家の敷地内では、跪礼きれい叩頭礼こうとうれいは無用と命じたからだが。
 伯母は凛花が帰郷していることと、近々月華宮に戻ることは聞いていたが、紫曄が駆け付けたことまでは聞いていなかったようだ。

(悪いことをしちゃったわ)

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