26 / 79
第26話 金貨の貸付と、風呂場の誤解
しおりを挟む一行は、セオドニックの街へと続く巨大な門をくぐった。
ディノッゾは、天を突くほどの高い壁を見上げ、あの日の光景を思い出していた。
(……ああ、間違いない。あの時、馬鹿みたいに高く跳んだ時に、かすかに見えたのはこれだったんだ)
長かった。本当に、長い道のりだった。
死の淵を何度も覗き、泥水を啜り、不味い肉を食い、人ならざるものに怯え続けた日々。その全てが、今、終わりを告げたのだ。
ディノッゾの目から、自然と涙が一筋、頬を伝った。
「やっとだ……!」
安堵の声が漏れる。だが、次の瞬間、彼の思考は、極めて現実的な欲望に支配されていた。
(そうだ、魔石だ! 確か、魔石は高いと言っていたな。サイクロプス三体分……A級が三つか? なら、相当な額になるはずだ。よし、これで当面、自堕落な生活ができる!)
そんな、小物感満載のたくらみに、ディノッゾの口元がだらしなく緩んだ。
兵士に道案内され、一行は街のメインストリートを進む。ディノッゾは、てっきり宿に直行するものだと思っていた。だが、セスティーナが向かった先は、ひときわ大きく、荘厳な石造りの建物。皇国聖騎士団の本部だった。
逆らえるはずもなく、ディノッゾはそのまま従うしかなかった。
「ようこそ、セオドニック騎士団本部へ。長旅でお疲れでしょう。このあと、宿にご案内いたします」
応接室に通されたディノッゾとリリアに、セスティーナは優雅に微笑んだ。
「ですが、その前に、お召し替えを」
その言葉に、ディノッゾは自分たちの姿を見下ろした。
森でのサバイバル生活で服は汚れ、血と汗と泥の臭いが染みついている。あちこち破れており、その見た目はごろつきか浮浪者同然だ。
(自分はともかく、リリアにこんな格好をさせ続けるわけにはいかねえ)
「……ああ、そうだな。助かる。着替えたら、宿に……」
ディノッゾが、そう言いかけた、その時だった。
彼は、最も単純で、最も重要な事実を思い出した。
(……いや、待てよ)
彼の顔から、すっと血の気が引いた。
(金がない)
ドラゴンに吹き飛ばされたあの日、なけなしの財産が入っていた革袋も、荷物も、何もかもが崖の下だ。回収など出来るはずもなかったから、二人とも、今は完全な無一文なのだ。
宿代どころか、服一枚買う金もない。
セスティーナが侍女に新しい服を持ってくるよう指示を出す。その、あまりにもスムーズに進む話の流れを、ディノッゾは脂汗をかきながら、慌てて遮った。
「ま、待ってくれ、セスティーナさん!」
「はい、ディノッゾ殿。何か?」
「いや、その……悪いんだが、金が無いんだ。服を買う金も、宿代も、一文無しでな」
ディノッゾの、あまりにも率直な告白に、セスティーナは一瞬きょとんとした。そして、すぐに優雅な微笑みを浮かべると、腰に下げていた革の財布を取り出し、中から金貨を数枚取り出した。
「では、これを」
「いや、貰うわけには……」
「お貸しするだけです」セスティーナは、ディノッゾの言葉を遮った。「変に思われたくありませんから。明日ギルドで魔石を換金されるのでしょう? その時にお返しいただければ結構です。ですが、当面の資金がないと、何かとご不安でしょうから」
彼女の、あまりにも理路整然とした、そして相手を立てた申し出に、ディノッゾはぐうの音も出なかった。
「……すまねえ。助かる」
彼は、素直に金貨を受け取った。
「では、話がまとまりましたところで、まずはお疲れを癒してください。お風呂の準備をさせます」
その言葉に、ディノッゾの顔が曇った。彼は、隣にいるリリアの小さな手を、そっと握る。
(……そうか、風呂か。だが、リリアを一人にするのは……)
彼は、意を決すると、セスティーナに向き直って、とんでもなく不器用な言葉を口にした。
「なあ、セスティーナさん。その、風呂なんだが……一緒にお願いしたい」
「…………はい?」
セスティーナの笑顔が、固まった。
次の瞬間、彼女の白い肌が、耳まで一気に真っ赤に染め上がる。
(い、い、い、一緒にお風呂……!? わ、私と、この男と、少女の三人で!? こ、この男は、一体何を……!? これが、噂に聞く『夜のお誘い』!? し、しかし、あまりにも唐突すぎる……! 私の心の準備が……!てっきりあれは夜伽までないと、もうしばらく・・・)
彼女が、聖騎士の威厳も忘れて完全に狼狽えているのを見て、ディノッゾは、ようやく自分の言葉が足りていないことに気がついた。
「あ、いや、そうじゃなくて!」
彼は、慌てて手を横に振った。
「セスティーナさんも返り血を浴びたから、風呂に入るだろう? だから、この子を頼みたくてさ。」
ディノッゾは、リリアの頭に優しく手を置く。
「もう14(じゅうし)だから、俺と一緒ってわけにはいかねえだろ。けど、知らない者の中に、この子を一人にしたくねえんだ」
その、不器用だが、リリアを心の底から案じている言葉。
セスティーナは、自分の早とちりが、恥ずかしくてたまらなかった。そして同時に、目の前の男の深い優しさに、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
「……そ、そうですよね! 失礼いたしました!」
彼女は、咳払いを一つすると、聖騎士の威厳を取り戻し、リリアに優雅に微笑みかけた。
「リリアさん、私とお風呂、行きますか?」
「はい、セスティーナ様!」
リリアが、嬉しそうに元気よく返事をした。
話がまとまり、セスティーナがリリアを女子浴場へと案内していく。そして、ディノッゾと、むさ苦しい防衛隊長だけがその場に残された。
「隊長殿。ディノッゾ殿を、男子浴場へ」
「はっ! ……しかし、私はまだ任務が……」
そんな暇はない、と断ろうとした隊長の言葉は、セスティーナの氷のような目配せによって、喉の奥に消えた。
「……ははっ。私が、浴場にご案内いたします、ディノッゾ殿!」
隊長は、引きつった笑顔で、ディノッゾの背中を叩いた。
こうして、ディノッゾは、むさ苦しい男たちと共に、久しぶりの湯を浴びることになったのだった。
67
あなたにおすすめの小説
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
なんか人類滅亡直前の世界で勇者召喚にて大ハズレみたいな顔をされた【弱体術師】の俺ですが、実は人生4周目にて過去には【勇者】の実績もある最強
ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
なんか人類滅亡直前の世界で勇者召喚にて大ハズレみたいな顔をされた【弱体術師】の俺ですが、実は人生4周目にて過去には【勇者】の実績もある銀河最強レベルの【調停者】
外れスキル【アイテム錬成】でSランクパーティを追放された俺、実は神の素材で最強装備を創り放題だったので、辺境で気ままな工房を開きます
夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティで「外れスキル」と蔑まれ、雑用係としてこき使われていた錬金術師のアルト。ある日、リーダーの身勝手な失敗の責任を全て押し付けられ、無一文でパーティから追放されてしまう。
絶望の中、流れ着いた辺境の町で、彼は偶然にも伝説の素材【神の涙】を発見。これまで役立たずと言われたスキル【アイテム錬成】が、実は神の素材を扱える唯一無二のチート能力だと知る。
辺境で小さな工房を開いたアルトの元には、彼の作る規格外のアイテムを求めて、なぜか聖女や竜王(美少女の姿)まで訪れるようになり、賑やかで幸せな日々が始まる。
一方、アルトを失った元パーティは没落の一途を辿り、今更になって彼に復帰を懇願してくるが――。「もう、遅いんです」
これは、不遇だった青年が本当の居場所を見つける、ほのぼの工房ライフ&ときどき追放ざまぁファンタジー!
社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は“料理人”。
だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。
地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。
勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。
熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。
絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す!
そこから始まる、料理人の大逆転。
ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。
リアルでは無職、ゲームでは負け組。
そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
お気に入り・感想、宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる