上 下
14 / 27

14.二日目:おばあちゃんのスイートポテト

しおりを挟む
「え? 私そんなに変な事……言った?」
「いや……」

 おや……? 銀のピンと立ったお耳の内側が赤い。いつもより鮮やかなピンクに染まっている。そしてその頬もほんのり色付いている。

「……照れた?」
「初めて言われたから……な。毛並みを褒められたり瞳が綺麗と言われたことはあったが……」

 普段は歯切れ良い口元がもごもごと口篭っている。
 なんということでしょう。いつも私に頬ずりしたりくっついたりと、もっと照れる様な事をしているくせに「素敵」の一言でこんなに照れるだなんて。

「銀は毛並みも瞳も綺麗で、中身も優しくて素敵なお狐様だよ」
「……よい。それ以上言うでない」
「ふふっ」

 銀は『お狐様』という特別な存在だから、こんな風に人と肩を並べ話したりすることはなかったのかもしれない。

「美詞、手が止まっておるぞ」
「はいはい」
 
 その照れた顔がどうにも可愛くて、冷える台所にいるのも忘れるくらいに私の心は温まっていた。


「卵黄を塗って……と」

 まだ年月の経っていないハケは動かないので、ここは私の出番だ。
 アルミホイルの上に並べたスイートポテトに、艶出し用の卵黄を一つずつ塗って行く。これに焦げ目がつくと……美味しいんだよねぇ!

「美詞、おーぶんとーすたーの用意ができたぞ」

 チーン! と音が鳴る。ここは冷えるので少し温めておいたのだ。
 本当はトースターじゃなくてオーブンで焼くのが正統派なのかもしれないけど、お祖母ちゃんの作り方ではトースターを使うのだ。あまり料理をしていなかった私にも、何となくだけど気分的に楽で有難い。

 そして約十分。そろそろ香ばしい匂いがしてきて、目安の焦げ目も良い感じになってきた。

「きゅーん!」
「くぅ~ん! きゅん!」
「きゃん! きゃんきゃん!」

 私の足下を子狐ちゃんたちがグルグルと走り回ったり、脚を手でカリカリと引っ掻き「早く!」と催促をしている。

「はいはい、今できるから! ほら、もう少し……」

 チーン! と待望の音が鳴り子狐たちが飛び上がる。そして洗い物をしていた台所用品たちがカタカタタ! と笑うように音を鳴らした。


 ◆


「はい! オヤツのスイートポテトです! 召し上がれ~! あ、でも――」

 その言葉で八匹がお膳に飛び掛かった。そして案の定「きゃんっ!」と声が上がる。

「ああもう、まだ熱いからちゃんとフーフーしなきゃ! ほら、こうして……」

 私は子狐たちのスイートポテトに、見本として息を吹きかけて見せる。……でも、狐ってフーフーできるんだろうか?

「待て待て、今冷ましてやる」

 銀がシュルっと襷を外しつつ、子狐たちのお膳に手をかざし風を吹かせた。そして揃って首を傾げた子狐たちは「もういい?」と私を見上げる。

「どうぞ、ゆっくり食べてね」

「きゅーん!」
「きゅっ、きゅーん!」
「ふがっ、きゅーん!」

 ガツガツと、見る見る間にお膳の山が消えていく。この子たちよく食べる……! これは毎食の量ももう少し増やした方が良いかもしれない。そうか……子狐ちゃんたちはきっと今が成長期なのだろう。

「さあ、俺たちもいただこうか」
「うん」

 銀のお膳の上には丸いスイートポテトが三つ。私は二つ。黒のお皿に乗せられた黄色の真ん丸は、まるでお月様の様。そして漂う甘~いその香り。久し振りの心躍る匂いだ。

「これは……懐かしいな」
「銀も食べた事あったんだ? お祖母ちゃんのスイートポテト……美味しかったよねぇ」

 フォークで切ってまずは一口。

「ふわっ、あっつ……」

 口をハフハフさせてその熱を逃す。すると鼻に届くバターの香り。そして舌に感じるのは、ねっとり蕩けるさつま芋の甘みだ。ちょっとバターが多かったかな? と思ったけど、さつま芋自体の味が濃いから、ぶつかり引き立て合っていて丁度良い。
 ああこれは、濃い目の緑茶を淹れて正解だった! 

「んん~! 美味しい~~!」
「美味いな……! 最後に食べたものと全く変わらん。千代の味だ……」

 銀の耳がまたほんのり赤い。綺麗な金の瞳もほんのり潤んでいるような……。

「美詞、ありがとう。懐かしい味だ……」
しおりを挟む

処理中です...