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77.戦力が足りないなら横から掠め取れば良いじゃない
しおりを挟む「これは……一体……」
結界を張り続ける枢機卿が汗を滲ませながら瞠目している。
蝶国の王子達が自身の私兵を率い、客の少なくなった闘技場になだれ込んでいる。
「競争相手を助けに来たというのか?」
理解の範疇を超えたような古狸仲間にシュバイツアーは目を眇めた。
戦力をシュバイツアー達は欲していた。だがそれは一国の王子と真っ向からやりあうためではない。あくまで俊の奪還のため、攪乱の手ごまが欲しかっただけだ。
「要は戦力がここにあれば良い。王位簒奪の儀はもう始まっているんですから人狼がここに居ると教えてやるだけで目的は達される。加えて彼らには人狼を追うという偉大な使命が教会から課されている。国でなく私人の所有物である闘技場に大義名分を掲げた彼らが兵を率いたところで、花国に弓を引いたとは見做されず蝶国との関係にも支障はない……と『ご本人』が言っていました」
シュバイツアーが顎で石の舞台の中心を示した。
淡い青の結界を通す上、硝煙や砂ぼこりが充満している眼下の詳細は分からない。だが禍々しい瘴気をまとった巨大な狼だけは、だれの目にもはっきりと映った。
「逆転の発想だそうです」
シュバイツアーが付け足すと、枢機卿は愉快だと肩をふるわせた。
「なるほど。年を取ると頭が固くなっていかんな」
「同感です」
競技場の隅、二人の青年が仰天した顔で舞台を前に立ち尽くしている。おそらくはクレイグの仲間のロイとジータだ。王子たちへの伝令役として立派に働いてくれたようだ。
「カルカロフ!」
久しぶりに聞いたような気がする声に振り向けば、怪訝な顔をした第一王子がいた。
俊の失踪後、捜索隊を出そうと申し出てくれたのは彼一人だった。継承戦争中に兵力を分散させるべきではないと彼を推す陣営から強い反発があり、実現はしなかったが。
「人狼は恐らくだが核を閉じ込めた魔封石が破壊されることによって復活するのだろう? もしや既に俊は――」
「丁度良いところに。殿下、少しここに立っていただけますか?」
悲痛なセリフをばっさり切り捨て、シュバイツアーは彼に手招きをした。
この短期間でそこまで調べ上げるとはやはりこの男は侮れない。情にも厚いし個人的には王に推したい男堂々の第一位なのだがそれは後だ。
シュバイツアーは目を白黒させているセオドアを自身がいた位置に立たせ、己の代わりに結界を張らせた。
あまりの手際の良さに背後であっけにとられていた第一王子専属の魔術師団と他の王子専属の魔術師も目敏く見つけると、口八丁手八丁で枢機卿の代わりに結界を増幅させた。
「さあ、腹黒爺、お出ましの時間です!」
「お前にだけは言われたくない」
何が何だか分からないまま魔力を使わせられている彼らの前を通り抜け、不機嫌に顔をゆがめた枢機卿を伴って舞台へ続く階段を駆け下りる。
「部下の不始末の責任を取らねばならないのは分かる。だが地霊は老人使いが荒いと思わんか」
老体に鞭打つ行為だと怒っている割に枢機卿の息は全く上がっていない。
「地霊は年を取りませんからな。責任は増えるのに体力は枯渇する理不尽さを知らない」
「責任どころか敵も足枷もな。が、教会を刷新するまで失脚するわけにはいかん」
年寄りとは思えぬ健脚の枢機卿が挑発的にシュバイツアーの前に進み出た。シュバイツアーも負けじと先頭を取り戻す。
大人げない先頭争いを繰り返しながらシュバイツアーは思い出していた。
彼がまだ司教だった頃、花国に使節としてやってきた彼と茶飲み友達となったこと。今日のことを交渉しにいった日に出された茶が己の好きな銘柄だったこと。
そして、どちらの孫が可愛いく優秀かで仲違いしたまま決着がついていないことを――。
後日再戦を願い出ねばなるまい。
「無理をするとぼけるのが早まるそうです」
気持ち速度を落とした枢機卿は、シュバイツアーの方を見ずに言った。
「孫と仲直りする暇は無さそうだぞ」
舞台の喧騒は激しさを増していく。シュバイツアーはぎゅ、と下唇を噛み締めた。
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