11 / 27
11.二日目:暖かい狐火
しおりを挟む
私はそうっと物置を出て、暗く寒い廊下を歩く。
古い日本家屋だけど縁側にはガラス戸が入っている。昔は木の戸だとか障子だったんだろうか? こんなに寒いのに!
ハァ~と息を吐くと真っ白だった。家の中だというのにだ。
「……でも、きれい」
朝から降り始めた雪がうっすら積もり始めている。庭の赤い南天と椿の赤い花、深い緑の葉にかぶる雪の白が美しい。
おばあちゃんが亡くなって、この屋敷からは人がいなくなった。家も庭も裏山も、そこに住み手入れをする人間がいなければあっという間に荒れ果ててしまう。だけど今もこうして「きれい」と思える程度に庭が保たれているもの、私が屋敷で寝泊まりできてるのも、今は亡き祖母のおかげだ。
亡くなった後も月に一度、手入れをしてもらう契約を結んでいたらしい。お金はかかるけど、この『十年に一度のおもてなし』までは絶対に家を維持しろという遺言だったのだ。
まあ、それを私が知ったのは一昨日なんだけどね。それにおばあちゃん、電気も水道もガスも全部維持してくれていたのも有難かった。あと親戚のおじさんに『十年に一度』に合わせ、基本食材を運び入れてもらっていたのも本当に有難かった……!
「美詞」
呼びかけられたと同時に、私の足下に灯りがぽっと現れる。
ああ、初めの夜に見たあのオレンジ色の灯りだ。
「銀」
「ああ、ああ、迎えに来て良かった。ここは冷えてるなあ」
こっちへ来い、と言うように銀は私に手を差し出した。
その白い指と揺れる灯り――きっと所謂『狐火』だろう。不意に照らし出された異なる存在感に、私の心臓がドキリと慄く。
「どうしたの、銀。今日は夕方までかかるって……」
「急に美詞のことが気になって……、美詞、何をしていたのだ?」
私が調べものをしていたことを彼は知っているのだろうか。――いや、きっと知っているだろう。だってこの人は家護りのお狐様だ。この家で起こっていることなんて、きっと全てを把握している。
「……読んでしまったのか?」
どうしてだろう。銀は寂し気な微笑みをたたえている。
「ほとんど読めなかったけど……あの、銀。世話人って……本当は何? お嫁入りって」
「世話人は、我と共に食し暮らす者。世話人からもらう気で、俺や屋敷は力を取り戻すのだよ。それが――屋敷への嫁入りだ」
「屋敷への……? じゃあ、銀のお嫁さんにになるってことではないの?」
「そうだ。何を読んだかは知らぬが……大丈夫だ。無理やり嫁になどしない。連れて行きはしない」
銀はそろりと一歩、私へと近付くと、新たな狐火で廊下と私を暖かに照らし出す。
そしてそうっと私の頬に掌を添え、じっと瞳を見つめて言った。
「俺は今まで、どの世話人の娘も嫁にはしていない。信用しろ。それどころか縁を結ぶ手伝いをしたり、お前の母の様にここを離れたい者には縁を引っ張ってきてやって解放してやったりしたのだぞ? だからそんな不安そうな顔をするな、美詞」
「……うん。信用する」
私は添えられた掌に自分の掌を重ね、ぐりぐりと頬を押し付け笑って見せた。
だって、銀の方がよっぽど不安そうな顔をしているのだ。
「銀、どうしてそんな顔してるの? 私……やっぱり見てはいけなかった?」
「いや……。井戸神であろう? ここを教えたのは」
「うん」
「ならば屋敷も望んだことだ」
お屋敷も……? それはどういう事だろう? 付喪神のみんなという意味だろうか。
「きっと井戸神も皆も、美詞を引き留めたいのであろう。これまでの世話人は、美詞の様に楽しくは暮らしてくれんかったからな」
「……え? どうして?」
銀は優しいし、台所の付喪神たちは明るく賑やかだし子狐たちは可愛い。冬毛だからかフワフワのふもふだし。
「それを問うのか。面白いな、美詞は」
銀の金の瞳がゆらゆらと揺れる。
「多くの世話人たちは――我らを恐れたのだよ」
その哀しそうな顔。私の胸にツキンと痛みが刺さった。
だって銀は優しいあやかしで、屋敷に住む一族を見守ってくれている屋敷神なのに。それなのに世話人は銀を恐れたというの?
「……そうなんだ」
――でも、分からなくはない。昔は今よりもあやかしの存在が濃かったのだろう。それにあの家系図と文書。世話人たちは「いつか自分も狐ノ介の嫁の様に連れ去られてしまうかもしれない」と思ったのかもしれない。
まぁ、私の場合は能天気な性格もあって、銀が怖くないのかもしれないけど。
「いつもはな? こうして姿を現すのは初日だけ。それも食事の時だけだったが……美詞は最後の世話人だ。共に過ごせれば嬉しい」
「銀。最初ここへ来た時、怖がってごめんなさい。私、何も全然知らなくて……」
「良いさ。良い子だな、美詞は」
ぽぽぽ、ぽっと、狐火が長い廊下を照らした。
「さて。もう少し暖かい場所へ戻ろうか」
「うん」
古い日本家屋だけど縁側にはガラス戸が入っている。昔は木の戸だとか障子だったんだろうか? こんなに寒いのに!
ハァ~と息を吐くと真っ白だった。家の中だというのにだ。
「……でも、きれい」
朝から降り始めた雪がうっすら積もり始めている。庭の赤い南天と椿の赤い花、深い緑の葉にかぶる雪の白が美しい。
おばあちゃんが亡くなって、この屋敷からは人がいなくなった。家も庭も裏山も、そこに住み手入れをする人間がいなければあっという間に荒れ果ててしまう。だけど今もこうして「きれい」と思える程度に庭が保たれているもの、私が屋敷で寝泊まりできてるのも、今は亡き祖母のおかげだ。
亡くなった後も月に一度、手入れをしてもらう契約を結んでいたらしい。お金はかかるけど、この『十年に一度のおもてなし』までは絶対に家を維持しろという遺言だったのだ。
まあ、それを私が知ったのは一昨日なんだけどね。それにおばあちゃん、電気も水道もガスも全部維持してくれていたのも有難かった。あと親戚のおじさんに『十年に一度』に合わせ、基本食材を運び入れてもらっていたのも本当に有難かった……!
「美詞」
呼びかけられたと同時に、私の足下に灯りがぽっと現れる。
ああ、初めの夜に見たあのオレンジ色の灯りだ。
「銀」
「ああ、ああ、迎えに来て良かった。ここは冷えてるなあ」
こっちへ来い、と言うように銀は私に手を差し出した。
その白い指と揺れる灯り――きっと所謂『狐火』だろう。不意に照らし出された異なる存在感に、私の心臓がドキリと慄く。
「どうしたの、銀。今日は夕方までかかるって……」
「急に美詞のことが気になって……、美詞、何をしていたのだ?」
私が調べものをしていたことを彼は知っているのだろうか。――いや、きっと知っているだろう。だってこの人は家護りのお狐様だ。この家で起こっていることなんて、きっと全てを把握している。
「……読んでしまったのか?」
どうしてだろう。銀は寂し気な微笑みをたたえている。
「ほとんど読めなかったけど……あの、銀。世話人って……本当は何? お嫁入りって」
「世話人は、我と共に食し暮らす者。世話人からもらう気で、俺や屋敷は力を取り戻すのだよ。それが――屋敷への嫁入りだ」
「屋敷への……? じゃあ、銀のお嫁さんにになるってことではないの?」
「そうだ。何を読んだかは知らぬが……大丈夫だ。無理やり嫁になどしない。連れて行きはしない」
銀はそろりと一歩、私へと近付くと、新たな狐火で廊下と私を暖かに照らし出す。
そしてそうっと私の頬に掌を添え、じっと瞳を見つめて言った。
「俺は今まで、どの世話人の娘も嫁にはしていない。信用しろ。それどころか縁を結ぶ手伝いをしたり、お前の母の様にここを離れたい者には縁を引っ張ってきてやって解放してやったりしたのだぞ? だからそんな不安そうな顔をするな、美詞」
「……うん。信用する」
私は添えられた掌に自分の掌を重ね、ぐりぐりと頬を押し付け笑って見せた。
だって、銀の方がよっぽど不安そうな顔をしているのだ。
「銀、どうしてそんな顔してるの? 私……やっぱり見てはいけなかった?」
「いや……。井戸神であろう? ここを教えたのは」
「うん」
「ならば屋敷も望んだことだ」
お屋敷も……? それはどういう事だろう? 付喪神のみんなという意味だろうか。
「きっと井戸神も皆も、美詞を引き留めたいのであろう。これまでの世話人は、美詞の様に楽しくは暮らしてくれんかったからな」
「……え? どうして?」
銀は優しいし、台所の付喪神たちは明るく賑やかだし子狐たちは可愛い。冬毛だからかフワフワのふもふだし。
「それを問うのか。面白いな、美詞は」
銀の金の瞳がゆらゆらと揺れる。
「多くの世話人たちは――我らを恐れたのだよ」
その哀しそうな顔。私の胸にツキンと痛みが刺さった。
だって銀は優しいあやかしで、屋敷に住む一族を見守ってくれている屋敷神なのに。それなのに世話人は銀を恐れたというの?
「……そうなんだ」
――でも、分からなくはない。昔は今よりもあやかしの存在が濃かったのだろう。それにあの家系図と文書。世話人たちは「いつか自分も狐ノ介の嫁の様に連れ去られてしまうかもしれない」と思ったのかもしれない。
まぁ、私の場合は能天気な性格もあって、銀が怖くないのかもしれないけど。
「いつもはな? こうして姿を現すのは初日だけ。それも食事の時だけだったが……美詞は最後の世話人だ。共に過ごせれば嬉しい」
「銀。最初ここへ来た時、怖がってごめんなさい。私、何も全然知らなくて……」
「良いさ。良い子だな、美詞は」
ぽぽぽ、ぽっと、狐火が長い廊下を照らした。
「さて。もう少し暖かい場所へ戻ろうか」
「うん」
1
あなたにおすすめの小説
あやかし甘味堂で婚活を
一文字鈴
キャラ文芸
調理の専門学校を卒業した桃瀬菜々美は、料理しか取り柄のない、平凡で地味な21歳。
生まれる前に父を亡くし、保育士をしながらシングルで子育てをしてきた母と、東京でモデルをしている美しい妹がいる。
『甘味処夕さり』の面接を受けた菜々美は、和菓子の腕を美麗な店長の咲人に認められ、無事に採用になったのだが――。
結界に包まれた『甘味処夕さり』は、人界で暮らすあやかしたちの憩いの甘味堂で、和菓子を食べにくるあやかしたちの婚活サービスも引き受けているという。
戸惑いながらも菜々美は、『甘味処夕さり』に集まるあやかしたちと共に、前向きに彼らの恋愛相談と向き合っていくが……?
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる