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15.二日目:懐かしい味
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「美詞、ありがとう。懐かしい味だ……」
そして笑顔が滲み出た。これまでで一番の笑顔かもしれない。私の料理で……ううん、おばあちゃんの味をこんなに喜んでくれるだなんて。
こんなの、私の方こそ嬉しくて仕方がなくなる。
だって、おばあちゃんの味は私にとっても大切で、大好きな味だ。だけど私の味覚は、残念ながら「この味だ」とまでは分からない。子供の味覚と大人になった今の味覚が違いすぎて、美味しいけれど、これがおばあちゃんの味なのか確信が持てなかったのだ。
「私の方こそ、ありがとう。……ほんと、おばあちゃんの味……美味しい……」
「千代の味か……また口にできるとは思わなんだ」
「私も! 美味しいんだよね~おばあちゃんのごはん! 私ももう一度くらい食べたかったなぁ……。煮物も山菜料理も、お漬物も……美味しかったけど私には作れないや」
「教えてもらえば良い」
「え?」
カタカタ、カーン! ゴンゴンと、台所の鍋やお玉、包丁にその他の付喪神が音をかき鳴らす。
「ほれ、台所の者らが覚えておるだろう。今はまだ力が戻りきっておらんから、手の込んだものは難しかろうが……そのうち、しっかりと力が戻ったら願えば良い」
「うん! ……そっか、それじゃ早くみんなの力が溜まるように、美味しいごはん頑張るね」
「ああ、よろしく頼む」
広いお座敷に私と銀と子狐ちゃんたち。それからすぐそこの台所には、屋敷を温める竈神さんに台所用品の付喪神たち。
みんなの声は立てる音や鳴き声だけど、この賑やかな雰囲気は子供の頃の夏休みの様だ。
おばあちゃんの代わりに銀。いとこたちの代わりは子狐たち。踊る台所用品や竈神さんは、たまに乱入してきていたお猿や近所の子たちだろうか?
失業したばかりだし、今は私の夏休みなのかもしれない。――ま、季節は冬だけどね!
「あ、そうだ。井戸神さんにも持って行かなきゃね」
「ああ、そうしてやってくれ」
◆
「井戸神さん、おやつにスイートポテトを作りました。お召し上がりください」
私はパンパンと手を叩き、いつもの様に井戸の前にお膳を置いた。
さて、このまま立ち去って良いのか、それとも井戸神さんが姿を見せてくれるまで待っているのが良いのか……?
「えっと……緑茶は濃い目ですけど、井戸神さんの好みじゃなかったらすみません」
手を合わせて様子を見るが、特に何も起こらない。
「……じゃあ、あとでお膳を下げに来ますね」
「待たれよ、世話人」
下げた頭の上からあの涼やかな声が掛けられた。
「井戸神さん……!」
スルリと井戸から白い脚が下ろされて、その縁に腰掛ける。そしてお膳がふわりと浮き上がり、井戸神さんの膝の上へ。
「……これは久し振りじゃな。どれ…………。ああ、千代の味じゃな。良い味じゃ」
その小さな唇の口角が、ほんの少し持ち上げられた。笑顔だ……! 冷たい水のように凛としていて無表情に近かった井戸神さんが、私の前で初めて笑ってくれている。
「お、お気に召したなら嬉しいです!」
「うん、気に入った。さて……物置部屋は探したのかえ? 世話人と嫁のことは理解したか?」
「……はい」
ドキッとした。
井戸神さんの視線は銀とはいつもちょっと違う。見守るような銀とは対照的に、私を厳しく見定めるようで、私は緊張してピーンと背を正してしまう。
「ほお。理解したのなら良ろし。世話人として励めよ、美詞」
「は、はい!」
「――馳走になった」
それだけ言うと、井戸神さんはスゥっと姿を消した。そして空になったお膳が地面にコーンとぶつかって、ちょっと痛そうに足をさすりさすりし私の足下まで歩いてくる。
「大丈夫? 傷付かなかった?」
抱え上げた私の手をぺしぺし叩き、お膳さんは「大丈夫」と言うようにその足を上げた。
そして笑顔が滲み出た。これまでで一番の笑顔かもしれない。私の料理で……ううん、おばあちゃんの味をこんなに喜んでくれるだなんて。
こんなの、私の方こそ嬉しくて仕方がなくなる。
だって、おばあちゃんの味は私にとっても大切で、大好きな味だ。だけど私の味覚は、残念ながら「この味だ」とまでは分からない。子供の味覚と大人になった今の味覚が違いすぎて、美味しいけれど、これがおばあちゃんの味なのか確信が持てなかったのだ。
「私の方こそ、ありがとう。……ほんと、おばあちゃんの味……美味しい……」
「千代の味か……また口にできるとは思わなんだ」
「私も! 美味しいんだよね~おばあちゃんのごはん! 私ももう一度くらい食べたかったなぁ……。煮物も山菜料理も、お漬物も……美味しかったけど私には作れないや」
「教えてもらえば良い」
「え?」
カタカタ、カーン! ゴンゴンと、台所の鍋やお玉、包丁にその他の付喪神が音をかき鳴らす。
「ほれ、台所の者らが覚えておるだろう。今はまだ力が戻りきっておらんから、手の込んだものは難しかろうが……そのうち、しっかりと力が戻ったら願えば良い」
「うん! ……そっか、それじゃ早くみんなの力が溜まるように、美味しいごはん頑張るね」
「ああ、よろしく頼む」
広いお座敷に私と銀と子狐ちゃんたち。それからすぐそこの台所には、屋敷を温める竈神さんに台所用品の付喪神たち。
みんなの声は立てる音や鳴き声だけど、この賑やかな雰囲気は子供の頃の夏休みの様だ。
おばあちゃんの代わりに銀。いとこたちの代わりは子狐たち。踊る台所用品や竈神さんは、たまに乱入してきていたお猿や近所の子たちだろうか?
失業したばかりだし、今は私の夏休みなのかもしれない。――ま、季節は冬だけどね!
「あ、そうだ。井戸神さんにも持って行かなきゃね」
「ああ、そうしてやってくれ」
◆
「井戸神さん、おやつにスイートポテトを作りました。お召し上がりください」
私はパンパンと手を叩き、いつもの様に井戸の前にお膳を置いた。
さて、このまま立ち去って良いのか、それとも井戸神さんが姿を見せてくれるまで待っているのが良いのか……?
「えっと……緑茶は濃い目ですけど、井戸神さんの好みじゃなかったらすみません」
手を合わせて様子を見るが、特に何も起こらない。
「……じゃあ、あとでお膳を下げに来ますね」
「待たれよ、世話人」
下げた頭の上からあの涼やかな声が掛けられた。
「井戸神さん……!」
スルリと井戸から白い脚が下ろされて、その縁に腰掛ける。そしてお膳がふわりと浮き上がり、井戸神さんの膝の上へ。
「……これは久し振りじゃな。どれ…………。ああ、千代の味じゃな。良い味じゃ」
その小さな唇の口角が、ほんの少し持ち上げられた。笑顔だ……! 冷たい水のように凛としていて無表情に近かった井戸神さんが、私の前で初めて笑ってくれている。
「お、お気に召したなら嬉しいです!」
「うん、気に入った。さて……物置部屋は探したのかえ? 世話人と嫁のことは理解したか?」
「……はい」
ドキッとした。
井戸神さんの視線は銀とはいつもちょっと違う。見守るような銀とは対照的に、私を厳しく見定めるようで、私は緊張してピーンと背を正してしまう。
「ほお。理解したのなら良ろし。世話人として励めよ、美詞」
「は、はい!」
「――馳走になった」
それだけ言うと、井戸神さんはスゥっと姿を消した。そして空になったお膳が地面にコーンとぶつかって、ちょっと痛そうに足をさすりさすりし私の足下まで歩いてくる。
「大丈夫? 傷付かなかった?」
抱え上げた私の手をぺしぺし叩き、お膳さんは「大丈夫」と言うようにその足を上げた。
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