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24.七日目:狐に嫁入り
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「それで……銀? お嫁さんになるって言ったけど……でも、どうすれば良いの?」
井戸神さんは『祝言を挙げろ』と言っていたけど……?
「ああ、お前が俺を受け入れてくれたならそれで良い。ただ――俺の力を少しだけ、受け入れてもらうが……」
「銀の力を……? えっ、あの……どうやって?」
どうしよう。早まったかもしれない?
だって、その……お嫁になって、受け入れるって、まさか……?
ドキン、ドキン、と心臓が鳴る。どうしよう、無理矢理だとか私を傷つけるようなことはしないって言っていたけど、それが必要なら――。
「さて。どの様にするかな……」
ちらりと向けられた視線に、ついビクッとしてしまった。
だって、銀の瞳に何か熱が灯っているように感じてしまって――いや、これは自惚れかな。それとも、私は期待していたり……?
「美詞」
銀がそうっと両手を広げ、私を包み込むようにして抱きしめた。
スリッと頬ずりをされ、ふわふわの耳が私のこめかみを擦った。
私の耳に銀の唇が寄せられて、ぽそっと囁かれた。
「こうするだけでよい」
「……え?」
「取って食いはしない。こうして触れ合うだけでよい。これで馴染むが……嫌か?」
「う、ううん、嫌じゃない……です」
色々と考えすぎた自分が恥ずかしくて頬が熱くなってしまった。
銀は本当に優しすぎると思うし、あやかしなんて少し怖いモノなのに穢れていない真っ新な屋敷神でもあって……。
「ひと月あれば、銀の力は私に馴染む?」
「きっと。毎日少しずつ、美詞は『嫁』になっていくはずだ」
「……そっか」
何だかそれは、幸せだけど少し恥ずかしいな……なんて私は思った。
その夜は、二人で月明かりの庭を眺め、あれこれお喋りをした。
そしていつの間にか、銀に抱き包まれたまま寝てしまっていた。
◆
七日目
翌朝、雪は残っているけど今日の空は雲一つない晴天。抜ける様な青空だ。
少し寝坊をした私と銀は急いでお握りと味噌汁の朝食を作り、そして井戸神さんの元へ報告に行った。
井戸神さんには色々と教えて貰ったし、せっつかれもしたからね。
「よきこと! どれ、妾が『狐の嫁入り』を取り持ってやろう」
そう言うと、井戸神さんはスイッと腕をひらめかせ天に向けた。するとその途端、サアァッと霧雨が降り出す。
「雨雲は呼べんが、水でそれらしくはできる」
「ああ、狐の嫁入り……!」
「フフッ、まぁ狐のではなく、狐にじゃがな」
手をかざし空を見上げれば、虹まで出ている。
「井戸神よ、これでは美詞が濡れて風邪をひいてしまう」
「……銀は過保護じゃのぉ――ま、美詞もそのナリでは格好がつかんな」
銀の袖に隠されながら、私は首を傾げた。
「え? 恰好ですか?」
私は自分の服を見直すが、温かなモコモコのボトムスにスウェットのパーカーワンピ、ダウンコートという普段着だけど人前に出れない恰好ではない。
「どれ、美詞に妾の領巾を貸してやろう」
井戸神さんが霧雨にツイッと腕を滑らせると、虹色をしたベールのような薄布が現れた。
「銀よ、そなたから美詞へ授けるがよい」
「ああ。それ、美詞……――どうだ?」
フワッとベールを掛けられて、その瞬間、私の視界が一変した。
「うわぁ……! すごい……!!」
ベール越しに見る世界には、小さな光が飛び回り、他にも小さな、何か分からないモノも飛んでいるし、太陽の光はキラキラと煌めいて見える。
ああ、今まで私が見ていた世界は何だったのだろう? 同じ場所なのに、こんなにも違う世界がすぐ隣にもう一つあっただなんて……!
「小さきモノはあやかしや、精霊だ。この屋敷は自然や古いモノたちに愛されているのだよ」
「うん……そうなんだね」
ああ、だからこんな山奥で、この家は何百年も続いてきたのだろう。人の隣にいる優しいモノたちに支えられて――。
私は庭や屋敷をぐるりと見回すと、台所に立つ褐色肌の男の人の姿に気が付いた。あれは……夢の中で見た……!
「あれ……竈神さん……!?」
「おお、視えたか」
井戸神さんの領巾をそっとよけて見てみると、竈神さんの姿はやっぱり私には見えていない。だけどこの領巾越しだと――、竈神さんは白い歯を見せニカッと笑ってくれている。
「いつも……いつも、本当はあそこにいたの?」
「ああ。竈神だけではない。他にもまだ、美詞が会っていないモノがいる」
「そうなんだ……」
そのうちに、家の中から子狐たちがキュンキュン鳴きながら飛んできて、台所用品たちがカッチャカッチャと踊り出でてきた。そして、私の耳に『おめでとう』『いらっしゃい、百年目の嫁』と、歓迎と祝いの声が届いた。
「……えっ!? え、もしかして……!?」
私が驚き子狐や付喪神たちに目をやると、彼らは『きゃきゃきゃっ』『あはは』と笑い声を上げる。
「みんな……話せたんだ……!」
「お主が嫁になったからじゃよ。妾たちは変わらぬ。変わるのは、いつも人じゃ」
その言葉に頷く私の肩を、銀がそうっと抱き寄せた。
井戸神さんは『祝言を挙げろ』と言っていたけど……?
「ああ、お前が俺を受け入れてくれたならそれで良い。ただ――俺の力を少しだけ、受け入れてもらうが……」
「銀の力を……? えっ、あの……どうやって?」
どうしよう。早まったかもしれない?
だって、その……お嫁になって、受け入れるって、まさか……?
ドキン、ドキン、と心臓が鳴る。どうしよう、無理矢理だとか私を傷つけるようなことはしないって言っていたけど、それが必要なら――。
「さて。どの様にするかな……」
ちらりと向けられた視線に、ついビクッとしてしまった。
だって、銀の瞳に何か熱が灯っているように感じてしまって――いや、これは自惚れかな。それとも、私は期待していたり……?
「美詞」
銀がそうっと両手を広げ、私を包み込むようにして抱きしめた。
スリッと頬ずりをされ、ふわふわの耳が私のこめかみを擦った。
私の耳に銀の唇が寄せられて、ぽそっと囁かれた。
「こうするだけでよい」
「……え?」
「取って食いはしない。こうして触れ合うだけでよい。これで馴染むが……嫌か?」
「う、ううん、嫌じゃない……です」
色々と考えすぎた自分が恥ずかしくて頬が熱くなってしまった。
銀は本当に優しすぎると思うし、あやかしなんて少し怖いモノなのに穢れていない真っ新な屋敷神でもあって……。
「ひと月あれば、銀の力は私に馴染む?」
「きっと。毎日少しずつ、美詞は『嫁』になっていくはずだ」
「……そっか」
何だかそれは、幸せだけど少し恥ずかしいな……なんて私は思った。
その夜は、二人で月明かりの庭を眺め、あれこれお喋りをした。
そしていつの間にか、銀に抱き包まれたまま寝てしまっていた。
◆
七日目
翌朝、雪は残っているけど今日の空は雲一つない晴天。抜ける様な青空だ。
少し寝坊をした私と銀は急いでお握りと味噌汁の朝食を作り、そして井戸神さんの元へ報告に行った。
井戸神さんには色々と教えて貰ったし、せっつかれもしたからね。
「よきこと! どれ、妾が『狐の嫁入り』を取り持ってやろう」
そう言うと、井戸神さんはスイッと腕をひらめかせ天に向けた。するとその途端、サアァッと霧雨が降り出す。
「雨雲は呼べんが、水でそれらしくはできる」
「ああ、狐の嫁入り……!」
「フフッ、まぁ狐のではなく、狐にじゃがな」
手をかざし空を見上げれば、虹まで出ている。
「井戸神よ、これでは美詞が濡れて風邪をひいてしまう」
「……銀は過保護じゃのぉ――ま、美詞もそのナリでは格好がつかんな」
銀の袖に隠されながら、私は首を傾げた。
「え? 恰好ですか?」
私は自分の服を見直すが、温かなモコモコのボトムスにスウェットのパーカーワンピ、ダウンコートという普段着だけど人前に出れない恰好ではない。
「どれ、美詞に妾の領巾を貸してやろう」
井戸神さんが霧雨にツイッと腕を滑らせると、虹色をしたベールのような薄布が現れた。
「銀よ、そなたから美詞へ授けるがよい」
「ああ。それ、美詞……――どうだ?」
フワッとベールを掛けられて、その瞬間、私の視界が一変した。
「うわぁ……! すごい……!!」
ベール越しに見る世界には、小さな光が飛び回り、他にも小さな、何か分からないモノも飛んでいるし、太陽の光はキラキラと煌めいて見える。
ああ、今まで私が見ていた世界は何だったのだろう? 同じ場所なのに、こんなにも違う世界がすぐ隣にもう一つあっただなんて……!
「小さきモノはあやかしや、精霊だ。この屋敷は自然や古いモノたちに愛されているのだよ」
「うん……そうなんだね」
ああ、だからこんな山奥で、この家は何百年も続いてきたのだろう。人の隣にいる優しいモノたちに支えられて――。
私は庭や屋敷をぐるりと見回すと、台所に立つ褐色肌の男の人の姿に気が付いた。あれは……夢の中で見た……!
「あれ……竈神さん……!?」
「おお、視えたか」
井戸神さんの領巾をそっとよけて見てみると、竈神さんの姿はやっぱり私には見えていない。だけどこの領巾越しだと――、竈神さんは白い歯を見せニカッと笑ってくれている。
「いつも……いつも、本当はあそこにいたの?」
「ああ。竈神だけではない。他にもまだ、美詞が会っていないモノがいる」
「そうなんだ……」
そのうちに、家の中から子狐たちがキュンキュン鳴きながら飛んできて、台所用品たちがカッチャカッチャと踊り出でてきた。そして、私の耳に『おめでとう』『いらっしゃい、百年目の嫁』と、歓迎と祝いの声が届いた。
「……えっ!? え、もしかして……!?」
私が驚き子狐や付喪神たちに目をやると、彼らは『きゃきゃきゃっ』『あはは』と笑い声を上げる。
「みんな……話せたんだ……!」
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