【R18.BL】愛月撤灯

麦飯 太郎

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8.雑談

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 その夜、夏は本当に酒を飲もうと誘ってきた。
 出雲に到着し、荷解きを終えていたので蓮と恭吾に了承を得て部屋を出る。
 軽やかな夏の足取りに、もう店を決めているのかと聞くと、そんな場所より良いところだと案内されたのは、なんと出雲大社の屋根の上だ。
 日が落ちたそこは、月と星の明かりだけが頼りといえるほど暗い。神在月なので日中こそ人の往来が例月より多いようだが、それでも夜は別世界のようになる。
 と言っても、神議りを行っているのも人間の出雲大社とは別の神の空間に存在する出雲大社なので、人の気配は無いのだけれど。

「なんでここなんですか?」

 人間の使う出雲大社だけれど、それでも神の社だ。そんな場所の屋根に腰を下ろすのは不遜ではないかと躊躇うと、夏は全く意に介する様子もなくドカッと音を立てて座った。

「景色がいいだろ?」
「それはそうですけど」
「お前と二人で話したかったからな。ここなら誰にも邪魔されない」

 そうかもしれないが、この場だからこそ大国主大神に筒抜けな気もする。

「座れ座れ」

 仕方なく少しだけ離れて座ると、夏は袖から出した手拭いを敷いて徳利にお猪口二つ、それにイカの乾き物を置いた。
 袖の中は別の世界でも広がっているのだろうか……。
 あまり聞かない方が身のためかもしれないと口をつぐみ、徳利を手にして傾ける。こちらの行動に満足しているらしく、夏は微かに笑みを浮かべてお猪口を持ち上げた。
 トクトクと低く滑らかな音が響く。
 夏はお猪口を持ったままこちらの徳利を取り、同じように傾けたので慌ててお猪口を持ち上げて酒を注いでもらう。

「神様に注がれたら、これはもう神酒ですね」
「あぁ。ありがたく飲めよ」

 否定しない姿に思わず吹き出しつつ、乾杯をして酒を飲む。
 喉がカッと熱くなるが、その直後にまろやかな舌触りが包み、喉に落ちる。鼻から息を吐けば、優しい酒の香りがほんのりと抜けていった。花のように美しく、清流の水の如く滞りを一切感じない。
 これはとんでもなく良い酒だ。
 思わず何度も瞬きをしながらお猪口の酒を見る。

「気に入ったか?」
「凄い……!! どこの酒ですか!?」
「富山。何年か前に祭りで、酒造で働く若造と仲良くなってな。亡くなった親父さんの跡を継いで経営は順調だけど、いつか飲んだ親父の味が忘れられないって言うから造るのにちょっと手伝ってたんだ」

 酒の神ではないけれど、四季神が見守れば良い酒になるのは当然だ。

「あ、俺は助言だけだぞ」
「え?」
「俺が手を出したら、すぐに神酒はできるだろうな。でも、それじゃダメだ。考えて工夫して失敗して、それを繰り返して成長する。それがあいつの力になるんだ」

 こちらの考えていることなど、お見通しだったのだろう。何だか恥ずかしくなりお猪口に口を付けて誤魔化した。

「まぁついでに、良い酒が出来たら夏の神を一番に敬えって言っといた」
「なんだそれ」
「はははっ! それあいつも同じこと言ってたな」
「そりゃそうだろ。酒の神なら分かるけど、夏の神ってなんで? ってなるだろうし、そもそも四季神は自然と無意識に敬われるから、どっかに祀られるなんて殆どないだろ?」
「祀られてないけど、祀っちゃダメなんてことないだろ??」
「ぷッ、ふふ、確かに!」

 笑いながら酒を口に含む。
 思い出の味を何度も何度も試行錯誤し、造り上げた酒だと思うと、また違った深みを感じられるようだ。まだ三口しか飲んでいないけれど、ふわふわと心地良い。
 月を眺めてから、少し先に続いている参道を見下ろす。木々が覆い、いかにも神域という風体のそこのすぐ先には人の商う店が並ぶ。今の時間は既にどの店も灯りを落としているが、あの賑わいは決して嫌いでは無い。

「……ようやくいつもの感じになったな」

 呟いた夏の方を見ると、こちらを見ながら暖かい眼差しを向けていた。それが妙に面映ゆく正面に視線を戻して何がだよと悪態をつく。

「何って、言葉もだし、その態度も。確かに年に一度しか会わないけど、もう知らない間柄ではないだろ? 神議りが終わる頃には砕けてくれるのに、一年経つとまた固い感じになる」

 身に覚えがあり過ぎる。
 しかし、それにも理由があるのだ。
 蓮の神使として身の回りの世話や手伝いを行うが、その部屋にはもちろん夏も居る。同室の四季神の夏が困っていたら、手出しをせずにはいられない……というわけだ。春、秋、蓮のように神使を持たず、更に言うと夏は手がかかる。それに一々応えるのが、いつの間にか自分の担当になりつつあり、それが四季神の部屋では当たり前になってしまった。
 世話をする上で、少しずつ「なんでだよ!」と思ったり口出ししていくうちに、神議りの最終日には六花の相手をするような気持ちで会話をしてしまっている。そして、蓮の屋敷に帰った後に「あんな奴だけど、四季神だよな……。次はしっかり対応しないとな」と気を引き締めるのだ。
 結果、次の神議りの時はまた固い挨拶から始める。
 恒例行事みたいなものだ。それを総称すると……。

「夏様は四季神だからな」

 の一言だ。それを呟くと、夏はボソリと「なら四季神辞めようかな」と消えるような声で吐き出した。
 思わず夏の方を見ると、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。どうやら、騙されたようだ。
 冷たい冷たい冬の湖のような目で見てやるが、夏はそれすら嬉しいといわんばかりに喉を鳴らして喜んだ。

「四季神は辞めないさ。辞めたら、風花に会えなくなっちまう」
「そんな理由なら辞めちまえ」
「冷たいなぁ。……うーん、俺は自由だけど、神使がいると辞められないしな」
「え、そうなの?」
「あぁ。いや、辞めようと思えば辞められるだろうな。でも、そしたら神使達は仕える神がいなくなるんだ。どうなると思う?」
「…………消える?」

 すると、夏は正解と言って指をパチンと鳴らした。
 春、夏、秋は四季神として産まれたと聞いたので、今のはきっと冬の神……蓮に四季神の息吹を吹き込んだ前の冬の神のことなのだろう。
 冬は一人だけ神使がいたらしい。雪という愛らしい女の童の姿だったという。

「まぁ、実際に消えたのを見たわけじゃないんだけどな。ただ、冬の気配が無くなって、同時に雪の気配も消えた。要はそういうことだろ」

 冬に何があって、何を想い、何が神を辞めるきっかけになったのか。それは誰も聞いていないと雑談で耳にしたことがある。

「冬に何があったかは知らないけど、春も秋も、神使が消えるなら神を辞めたいとは露ほども思わないだろうな。蓮もそうだが、神使は神にとって命同等だ」

 そうだろうか。確かに、春と秋にとっての神使はそうなのだろう。だが蓮は神使以外にも大切な者が多い。恭吾、銀花、六花にハルト、きっと華月と紅月も含まれるに違いない。天花と自分も大切なのだろうけれど、思いとどまる理由としては春と秋より弱いと思う。
 しかし、それは口に出さずに酒を口に含む。

「あ、でも、俺は鬼だから蓮様が蓮様が神を辞めても消えないかもな」

 ふと思ったことを呟くと、夏も確かになーと適当な返事をしてくれた。

「どっちかっていうと、あのいけ好かない双子が神使に近いんだろうな」
「大和と暁が?」
「あぁ。四季神以外もだけど、社を持たないような小さな神は、強い……とは違うけどまぁ人からの信仰が多い神の神使になることが多い。ほら、春と秋のとこの神使も神だろ。一応。でも、季節の一部だから信仰は通年の神より少ない」

 だから、四季神という社は持たずとも人々の信仰が強い神に仕えている、ということだろう。

「でも、大和と暁は季節関係なくない? 湖の双子だし」

 ふむと夏は考えるように指先で顎に触れる。

「蓮にとって、神使はいるし、それに銀花が先代神使の雪と同じように雪の神としての力があると思うんだよな。四季神の子供なんて初めてだから、もしかしたらひとつじゃないっていうアレかもしれねぇけど。そしたら、別に冬に関する神を産み出さなくて良かったのかもしれないな。あとは、あの双子が別の意味を持って産まれてきたか」
「別の意味??」
「あぁ。力としては蓮の山から産まれできてるから、蓮の属みたいな扱いだけどな。誰かの強い願いを抱えて産まれた……的な」

 ジットリと不信そうに夏を見る。何だか信憑性のある話だったのに、最後の「的な」というひと言で適当に言っていると思えてしまう。
 思わず盛大にため息を吐いて空を見上げた。
 やはり、自分がいなくなっても、変わりはいるのだろう。
 最近は忙しくて考える時間もなかったけれど、双子が産まれたあとのモヤモヤがまた吹き出てきそうで胸の辺りが気持ち悪い。
 眺めている参道のその先に、人間の生活の灯りが煌めいている。その淡く力強い光は今の自身にとって、とても眩しく思えた。

「風花」
「ん?」

 感傷的になりつつあった心を引き上げるような夏の声に、お猪口を傾けながらいい加減に返事をする。

「俺のとこに来ないか?」
「――っぶ! は?」
「俺がお前を気に入ってるのは知ってるだろ? 神使にと思ったが、俺は他に神を増やすつもりがない。だから、嫁にと思った」
「いやいやいや」
「そういうと思ったよ。すぐにとは言わない。ひとりが寂しいと思ったことはないけど、風花となら一緒にいたいと思ったんだ」

 からかうのはやめてくれと言おうとしたけれど、こちらを真っ直ぐ見つめる夏の表情があまりに真剣味を帯びているので、出しかけた言葉を飲み込んでしまい何も言い返せない。
 伸びてきた指先が頬を撫でる。微かに震えているような気がしたが、その指先はすぐに離れていった。
 夏の言うことが本当ならば、自分だけを見てくれるのだろうか。

(でも、俺は蓮様の)

 蓮は……。蓮の所に双子が産まれたのは、蓮がそれを望んだからではないか。今の生活に、何かが足りないと思ったのかもしれない。それに、蓮と恭吾にはまだこれからも子が産まれるだろう。他にも神が産まれれば、蓮の中で自身の順位はどんどん下がるだろう。いくら平等を謳っても、最初のような愛を望むことは出来ない。
 悪い方に思考が働き、頭を振る。
 蓮はそんな神ではない。
 しかし、たとえ蓮にそんな気が無くとも、無意識のうちに少しずつ少しずつ何かが変わっていくのは確かだ。

「俺は増やさない」

 長い長い沈黙を、夏が短い言葉で断ち切った。

「……なんで言い切れるんだよ」

 刺々しい言葉は、信じられないと言っているのと同義だ。

「風花だけでいいから」
「……」
「四季神として産まれた頃の記憶なんてもう無いけどよ、それでも確かなのは俺は産まれてから一度も誰かと共にありたいと思ったことはない。風花以外は」
「……」

 夏は話しながら自分のお猪口に酒を注ぐ。

「風花には酷な話だけどよ、蓮はお前ら三つ子や銀花だけじゃ足りないんだよ。お前らが居たかもしれないけど、それでもあいつの人間として、訳の分からない者として一人で生きていた期間が長すぎたんだ。だから、まだ寂しいんだよ。蓮はこれからも子も産むし、神も産むだろうな。風花はその中の一人で特別ではなくなる。……俺はお前だけがいい。まぁ考えといてくれ、あと一ヶ月あるから。今度下町にデェトに行こう、また誘う」

 一方的に知っていた事実を改めて突きつけ、夏は去っていった。
 一人残され、泣きたいのに泣けず、ただ数滴残っていた酒を煽り蹲る。
 明日にはいつも通りの顔で神議りをしなければ。もはや、自分がどうしたいのかもよく分からなくなっていた。
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