お狐様とひと月ごはん 〜屋敷神のあやかしさんにお嫁入り?〜

織部ソマリ

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23.六日目・夜:貰って

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 ハッキリ言おう。
 言うのは……かなり照れるけど、この優しくて淋しがり屋で、だけど一人に慣れてしまったお狐様にはハッキリ言わなくては伝わらない。

 私は意を決し、銀を真っすぐ見つめ口を開いた。

「銀、私をお嫁にして」

 銀は耳をピンと立て、目を丸くして私を見つめ返した。――が、銀はそのまま、何も言わずに目をそらす。

「銀? あの……聞こえた?」

 スース―という子狐たちの寝息が聞こえている、それ程に静かな中だ。私の言葉は確実に銀の耳に届いているはずだけど、銀はどうしてか返事を返してくれない。

「銀」
「いや、聞こえている」

 その三角の白い耳が、ほんのりピンクに色づいている様にも見えるのは気のせいだろうか?

「銀、本当は『世話人』は、お嫁にならないといけなかったんでしょう? 今の私が作る食事じゃ意味が無くて……だから銀たちはお腹を空かせてて、力も戻らないんでしょう?」
「知っておったのか」

 銀は驚き、そしてちょっと寂しそう笑う。
 私には知られたくなかったのだろう。だから隠れてお握りを食べたりして……。

「百年毎のこの習わしは、狐ノ介の決めたこのことわりだ。『嫁』が世話人となり、食事を作るこによって我らの力となる。俺が力を蓄えれば、あ奴らも育つのだ」

 チラ、と眠り子狐たちに目をやって、銀は淋しそうでちょっと厳しい顔をした。
 それがどうしてなのか私には分からないけど、それならやっぱり私が言うことは一つだ。

「うん。それなら、やっぱり……お嫁に貰ってください」
「美詞…………しかし、それは」

 ウロウロと迷う金の瞳。口篭っているけど銀の尻尾や耳がソワソワと動いている。

「銀」
「しかし……美詞は狐ノ介の嫁の話を知り怖がっていたであろう?」

 この期に及んで私のことを心配する銀に、私の胸が思わずきゅんと痛んだ。ズキンでも、ましてやドキドキではない。
 嬉しそうに耳を染めていたくせに、今はしゅんと耳を下げ私の顔を窺うだなんて。

 なんて優しくて、臆病で可愛らしい屋敷神なのだろう。

「確かにそうだけど、でも銀は、私をお嫁にしてもその……無理矢理どうこうとか、初代の様に私をどこかへ連れて行くつもりはないって言っていたよね」
「勿論。無理矢理など……お前を傷つける気は毛頭ない」

「うん。それなら怖くないよ。戸籍がどうこうなるわけでも、別に私の何が変わるわけでもないなら構わない。銀たちが元気になるなら――気にしないで嫁にしたらいいよ」

 そう、ニッコリと笑って言った私を見て、銀は何故か盛大な溜息を吐いた。

「……今の女子はみんなそうなのか? 俺には美詞が分からん」
「銀、私だっていつまでも子供じゃないんだよ? 大人になれば差し引きで考えます」
「差し引き?」
「だから言ったでしょ? 命も戸籍も私自身の何もかも、何も変わらないし減らないなら銀たちが元気になる方が良い。この屋敷が終わりを迎えるなら、この家に招いた者の最後の世話人として、あなたたちに美味しい食事を食べてもらいたい」

 嫁でなければその腹を満たせないというのなら、なるしかないじゃないか。
 それが、私が銀にできる最大のお返しだと思うのだ。

「銀。ねえ、だって銀は、シロ君でしょう?」
「……っ! 思い出したのか……?」

 嬉しそうに瞳を輝かせる銀に、私は微笑み頷く。

「うん。……私、ずっと銀に支えてもらってたよね。だからね、これはそのお返し! だからほら、銀は何も気にせず私をお嫁に貰えばいいんだよ」

 そう。私は、私がもらったものを銀に返してあげたい。楽しい気持ちも、優しい気持ちも何もかも。
 だって、一人でここに置いて行かれるのが寂しいことを私はよく知っている。だから――ここが無くなってしまうとしても、銀たちがどこかで、皆で楽しく暮らしていけるだけの力を取り戻させてあげたい。

 決して、一人ぼっちでここで朽ちさせたりなんてしたくないのだ。

「はあぁ~……っ」

 銀は大きな大きな溜息を吐いて、顔を覆いその場に蹲ってしまった。
 そしてチラッと顔を上げ、ポツリと言った。

「美詞に惚れてしまいそうだ」

「えっ」

 ブワッと、私の頬が熱くなったのを感じた。
 だけど、そんな銀の予想外の言葉に押し黙ったり、ここで照れてはいけないような気がして、私は心臓のドキドキを押さえて笑って見せる。

「あはは! じゃあ……もし、惚れたら口説いてね? 銀」
「……三百年も生きた狐を揶揄うでない」

「ふふっ。ねえ、銀? 明日は何が食べたい?」
「……美詞が作るものなら何でも良い」

 銀は少し不貞腐れたような、拗ねているような口振りだ。

「もー。何でもいいは困るんだよ?」
「そうか。では……ああ、子狐たちがドーナツを食べてみたいと言っていたな」
「それはごはんじゃなくてオヤツだよ」

 そんな軽口を交わしていると、銀の尻尾が私の手に触れた。
 ふわふわで温かい、優しい尻尾はシロくんと同じだ。見上げた先にあるお耳も、変わらず可愛くて私は好きだ。

「銀、いっぱい一緒にいようね」
「あとひと月足らずだがな」

 私は優しいお狐様の尻尾をそうっと撫でた。
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