49 / 92
48. 人違い
しおりを挟む
「これ、俺の………?」
灰色の野暮ったいスーツ、可もなく不可もない白シャツと紺色のネクタイ。赤いビロード生地が張られた内部にそれらは畳まれてあった。
布地を握る指先が冷たくなっていく。
事故に遭った記憶は無い。ここで育った記憶も無い。
言語に問題は無く、ずっと周りが俊を王子として扱うと言う理由で、魂が転生し異世界で生を受けたのだと思っていた。だがこれが、前の世界で着ていた衣服がここにあると言うことは。
頭がぐらぐらと煮え立つようだった。緑の光を放つ部屋一杯の魔方陣が苛烈な情報を連れてくる。
緑は魔物や目的物を召喚、使役する際に発現する色だったはずだ。
召喚。俊は召喚されたのだ。
俊の意識が目覚めたあの時に。クレイグが産まれたずっと後に。
「じゃあ、呼び声は、……っ」
様々なピースが一つの答えをたたき出そうとしている。何かに急かされるように左腕の袖を捲りそこを見た。ブレスレットの下、先日まで淡かった痣は刺青のように濃くなっていた。
象牙色の肌の上のそれは今でははっきりと狼を描いていた。
机の上で開かれた書物を見る。もしかしてこれが印なのか。
「ちがう、そんなはずは……」
確信めいた仮説を必死で拒絶した。
呼び声は石だ。
魔封石に閉じ込められた魔物の核自体をそう呼ぶとしても、核とは心臓やそれがなければ個体が成り立たない重要部位だ。
俊は魔物ではない。魔力すら微量で自然の力を借りてなお、お茶を冷やす程度だ。それに――。
――人違いだったようだ。
俊は弾かれるように後ろを振り返った。
誰もいない。
は、と激しいまでの安堵の息を吐く。
頭が割れるように痛んだ。今そこで誰かが俊の脳に直接囁いたかのようだった。この声を俊は知っている。
頭痛は更に酷くなり、視界が歪む。眼前の魔方陣が燦然と輝きだした。目映さに目を瞑る。まなうらにくっきりと映像が浮かび上がった。
「すまない。人違いだったようだ」
低くよく通る声がようやく動き出した耳に届いた。ぼやけた緑に支配された視界はおぼろげで、こちらを覗き込む彼の人の顔立ちははっきりしない。
そう、はっきりしなかった。あの時は。
アランだった。
頭に被っていた黒いフードを脱ぎ、自身の非を認め眉根を寄せている黒髪の雄渾な男。彼が蝶国の王であると断言できた。
魔方陣の中心で、俊は眠るように横たわっていた。先ほど見つけたスーツを着て。
王が俊の顔を覆うように手をかざした。薄い唇が何事かを呟き目蓋が重くなる。意識を手放す一瞬前、彼の横にいた人物の厳めしい顔が視界を過ぎった。
灰色の野暮ったいスーツ、可もなく不可もない白シャツと紺色のネクタイ。赤いビロード生地が張られた内部にそれらは畳まれてあった。
布地を握る指先が冷たくなっていく。
事故に遭った記憶は無い。ここで育った記憶も無い。
言語に問題は無く、ずっと周りが俊を王子として扱うと言う理由で、魂が転生し異世界で生を受けたのだと思っていた。だがこれが、前の世界で着ていた衣服がここにあると言うことは。
頭がぐらぐらと煮え立つようだった。緑の光を放つ部屋一杯の魔方陣が苛烈な情報を連れてくる。
緑は魔物や目的物を召喚、使役する際に発現する色だったはずだ。
召喚。俊は召喚されたのだ。
俊の意識が目覚めたあの時に。クレイグが産まれたずっと後に。
「じゃあ、呼び声は、……っ」
様々なピースが一つの答えをたたき出そうとしている。何かに急かされるように左腕の袖を捲りそこを見た。ブレスレットの下、先日まで淡かった痣は刺青のように濃くなっていた。
象牙色の肌の上のそれは今でははっきりと狼を描いていた。
机の上で開かれた書物を見る。もしかしてこれが印なのか。
「ちがう、そんなはずは……」
確信めいた仮説を必死で拒絶した。
呼び声は石だ。
魔封石に閉じ込められた魔物の核自体をそう呼ぶとしても、核とは心臓やそれがなければ個体が成り立たない重要部位だ。
俊は魔物ではない。魔力すら微量で自然の力を借りてなお、お茶を冷やす程度だ。それに――。
――人違いだったようだ。
俊は弾かれるように後ろを振り返った。
誰もいない。
は、と激しいまでの安堵の息を吐く。
頭が割れるように痛んだ。今そこで誰かが俊の脳に直接囁いたかのようだった。この声を俊は知っている。
頭痛は更に酷くなり、視界が歪む。眼前の魔方陣が燦然と輝きだした。目映さに目を瞑る。まなうらにくっきりと映像が浮かび上がった。
「すまない。人違いだったようだ」
低くよく通る声がようやく動き出した耳に届いた。ぼやけた緑に支配された視界はおぼろげで、こちらを覗き込む彼の人の顔立ちははっきりしない。
そう、はっきりしなかった。あの時は。
アランだった。
頭に被っていた黒いフードを脱ぎ、自身の非を認め眉根を寄せている黒髪の雄渾な男。彼が蝶国の王であると断言できた。
魔方陣の中心で、俊は眠るように横たわっていた。先ほど見つけたスーツを着て。
王が俊の顔を覆うように手をかざした。薄い唇が何事かを呟き目蓋が重くなる。意識を手放す一瞬前、彼の横にいた人物の厳めしい顔が視界を過ぎった。
8
あなたにおすすめの小説
黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜
せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。
しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……?
「お前が産んだ、俺の子供だ」
いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!?
クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに?
一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士
※一応オメガバース設定をお借りしています
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)
てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。
言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち―――
大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡)
20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる