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第8話 森の異変と自己紹介
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岸辺を離れた二人は、森の奥深くへと足を踏み入れていた。
オーガの死体から漂う血の匂いは新たな魔物を呼び寄せかねず、この川沿いは危険すぎた。ディノッゾの判断で、彼らは人里に続くかもしれないという、かすかな望みに賭けて、獣道すらない森の中心へと進路を取った。
木々は鬱蒼と生い茂り、昼間だというのに陽光はまだらにしか届かない。一歩進むごとに、湿った土と腐葉土の匂いが濃くなる。時折、物音に鋭く視線を向けることもあったが、そこに潜んでいるのは、こちらに気づいて慌てて逃げていく小動物の影くらいなもので、魔物と遭遇することはなかった。行く手を阻む枝、足元に絡みつく根。ディノッゾは時折リリアを気遣いながら、道なき道を進んだ。
「ったく、どこまで続くんだ、この森は・・・」
ぼやきながらもディノッゾは行く手を塞いでいる、大人の太腿ほどもある倒木に手をかけた。両手でぐいと力を込め、脇へどかそうとする。普段なら、腰を入れて、唸り声を上げなければびくともしないような代物だ。
だが、彼の手が倒木に触れた瞬間、その重みは妙に軽く感じられた。
「・・・ん? この木、腐ってんのか? やけに軽いな」
ディノッゾは首をひねったが、疲労のせいでそれ以上深くは考えず、倒木を片手でひょいと道脇へと放り投げた。
ずしりとした重さがあるはずの倒木は、乾いた音を立てて、信じられないほど遠くまで飛んでいき、森の奥へと吸い込まれていった。
リリアもまたその光景に一瞬、目を丸くしたが、何も言わずにディノッゾの後に続いた。
どれほど歩いただろうか。空の色が変わり始め、夜の気配が森に満ちてくる。ディノッゾは、足元に窪みを見つけて「少し休むか」と声をかけた。
リリアも、休むスペースを作ろうと、小さな体をかがめて邪魔な枝に手を伸ばした。それは、彼女の細い腕では動かせないような、太く絡み合った枝だ。
だが、彼女の手が触れた途端、その枝はやはり、あり得ないほど軽いことに気が付いた。リリアは驚きに目を見開く。
(この感触・・・もしかして・・・)
彼女はこの不思議な軽さに心当たりがあった。領主の館にあった、美しい木目の飾り棚。それを磨いていた時、先輩メイドが自慢げに話していたのを思い出す。『これは『死の森』でしか採れない特別な木材で、金貨何枚分もするのよ』と。
(じゃあ、さっき御者さんが動かした木も、これと同じ・・・? でも・・・)
リリアは、先ほどのディノッゾの姿を思い出す。彼はもっと大きな倒木を、さも当たり前のように、軽々と扱っていた。もし本当にそんな高価な木なら、彼が気づかないはずがない。
(・・・そうか。御者さんは、何も言わなかった。きっとこの森の木が特別に軽いなんて、旅慣れた御者さんにとっては常識なんだ。知らなかった私が無知なだけなんだわ)
リリアは一人で納得し、そして少し恥ずかしくなった。ディノッゾに気づかれないよう、ひょいとその枝を脇にやったが、こちらもまた不自然なほど遠くまで飛んでいく。
幸い、その夜は大きな魔物との遭遇もなく、二人は警戒しつつも束の間の休息を得ることができた。オーガとの遭遇以来、極度の緊張状態にあった二人の間に、ようやく微かな安堵が訪れる。
緊急の危険がひとまず去ったことを確認したディノッゾは、火の準備をする前に、改めてリリアに向き直った。
「さて・・・落ち着いたところで、自己紹介でもするか。俺はディノッゾだ。見ての通り36歳の、ただの御者だよ」
リリアは、少し戸惑いながらも、彼のまっすぐな目を見て、こくりと頷いた。そして、はっきりとした声で、自分の名を告げた。
「はい。私は、リリア、と申します。・・・領主様のところでメイドを、していました。えっと14歳です」
