12 / 27
12.二日目:お前の狐
しおりを挟む
廊下を二人で歩く。狐火のおかげか、深々と冷えていた廊下も寒くない。
「あの、ところで狐ノ介の二度目のお嫁さんって……」
「ああ、彼女は最初の嫁の生まれ変わりだそうだ」
そんな事が本当にあるのか。いや、あやかしが目の前にいる今、今更なんだけども。
「狐ノ介の嫁は、一度目は人のまま寿命を終え、二度目は狐ノ介が我らの世界へ連れ去った。多分、二度目の嫁はあやかしになったのだと思う」
「ひぇ……」
『神隠し』ってやつだろうか。人が、人でない者の世界へ連れ去られる昔話は沢山ある。この屋敷にいると、きっと本当にあったことなのだろうと思ってしまう。
――でも、昔話も狐ノ介のお嫁さんも、それを望んだのだろうか?
人でなくなることを。あやかしの世界へ行くことを。
「……じゃあ、この家の守護の対価が嫁のご飯っていうのは? どうして?」
「ああ、それは……」
銀は口篭る。言い難い理由なのだろうか?
私は隣の狐をじっと見上げた。
「狐ノ介が、嫁の飯が好きで……その様に嫁と約定を結んだらしい」
「のろけか……!」
まさかの理由だった。
狐ノ介……自由過ぎる……!
「ね、それじゃあ銀は? 狐ノ介の跡を継いだのはどうして?」
「ああ、俺は狐ノ介に拾われたんだ。ほれ、俺は風変わりな銀色の毛並みだかは親に捨てられてしまったようでな。一人でいたところを狐ノ介に保護された。だから俺はその恩返しとして、この守護を継いだのだよ」
「……家族はいないの?」
「うーん……狐ノ介が親代わりだが、あ奴は子供っぽかったからなあ。どうにも親というものとはちょっとばかし違うが……」
銀は懐かし気に目を細め微笑む。
私が知らない大昔。江戸の頃を思い出しているのだろう。
「だが今は、子狐たちと美詞が家族のようなもの。三百年目にして……楽しい」
キュッと心臓が掴まれた。
なんだそれは。子狐の頃から一人ぼっちで、役目を負わされて、ずっとここで大家族を見守って――。
「銀はどうしてお嫁さんを貰わなかったの? チャンスはあったでしょう?」
「……寂しいではないか。人を嫁にしても俺は置いていかれる。それにここの守護をやめることはできない」
何それ。何よそれ? 銀に自由はないの?
「……狐ノ介さんは好きなようにしてたのに」
「それは奴の性格よ。俺は……この屋敷で付喪神たちと守護を、一族を遠くから見守るのが幸せであった」
ふっと零れたのは寂しげな笑み。
ああ、きっと銀は知っているんだ。もう、この屋敷も家もなくなってしまうことを。
「……銀、ひと月だけだけど……一緒にいようね? 楽しいことをいっぱいしよう? 美味しいごはんをいっぱい食べて、銀は我儘を沢山言ってね?」
「なんだ、甘やかしてくれるのか? 優しい子だな、美詞は」
銀は私を横から抱き込んで、尻尾で腰ごと包み込む。
ぐりぐりと頬ずりする肌は温かくて、たまにあたる耳がこそばゆい。そして――やっぱりちょっと恥ずかしい。
でも、嫌ではないし、銀が嬉しそうだからか、何だか私も口元が緩んでしまう。
「美詞、さっそく我儘を申して良いか? お八つを所望したい」
「え? おやつ?」
「子狐たちが腹が減ったと騒いでいてな」
◆
「……うーん、あ、お芋! スイートポテトにしようかな?」
私は野菜を入れたダンボールを覗き込み、さつま芋を手に取った。じゃが芋、里芋、さつま芋と、各種芋が山盛りで、どう使うか悩みどころだったけど、オヤツで消費するのは良いアイデアだ。
それにスイートポテトは、子供の頃お祖母ちゃんとよく作った思い出のオヤツだ。もしかしたら銀も食べたことがあるかもしれない。
「ね、銀! お祖母ちゃんのスイートポテト、お供えとかで食べたことある? さつま芋で作った丸いやつで、甘いの!」
「すいーとぽてと……丸いさつま芋の……?」
銀は、何故かじっと私を見つめ、ふっと小さく笑った。ほんの少し苦い顔をして。
「もしかして苦手? さつま芋」
「いいや。懐かしいと思っただけだ。しかし……俺ばかりが憶えていて、忘れられてしまっているのは寂しいものだな」
隣にしゃがんだ銀の、銀色の尻尾と耳がぺたりと下がっていた。
「俺の美詞は少々意地が悪い」
しんと冷えた土間。外は雪がちらついている。竈神さんの火が台所を徐々に温めているけど、未だ冷える空気は、銀の声に混じった悲しみを拾ってしまう。
「ごめん。憶えてなくて」
銀はどうしてこんなに私を好いてくれるのだろう。世話人だから?
『俺の美詞』だなんてそんな目で言われると、さすがにドキリとしてしまうし――。ああ、そういえば銀は、自分のことを『お前の狐』とも言っていた。
「……ねぇ、銀? どうして私は銀のもので、銀は私のものなの?」
「んん?」
銀が盛大に首を傾げ、戸惑うように尻尾を揺らした。
「屋敷神と世話人であるからな、当然――。待て、知らないのか?」
「う、うん。私何も知らないんだけど……ねえ、どういうこと?」
「――千代め。孫に説明なしで世話役を任せたか……」
まったく千代は悪戯っ子だ。と、銀がお祖母ちゃんの名を口にし何やらぼやいた。
「あの、ところで狐ノ介の二度目のお嫁さんって……」
「ああ、彼女は最初の嫁の生まれ変わりだそうだ」
そんな事が本当にあるのか。いや、あやかしが目の前にいる今、今更なんだけども。
「狐ノ介の嫁は、一度目は人のまま寿命を終え、二度目は狐ノ介が我らの世界へ連れ去った。多分、二度目の嫁はあやかしになったのだと思う」
「ひぇ……」
『神隠し』ってやつだろうか。人が、人でない者の世界へ連れ去られる昔話は沢山ある。この屋敷にいると、きっと本当にあったことなのだろうと思ってしまう。
――でも、昔話も狐ノ介のお嫁さんも、それを望んだのだろうか?
人でなくなることを。あやかしの世界へ行くことを。
「……じゃあ、この家の守護の対価が嫁のご飯っていうのは? どうして?」
「ああ、それは……」
銀は口篭る。言い難い理由なのだろうか?
私は隣の狐をじっと見上げた。
「狐ノ介が、嫁の飯が好きで……その様に嫁と約定を結んだらしい」
「のろけか……!」
まさかの理由だった。
狐ノ介……自由過ぎる……!
「ね、それじゃあ銀は? 狐ノ介の跡を継いだのはどうして?」
「ああ、俺は狐ノ介に拾われたんだ。ほれ、俺は風変わりな銀色の毛並みだかは親に捨てられてしまったようでな。一人でいたところを狐ノ介に保護された。だから俺はその恩返しとして、この守護を継いだのだよ」
「……家族はいないの?」
「うーん……狐ノ介が親代わりだが、あ奴は子供っぽかったからなあ。どうにも親というものとはちょっとばかし違うが……」
銀は懐かし気に目を細め微笑む。
私が知らない大昔。江戸の頃を思い出しているのだろう。
「だが今は、子狐たちと美詞が家族のようなもの。三百年目にして……楽しい」
キュッと心臓が掴まれた。
なんだそれは。子狐の頃から一人ぼっちで、役目を負わされて、ずっとここで大家族を見守って――。
「銀はどうしてお嫁さんを貰わなかったの? チャンスはあったでしょう?」
「……寂しいではないか。人を嫁にしても俺は置いていかれる。それにここの守護をやめることはできない」
何それ。何よそれ? 銀に自由はないの?
「……狐ノ介さんは好きなようにしてたのに」
「それは奴の性格よ。俺は……この屋敷で付喪神たちと守護を、一族を遠くから見守るのが幸せであった」
ふっと零れたのは寂しげな笑み。
ああ、きっと銀は知っているんだ。もう、この屋敷も家もなくなってしまうことを。
「……銀、ひと月だけだけど……一緒にいようね? 楽しいことをいっぱいしよう? 美味しいごはんをいっぱい食べて、銀は我儘を沢山言ってね?」
「なんだ、甘やかしてくれるのか? 優しい子だな、美詞は」
銀は私を横から抱き込んで、尻尾で腰ごと包み込む。
ぐりぐりと頬ずりする肌は温かくて、たまにあたる耳がこそばゆい。そして――やっぱりちょっと恥ずかしい。
でも、嫌ではないし、銀が嬉しそうだからか、何だか私も口元が緩んでしまう。
「美詞、さっそく我儘を申して良いか? お八つを所望したい」
「え? おやつ?」
「子狐たちが腹が減ったと騒いでいてな」
◆
「……うーん、あ、お芋! スイートポテトにしようかな?」
私は野菜を入れたダンボールを覗き込み、さつま芋を手に取った。じゃが芋、里芋、さつま芋と、各種芋が山盛りで、どう使うか悩みどころだったけど、オヤツで消費するのは良いアイデアだ。
それにスイートポテトは、子供の頃お祖母ちゃんとよく作った思い出のオヤツだ。もしかしたら銀も食べたことがあるかもしれない。
「ね、銀! お祖母ちゃんのスイートポテト、お供えとかで食べたことある? さつま芋で作った丸いやつで、甘いの!」
「すいーとぽてと……丸いさつま芋の……?」
銀は、何故かじっと私を見つめ、ふっと小さく笑った。ほんの少し苦い顔をして。
「もしかして苦手? さつま芋」
「いいや。懐かしいと思っただけだ。しかし……俺ばかりが憶えていて、忘れられてしまっているのは寂しいものだな」
隣にしゃがんだ銀の、銀色の尻尾と耳がぺたりと下がっていた。
「俺の美詞は少々意地が悪い」
しんと冷えた土間。外は雪がちらついている。竈神さんの火が台所を徐々に温めているけど、未だ冷える空気は、銀の声に混じった悲しみを拾ってしまう。
「ごめん。憶えてなくて」
銀はどうしてこんなに私を好いてくれるのだろう。世話人だから?
『俺の美詞』だなんてそんな目で言われると、さすがにドキリとしてしまうし――。ああ、そういえば銀は、自分のことを『お前の狐』とも言っていた。
「……ねぇ、銀? どうして私は銀のもので、銀は私のものなの?」
「んん?」
銀が盛大に首を傾げ、戸惑うように尻尾を揺らした。
「屋敷神と世話人であるからな、当然――。待て、知らないのか?」
「う、うん。私何も知らないんだけど……ねえ、どういうこと?」
「――千代め。孫に説明なしで世話役を任せたか……」
まったく千代は悪戯っ子だ。と、銀がお祖母ちゃんの名を口にし何やらぼやいた。
1
あなたにおすすめの小説
あやかし甘味堂で婚活を
一文字鈴
キャラ文芸
調理の専門学校を卒業した桃瀬菜々美は、料理しか取り柄のない、平凡で地味な21歳。
生まれる前に父を亡くし、保育士をしながらシングルで子育てをしてきた母と、東京でモデルをしている美しい妹がいる。
『甘味処夕さり』の面接を受けた菜々美は、和菓子の腕を美麗な店長の咲人に認められ、無事に採用になったのだが――。
結界に包まれた『甘味処夕さり』は、人界で暮らすあやかしたちの憩いの甘味堂で、和菓子を食べにくるあやかしたちの婚活サービスも引き受けているという。
戸惑いながらも菜々美は、『甘味処夕さり』に集まるあやかしたちと共に、前向きに彼らの恋愛相談と向き合っていくが……?
迦国あやかし後宮譚
シアノ
キャラ文芸
旧題 「茉莉花の蕾は後宮で花開く 〜妃に選ばれた理由なんて私が一番知りたい〜 」
第13回恋愛大賞編集部賞受賞作
タイトルを変更し、「迦国あやかし後宮譚」として5巻まで刊行。大団円で完結となりました。
コミカライズもアルファノルンコミックスより全3巻発売中です!
妾腹の生まれのため義母から疎まれ、厳しい生活を強いられている莉珠。なんとかこの状況から抜け出したいと考えた彼女は、後宮の宮女になろうと決意をし、家を出る。だが宮女試験の場で、謎の美丈夫から「見つけた」と詰め寄られたかと思ったら、そのまま宮女を飛び越して、皇帝の妃に選ばれてしまった! わけもわからぬままに煌びやかな後宮で暮らすことになった莉珠。しかも後宮には妖たちが驚くほどたくさんいて……!?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる