ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow

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第15話 少女に生えたのは

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 ディノッゾは、覚悟を決めて、傍らに立てかけていた槍を手に取ろうとした。しかし、その手はリリアに触れられ動きを止めた。
 リリアが彼のそばに寄り、泥と枯れ葉まみれの彼の体や顔を、小さな手でそっと払い始めたのだ。ぼろ雑巾のような自分の姿に、そうされるまで全く気づいていなかった。

 彼女の指が触れるたびに、張り詰めていた心が少しずつ解けていく。そこに言葉は必要なかった。

「こうなったら、やるしかねえのか。この、加減の効かねえ槍で!・・・加減の仕方なんて身につける暇、なかったからな」 

 どうやって実を固定しようかと悩んでいると、リリアがすっと手を差し出した。言わずとも分かる。「私が持つよ」と。
 ディノッゾは血相を変え、首を横に振る。

「リリア、お前が持つと危険だ。手元が狂ったら、怪我じゃすまないんだぞ!」

 穂先が少しでも滑れば、彼女の小さく柔らかい指を、切り落としてしまうかもしれない。だが、リリアはその手をひっこめなかった。彼女はディノッゾの目をまっすぐに見つめ、静かに、しかしはっきりと告げた。

「大丈夫です。ディノッゾさんを信じていますから」

 その言葉に、ディノッゾは何も言えなくなった。
 彼は、深く息を吸い込むと、震える手で槍を構えた。そして、リリアが差し出すオランジの実へと、慎重に穂先を当てた。かつて王都で見た、一瞬で果実を半身にする鋭い剣のパフォーマンスを思い出す。それは刃を通したが、果実を飛ばすことはなかった。だが、俺は?・・・
 そんな疑問が頭をよぎるが、今は構っていられない。

 彼は穂先が狙いを違えないよう慎重に少し引き、一気に振り抜いた。彼の予測よりスピードが出ていたこともあり、穂先の力が、きれいな角度でオランジの実に伝わる。
 スパッ!
 オランジの実は、あまりに綺麗に真っ二つになった。
 そして、その勢いのまま、片方の半身が宙を舞う。

「あっ!」

 ディノッゾが声を上げるよりも早く、リリアのもう片方の手が、間髪入れずに空中でそれをキャッチしていた。彼女は、何事もなかったかのように、呆然とするディノッゾに、その捕らえた半実を差し出した。

「はい、どうぞ」

 ディノッゾは、リリアの超人的な動きにツッコミを入れるどころではなかった。呆然としながらも、差し出された実を震える手で受け取った。一方、リリアもまた、ディノッゾの槍さばきが達人のそれだったが、目の前の実に我を忘れ、気にかける余裕などなかった。

 もはや、礼儀も何もなかった。二人はゴクリと喉を鳴らすと、それぞれの半身にかぶりつく。
 口いっぱいに広がる、甘酸っぱい果汁。それは、彼らがこれまで味わってきた、血生臭く、泥臭い魔物肉とは似ても似つかない、天国のような甘さだった。むさぼるように果実を頬張ると、果汁が顎を伝い、服を濡らす。食器などない。かろうじて懐から取り出したナイフを当ててみるが、硬い皮に阻まれ、刃は通らない。 
  
「くそっ、これ、切れないぞ!」

 しかし、立ち止まる余裕はなかった。ディノッゾが途方に暮れる中、リリアは器用な手つきで、固い皮から薄く実を削ぎ落としていく。メイドとしての器用さと、かすかな怪力が生み出す、彼女ならではの食べ方だった。そんなリリアを見て、ディノッゾも皮から実を削いで口に運ぶ。

「―――おいしい」
「―――んメェ」

 ほとんど同時に、二人の口から、満足のため息が漏れた。その声が、奇跡的にハモったことに、二人は顔を見合わせて、少しだけ笑った。この瞬間、二人は、自分たちの役割を、言葉もなく理解したのかもしれない。暴走する力と、それを的確に制御する力。二人は、二人で一つなのだと。
 たった一つのオランジの実を分け合ったことで、二人の空腹は、逆に増してしまっていた。あの天国のような甘酸っぱい味が、もっともっと、と腹の虫を刺激する。

「よし、腹も少し膨れたし、そろそろ行くか!さっき街らしいのが見えたからな!」
「はい」 

 ディノッゾの跳躍によって確認できた【街らしき姿】。そのおぼろげな希望だけを頼りに、二人は再び歩き始めた。幸い方角は分かっている。ディノッゾは、太陽の位置と森の木々の様子から、ほとんど迷うことなく、街のある方角へと進んでいった。
 そして、歩き始めて一時間ほど経った頃だろうか。
 不意に、むせ返るような甘い香りが、二人の鼻腔をくすぐった。

「この匂いは・・・」

 二人は顔を見合わせ、匂いのする方へと駆け出した。
 森の木々を抜けた先。そこには、信じられない光景が広がっていた。
 陽光が降り注ぐ、ひらけた谷間。その斜面一帯に、何十本ものオランジの木が群生し、数え切れないほどの果実をたわわに実らせていたのだ。

「す、すごい!」
「ははっ、こりゃあ、天国だな!」  

 二人は、子供のようにはしゃぎながら、夢中でオランジの実をもぎ取り始めた。ディノッゾは軽く跳躍し、面白いように枝から実を収穫していく。どれほどの時間が経っただろうか。気づけば、彼らの足元には、オランジの実で見事な一山ができていた。
 だが、そこで二人は、現実的な問題に直面する。

「これ、どうやって運ぶんだ?」
 ディノッゾが、呆然と呟いた。
 彼らには荷物がほとんど入らない小さな鞄が一つだけ。到底、この一山になった果実を運びきることはできない。彼は、汗を拭いながら、大きくため息をついた。

「はぁ。こんな時に、ポータのようにアイテムボックスが生えていたらな」

 その何気ないぼやきに、リリアが同意する。

「そうですよね。アイテムボックスがあったら、これ全部・・・」

 リリアが、そこまで言いかけた、その時だった。彼女の言葉が、不意に途切れる。その目は、オランジの実の山の一点を、信じられないものを見るかのように見開いていた。

「ディノッゾさん」
「ん?」
「あれっ!」

 彼女が、震える指で指し示した先。
 そこには、何もなかったはずの空間に、うっすらと、半透明の四角い枠のようなものが、ゆらりと浮かんでいた。

「うそ・・・」

 リリアは、ごくりと喉を鳴らした。

「アイテムボックスが…あります!は、生えました!」
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