静かな森の中に、二人の声が響く。地獄のような体験を共にした二人は、こうしてようやく、お互い自己紹介をしたのだった。
オーガの死体から漂う血の匂いは新たな魔物を呼び寄せかねず、この川沿いは危険すぎた。ディノッゾの判断で、彼らは人里に続くかもしれないという、かすかな望みに賭けて、獣道すらない森の中心へと進路を取った。
木々は鬱蒼と生い茂り、昼間だというのに陽光はまだらにしか届かない。一歩進むごとに、湿った土と腐葉土の匂いが濃くなる。時折、物音に鋭く視線を向けることもあったが、そこに潜んでいるのは、こちらに気づいて慌てて逃げていく小動物の影くらいなもので、魔物と遭遇することはなかった。行く手を阻む枝、足元に絡みつく根。ディノッゾは時折リリアを気遣いながら、道なき道を進んだ。
「ったく、どこまで続くんだ、この森は・・・」
ぼやきながらもディノッゾは行く手を塞いでいる、大人の太腿ほどもある倒木に手をかけた。両手でぐいと力を込め、脇へどかそうとする。普段なら、腰を入れて、唸り声を上げなければびくともしないような代物だ。
だが、彼の手が倒木に触れた瞬間、その重みは妙に軽く感じられた。
「・・・ん? この木、腐ってんのか? やけに軽いな」
ディノッゾは首をひねったが、疲労のせいでそれ以上深くは考えず、倒木を片手でひょいと道脇へと放り投げた。
ずしりとした重さがあるはずの倒木は、乾いた音を立てて、信じられないほど遠くまで飛んでいき、森の奥へと吸い込まれていった。
リリアもまたその光景に一瞬、目を丸くしたが、何も言わずにディノッゾの後に続いた。
どれほど歩いただろうか。空の色が変わり始め、夜の気配が森に満ちてくる。ディノッゾは、足元に窪みを見つけて「少し休むか」と声をかけた。
リリアも、休むスペースを作ろうと、小さな体をかがめて邪魔な枝に手を伸ばした。それは、彼女の細い腕では動かせないような、太く絡み合った枝だ。
だが、彼女の手が触れた途端、その枝はやはり、あり得ないほど軽いことに気が付いた。リリアは驚きに目を見開く。
(この感触・・・もしかして・・・)
彼女はこの不思議な軽さに心当たりがあった。領主の館にあった、美しい木目の飾り棚。それを磨いていた時、先輩メイドが自慢げに話していたのを思い出す。『これは『死の森』でしか採れない特別な木材で、金貨何枚分もするのよ』と。
(じゃあ、さっき御者さんが動かした木も、これと同じ・・・? でも・・・)
リリアは、先ほどのディノッゾの姿を思い出す。彼はもっと大きな倒木を、さも当たり前のように、軽々と扱っていた。もし本当にそんな高価な木なら、彼が気づかないはずがない。
(・・・そうか。御者さんは、何も言わなかった。きっとこの森の木が特別に軽いなんて、旅慣れた御者さんにとっては常識なんだ。知らなかった私が無知なだけなんだわ)
リリアは一人で納得し、そして少し恥ずかしくなった。ディノッゾに気づかれないよう、ひょいとその枝を脇にやったが、こちらもまた不自然なほど遠くまで飛んでいく。
幸い、その夜は大きな魔物との遭遇もなく、二人は警戒しつつも束の間の休息を得ることができた。オーガとの遭遇以来、極度の緊張状態にあった二人の間に、ようやく微かな安堵が訪れる。
緊急の危険がひとまず去ったことを確認したディノッゾは、火の準備をする前に、改めてリリアに向き直った。
「さて・・・落ち着いたところで、自己紹介でもするか。俺はディノッゾだ。見ての通り36歳の、ただの御者だよ」
リリアは、少し戸惑いながらも、彼のまっすぐな目を見て、こくりと頷いた。そして、はっきりとした声で、自分の名を告げた。
「はい。私は、リリア、と申します。・・・領主様のところでメイドを、していました。えっと14歳です」
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