異世界で出会った王子様は狼(物理)でした。

ヤマ

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48. 人違い

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「これ、俺の………?」

 灰色の野暮ったいスーツ、可もなく不可もない白シャツと紺色のネクタイ。赤いビロード生地が張られた内部にそれらは畳まれてあった。

 布地を握る指先が冷たくなっていく。
 事故に遭った記憶は無い。ここで育った記憶も無い。
 言語に問題は無く、ずっと周りが俊を王子として扱うと言う理由で、魂が転生し異世界で生を受けたのだと思っていた。だがこれが、前の世界で着ていた衣服がここにあると言うことは。

 頭がぐらぐらと煮え立つようだった。緑の光を放つ部屋一杯の魔方陣が苛烈な情報を連れてくる。

 緑は魔物や目的物を召喚、使役する際に発現する色だったはずだ。
 召喚。俊は召喚されたのだ。

 俊の意識が目覚めたあの時に。クレイグが産まれたずっと後に。

「じゃあ、呼び声は、……っ」

 様々なピースが一つの答えをたたき出そうとしている。何かに急かされるように左腕の袖を捲りそこを見た。ブレスレットの下、先日まで淡かった痣は刺青のように濃くなっていた。
 象牙色の肌の上のそれは今でははっきりと狼を描いていた。
 机の上で開かれた書物を見る。もしかしてこれが印なのか。

「ちがう、そんなはずは……」

 確信めいた仮説を必死で拒絶した。
 呼び声は石だ。
 魔封石に閉じ込められた魔物の核自体をそう呼ぶとしても、核とは心臓やそれがなければ個体が成り立たない重要部位だ。

 俊は魔物ではない。魔力すら微量で自然の力を借りてなお、お茶を冷やす程度だ。それに――。

 ――人違いだったようだ。

 俊は弾かれるように後ろを振り返った。
 誰もいない。

 は、と激しいまでの安堵の息を吐く。
 頭が割れるように痛んだ。今そこで誰かが俊の脳に直接囁いたかのようだった。この声を俊は知っている。

 頭痛は更に酷くなり、視界が歪む。眼前の魔方陣が燦然と輝きだした。目映さに目を瞑る。まなうらにくっきりと映像が浮かび上がった。





「すまない。人違いだったようだ」

 低くよく通る声がようやく動き出した耳に届いた。ぼやけた緑に支配された視界はおぼろげで、こちらを覗き込む彼の人の顔立ちははっきりしない。
 そう、はっきりしなかった。あの時は。

 アランだった。

 頭に被っていた黒いフードを脱ぎ、自身の非を認め眉根を寄せている黒髪の雄渾な男。彼が蝶国の王であると断言できた。
 魔方陣の中心で、俊は眠るように横たわっていた。先ほど見つけたスーツを着て。

 王が俊の顔を覆うように手をかざした。薄い唇が何事かを呟き目蓋が重くなる。意識を手放す一瞬前、彼の横にいた人物の厳めしい顔が視界を過ぎった。




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