11 / 17
10.宴
しおりを挟む
蓮への報告を終えたあと、しばらくは大国主大神からの呼び出しは天花が対応することになった。更に、三つ子なので雰囲気は違えど見た目は似ているので、念の為にと華月が必ず付き添っているそうだ。
なんというか、華月に関しては会いたいからでは? と思わなくもないが、対応してもらっているので黙っていることにした。
そして、夏からの誘いも無くなった。というより、かなり忙しいのでそれどころではなかったのも事実だ。
そんな多忙の中でも神々は宴をする。
こんなに忙しいのだから、さっさと終わらせて最後の宴をして解散で良いと思っているので、わざわざ神議り折り返し時点で宴をするのは意味が分からない。
初めての神議りの時にそれを呟くと、華月に神なんてそんなものだ。と返され、ストンと納得し今は意味は分からないなりにも【必要事項】として受け入れている。
宴は昼から始まる。
この日は上座に大国主大神、四季神等が座る。指定席はそこだけであとは神も神使も自由席だ。なので、いつもは交流していない他の部屋の神々が入り交じり、力自慢の相撲大会、知恵比べ、美しい宝玉の自慢、歌や踊り、呑み比べ…………混沌だ。
一応、神使も無礼講と言われているが、酒や肴はいくらあっても足りない。給仕をしているとあっという間に夕方になる。
そして、夕方になるとようやく神々は酒の量が減ってきて、今度は何か楽しいことは無いかと騒ぎ出す。
……厄介なこと、この上ない。
そんな騒がしい声が、四季神の部屋まで轟いていた。
「今日も賑やかねぇ」
そう言いながらホロ酔いの春が丁寧に着物を広げていく。それを案山子のように両手を広げて立ちながら頷く。
「春様。お戻り頂いても大丈夫です。もう自分でも着ることが出来ますから」
「まぁ!! 風花ちゃん! 私の楽しみを奪うつもりね!!」
「……あ、……いえ」
「神議りなんて面倒な集まりの中で、私の唯一の楽しみなのよぉ? 風花ちゃん、綺麗な顔してるから、今年は何着せようかしらって考えるのが楽しみで仕方ないのぉ。去年は新緑の桜の葉みたいな色で爽やかに、一昨年はたんぽぽみたいな鮮やかな黄色だったわねぇ」
真っ白で曇りひとつ無い美しく薄い着物を幾重にも肩にかけて、それを紅珊瑚を贅沢にあしらった腰紐で緩く縛る。黒く長い髪も、いつもは頭の頂点で紺色の紐で結んでいるだけだが、今は桜の手によって丁寧に纏められ、黄金の冠が乗せられた。
「これ、落ちません?」
「大丈夫よぉ~。山吹ちゃんで実証済み。安心してぇ」
それなら全く問題ないだろう。そんなことをしなくとも、春が見立てたものならばどんなに暴れても落ちることは無いのだろうけれど、あまりにも小さく不安定な冠に思わず言葉にしてしまっただけだ。
仕上げの紅を引かれ、桜が鏡を見せてきた。
ここ最近の寝不足で顔色が悪かった肌は陶器のように白く滑らかに、目元は黒々とした自前の長いまつ毛の根元に赤い線が引かれている。気が強そうであり、何も意に介さないというような無関心さも感じる。
口元に差された紅により、顔だけを見れば女性としか思えない。
顔の造形を変えたわけではないので、元々の顔立ちが女性的なのだろう。毎年化粧は変化するが、毎年女性的に見えるのだから間違いない。
「男らしくして欲しい……」
「ダメです」
春はきっぱりと切り捨てるように言い放つ。
「こういう格好は蓮様の方がお似合いになりますよ」
「蓮ちゃんには、蓮ちゃんの衣装があるから安心してぇ。さ、最終確認よぉ。回ってぇ」
そうじゃない。
でも、一人では着替えることもできず、春に言われるままにその場でひらりと身体を回した。
「うん、完璧よぉ! 素敵!! さすが風花ちゃん!!」
「ありがとうございます……。では、行ってきます」
「ええ、私も直ぐに席に行くわぁ」
手に剣と神楽鈴を持ち、手を振る春に頭を下げて部屋を出る。
ゆっくりと廊下を歩き、煩い宴の会場に向かう。もう何度も体験しているのに、心臓がドクドクと高鳴ってきた。これは緊張ではないと自身に言い聞かせなければ、今すぐここから脱兎のごとく駆け出してしまいそうだ。
ふぅと息を吐き、最後の角を曲がる。
瞬間、宴の会場は静まり返った。
この世の音が全て無くなったような静寂。その中に、歩いた時の衣装の絹の音が響く。
そっと、鈴が揺れて鳴らぬように歩き続ける。正直、ここが一番難しい。少しでも気を抜けば鈴は鳴り始め、止まらない。そうなれば、この雰囲気がぶち壊しだ。
歩くことに集中していても、多く視線が頭の先から足の先まで突き刺さる。
廊下から中庭に降り、避けられた真ん中の道を通り、唯一の舞台へ向かう。そして、ようやく舞台に上がり正面に向き直る。
ここまでくれば、あとは舞うだけだ。
少しだけ心を緩ませた時、最前列中央に見知った顔が二つあった。瓜二つのその顔に、それぞれ赤と黒の瞳が月明かりに照らされて輝いている。
「……ふふ」
思わず笑みを浮かべると、静寂の中に謎の音が響き渡った。何の音かと顔を上げようとしたが、直後に舞を始める太鼓の音が響いたので意識を切り替え片足を上げる。
ドドドドドと太鼓が鳴り響き、その音がゆっくりになり、最後の音が止む。そして、鈴を一振りし剣を宙にほおり投げた。
剣はクルクルと円を描きながら舞い上がり落ちてくる。その間に、鈴を右手に持ち替えて、長い飾り紐を風で揺れる花弁のようにたなびかせながら軽やかに舞い始める。
落ちてきた剣を左手で受け、まるで手の中の筆を回すように軽やかに掌で遊ばせ、その後、手首や腕、首まで使い舞い踊る。その光景は、まるで剣が意志を持っているように見えているだろう。
春に習い、山吹に叩き込まれた舞の練習の日々を思い出すと、今でも吐き気がするほど辛かったが、それも良い思い出だ。
今ではこの剣も友人のように手に馴染む。
お囃子も太鼓の音も無く、静寂に軽やかな鈴の音と剣が風を切る音。そして自身が奏でる衣の音と足音。それに心を傾けていると、この世の全てが自身の為に回っているような気分になってくる。
いつまでもいつまでも舞っていたい。そんな気分が最高潮になる時が、舞の最後だ。
今度は鈴を投げる。月と鈴が重なっている間に剣を雄々しく振り上げて自らの着物の袖と舞台を固定するように貫く。そして動けなくなった上に落ちてきた鈴を受け止め天に掲げるように両手を伸ばした。
本当の静寂が一呼吸分訪れ、その後、歓声が響き渡った。
賞賛の声が聞こえるが、今はそれよりもドクドクと血液が身体を全力で巡っている音が耳に響いている。
「……――はぁー……」
暫くして、ようやく耳が正常に戻った頃に立ち上がり剣を抜く。そして、再び最前列の熱視線に気が付き、笑みを浮かべてから一礼し舞台を降りた。
「風花さん!!」
「ふーちゃん!!」
観客を押し退けるようにして駆け寄ってきた双子が抱きついてきた。
「あははは、どうした? 二人とも」
普段ならその行動を制するが、今は自身が高揚していることもあり抱きしめ返す。
すると、双子は決したような顔をして見つめてきた。
「すごく、すごく、すごくすごく美しかったです!!」
「天女が舞い降りたかと思った!!」
「ははは、ありがとう」
正直、その言葉は舞った直後だけは沢山聞いてきた。しかし、双子から言われるとなんだかくすぐったい。
「風花さん、誰よりも、何よりも、貴方が一番美しいです。今までもこれからも」
「ふーちゃんが俺らの全てだから」
あまりにも強い言葉に思わず首を傾げて笑ってしまったが、双子は真剣な表情を崩さない。
「ふーちゃん、強くなるから。大和と一緒に強くなって、大きくなる。すぐに、なるから」
「え? そんな急がなくても」
「駄目です。すぐに強くなるので。少しだけ、ほんの少しだけ待っていて下さい」
「え? あ、うん? なんで?」
そんなに急いで大きくなる必要があるのだろうか。双子は充分頑張っていると聞いているし、出雲に来てからの成長は目を見張るものがあると聞いている。しかし、やる気になっているならそれを削ぐ必要はないだろう。
そう思い、頭を撫でようとしたが両手に剣と鈴をもっていることを思い出し、微笑んで「待ってる」とだけ返事をした。
なんというか、華月に関しては会いたいからでは? と思わなくもないが、対応してもらっているので黙っていることにした。
そして、夏からの誘いも無くなった。というより、かなり忙しいのでそれどころではなかったのも事実だ。
そんな多忙の中でも神々は宴をする。
こんなに忙しいのだから、さっさと終わらせて最後の宴をして解散で良いと思っているので、わざわざ神議り折り返し時点で宴をするのは意味が分からない。
初めての神議りの時にそれを呟くと、華月に神なんてそんなものだ。と返され、ストンと納得し今は意味は分からないなりにも【必要事項】として受け入れている。
宴は昼から始まる。
この日は上座に大国主大神、四季神等が座る。指定席はそこだけであとは神も神使も自由席だ。なので、いつもは交流していない他の部屋の神々が入り交じり、力自慢の相撲大会、知恵比べ、美しい宝玉の自慢、歌や踊り、呑み比べ…………混沌だ。
一応、神使も無礼講と言われているが、酒や肴はいくらあっても足りない。給仕をしているとあっという間に夕方になる。
そして、夕方になるとようやく神々は酒の量が減ってきて、今度は何か楽しいことは無いかと騒ぎ出す。
……厄介なこと、この上ない。
そんな騒がしい声が、四季神の部屋まで轟いていた。
「今日も賑やかねぇ」
そう言いながらホロ酔いの春が丁寧に着物を広げていく。それを案山子のように両手を広げて立ちながら頷く。
「春様。お戻り頂いても大丈夫です。もう自分でも着ることが出来ますから」
「まぁ!! 風花ちゃん! 私の楽しみを奪うつもりね!!」
「……あ、……いえ」
「神議りなんて面倒な集まりの中で、私の唯一の楽しみなのよぉ? 風花ちゃん、綺麗な顔してるから、今年は何着せようかしらって考えるのが楽しみで仕方ないのぉ。去年は新緑の桜の葉みたいな色で爽やかに、一昨年はたんぽぽみたいな鮮やかな黄色だったわねぇ」
真っ白で曇りひとつ無い美しく薄い着物を幾重にも肩にかけて、それを紅珊瑚を贅沢にあしらった腰紐で緩く縛る。黒く長い髪も、いつもは頭の頂点で紺色の紐で結んでいるだけだが、今は桜の手によって丁寧に纏められ、黄金の冠が乗せられた。
「これ、落ちません?」
「大丈夫よぉ~。山吹ちゃんで実証済み。安心してぇ」
それなら全く問題ないだろう。そんなことをしなくとも、春が見立てたものならばどんなに暴れても落ちることは無いのだろうけれど、あまりにも小さく不安定な冠に思わず言葉にしてしまっただけだ。
仕上げの紅を引かれ、桜が鏡を見せてきた。
ここ最近の寝不足で顔色が悪かった肌は陶器のように白く滑らかに、目元は黒々とした自前の長いまつ毛の根元に赤い線が引かれている。気が強そうであり、何も意に介さないというような無関心さも感じる。
口元に差された紅により、顔だけを見れば女性としか思えない。
顔の造形を変えたわけではないので、元々の顔立ちが女性的なのだろう。毎年化粧は変化するが、毎年女性的に見えるのだから間違いない。
「男らしくして欲しい……」
「ダメです」
春はきっぱりと切り捨てるように言い放つ。
「こういう格好は蓮様の方がお似合いになりますよ」
「蓮ちゃんには、蓮ちゃんの衣装があるから安心してぇ。さ、最終確認よぉ。回ってぇ」
そうじゃない。
でも、一人では着替えることもできず、春に言われるままにその場でひらりと身体を回した。
「うん、完璧よぉ! 素敵!! さすが風花ちゃん!!」
「ありがとうございます……。では、行ってきます」
「ええ、私も直ぐに席に行くわぁ」
手に剣と神楽鈴を持ち、手を振る春に頭を下げて部屋を出る。
ゆっくりと廊下を歩き、煩い宴の会場に向かう。もう何度も体験しているのに、心臓がドクドクと高鳴ってきた。これは緊張ではないと自身に言い聞かせなければ、今すぐここから脱兎のごとく駆け出してしまいそうだ。
ふぅと息を吐き、最後の角を曲がる。
瞬間、宴の会場は静まり返った。
この世の音が全て無くなったような静寂。その中に、歩いた時の衣装の絹の音が響く。
そっと、鈴が揺れて鳴らぬように歩き続ける。正直、ここが一番難しい。少しでも気を抜けば鈴は鳴り始め、止まらない。そうなれば、この雰囲気がぶち壊しだ。
歩くことに集中していても、多く視線が頭の先から足の先まで突き刺さる。
廊下から中庭に降り、避けられた真ん中の道を通り、唯一の舞台へ向かう。そして、ようやく舞台に上がり正面に向き直る。
ここまでくれば、あとは舞うだけだ。
少しだけ心を緩ませた時、最前列中央に見知った顔が二つあった。瓜二つのその顔に、それぞれ赤と黒の瞳が月明かりに照らされて輝いている。
「……ふふ」
思わず笑みを浮かべると、静寂の中に謎の音が響き渡った。何の音かと顔を上げようとしたが、直後に舞を始める太鼓の音が響いたので意識を切り替え片足を上げる。
ドドドドドと太鼓が鳴り響き、その音がゆっくりになり、最後の音が止む。そして、鈴を一振りし剣を宙にほおり投げた。
剣はクルクルと円を描きながら舞い上がり落ちてくる。その間に、鈴を右手に持ち替えて、長い飾り紐を風で揺れる花弁のようにたなびかせながら軽やかに舞い始める。
落ちてきた剣を左手で受け、まるで手の中の筆を回すように軽やかに掌で遊ばせ、その後、手首や腕、首まで使い舞い踊る。その光景は、まるで剣が意志を持っているように見えているだろう。
春に習い、山吹に叩き込まれた舞の練習の日々を思い出すと、今でも吐き気がするほど辛かったが、それも良い思い出だ。
今ではこの剣も友人のように手に馴染む。
お囃子も太鼓の音も無く、静寂に軽やかな鈴の音と剣が風を切る音。そして自身が奏でる衣の音と足音。それに心を傾けていると、この世の全てが自身の為に回っているような気分になってくる。
いつまでもいつまでも舞っていたい。そんな気分が最高潮になる時が、舞の最後だ。
今度は鈴を投げる。月と鈴が重なっている間に剣を雄々しく振り上げて自らの着物の袖と舞台を固定するように貫く。そして動けなくなった上に落ちてきた鈴を受け止め天に掲げるように両手を伸ばした。
本当の静寂が一呼吸分訪れ、その後、歓声が響き渡った。
賞賛の声が聞こえるが、今はそれよりもドクドクと血液が身体を全力で巡っている音が耳に響いている。
「……――はぁー……」
暫くして、ようやく耳が正常に戻った頃に立ち上がり剣を抜く。そして、再び最前列の熱視線に気が付き、笑みを浮かべてから一礼し舞台を降りた。
「風花さん!!」
「ふーちゃん!!」
観客を押し退けるようにして駆け寄ってきた双子が抱きついてきた。
「あははは、どうした? 二人とも」
普段ならその行動を制するが、今は自身が高揚していることもあり抱きしめ返す。
すると、双子は決したような顔をして見つめてきた。
「すごく、すごく、すごくすごく美しかったです!!」
「天女が舞い降りたかと思った!!」
「ははは、ありがとう」
正直、その言葉は舞った直後だけは沢山聞いてきた。しかし、双子から言われるとなんだかくすぐったい。
「風花さん、誰よりも、何よりも、貴方が一番美しいです。今までもこれからも」
「ふーちゃんが俺らの全てだから」
あまりにも強い言葉に思わず首を傾げて笑ってしまったが、双子は真剣な表情を崩さない。
「ふーちゃん、強くなるから。大和と一緒に強くなって、大きくなる。すぐに、なるから」
「え? そんな急がなくても」
「駄目です。すぐに強くなるので。少しだけ、ほんの少しだけ待っていて下さい」
「え? あ、うん? なんで?」
そんなに急いで大きくなる必要があるのだろうか。双子は充分頑張っていると聞いているし、出雲に来てからの成長は目を見張るものがあると聞いている。しかし、やる気になっているならそれを削ぐ必要はないだろう。
そう思い、頭を撫でようとしたが両手に剣と鈴をもっていることを思い出し、微笑んで「待ってる」とだけ返事をした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる