ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

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第39話 謁見の後と、五人の食卓

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 領主アルドリックとの謁見は、ディノッゾが想像していたよりも、遥かに消耗するものだった。
 勿論体力ではなく、精神的なことだ。

 彼はリリアの補足を時折受けながら、事の経緯を説明した。ハメハメハのことは「謎の溝」として誤魔化し、ドラゴンについてはヴァルハラ・ブレイドが倒したのだろうと語り、そして、ポータの遺産である槍と、その弟妹を守るという誓いを立てたことを告げた。

 領主は終始、値踏みするような目でディノッゾを見ていたが、セスティーナの手前、最終的には兄妹の保護と一行の街への滞在を許可した。
 勿論ディノッゾの知り合いで間違いなそうなのもあるが、何より貸しを作り、味方だとアピールする方がこの手の男は堕ちやすい。
 セスティーナはその笑顔が仮面だと分かっていたが、ディノッゾが気が付いていないことを理解していなかった。

 一行が疲労困憊で宿屋に戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。

 アレンとレイラは、奥の部屋で休んでいたが、ディノッゾたちの帰還に気づき、部屋から出てきた。真新しい服に着替えたおかげで、見た目は随分とましになっている。

「御者さん、リリアちゃん。……領主様は?」

 心配そうに尋ねるアレンに、ディノッゾは、少し乱暴にその頭を撫でた。

「ああ。問題ねえよ。2人のことは、俺とこのセスティーナさんが保護する。領主には聖騎士様からそう言ってあるし、了承を貰った。意外と話の通じる領主様だったぞ」

 セスティーナは一瞬表情を強張らせたが、成る程、この兄妹に対する配慮なのだと、流石だと感心する。勿論本気でディノッゾは思っていたのだが、所詮平民である。  
 いくら強くなろうとも、その性根は平民だ。

「……すみません。俺たちが、足手まといに……」
「馬鹿なこと言うな」
 ディノッゾは、アレンの言葉を遮った。

「お前らの兄貴に、俺はとんでもねえ借りがある。これは、その借りを返すための、俺の自己満足だ。だからお前らは気にせず、今はゆっくり休め。いいな?」

 その不器用だが、温かい言葉に、アレンは何も言えず、ただ、こくりと頷いた。
 セスティーナはそんな彼らのやり取りを、少し離れた場所から、静かに見守っていた。
 
(……不思議な人だ)

 粗野でデリカシーがなく、自分の力を全く理解していない、ただのオッサン。時折好色な目を向けてくるが、決して力任せに押し倒してこない。
 もし押し倒されたら、彼女には抗う力がない。
 精々その心根に対し、純潔を奪った責任を!と婚姻を迫るだけだか、不思議とそういった危機感は全くない。

 この男、女性には色々正直なのだと、もし求めているなら、真正面から不器用に告白が有るのだろうと、今は焦らずそれを待ち、その時は受け入れたいといつの間にか心を許している。
 あの時彼が酒盛りをしていなかったらどうなっていたか?嫌われたのかなとブルッと震えた。

 だがディノッゾの根底には、驚くほど深く、そして熱い、義理と人情が流れている。彼女は、自分が、目の前の男に、人間的な興味を惹かれ始めていることを、自覚せざるを得なかった。

 その日の夕食は、五人全員でテーブルを囲むことになった。
 セスティーナが手配した、豪華で、温かい食事。
 流石高級宿だけあり、食堂も個室が充実していた。

 テーブルには、焼きたてのパン、具沢山のスープ、柔らかく煮込まれた肉、そして新鮮なサラダが並ぶ。
 森の中では、決して食べることのできなかった「文明の味」だ。

 最初は誰もが緊張していた。だが、ディノッゾが「固っ苦しいのは抜きだ。食うぞ!」と宣言し、がっつくようにスープを飲み始めると、その場の空気が、ふっと和らいだ。

 リリアとレイラは楽しそうに小声で話しながら、サラダを取り分けている。アレンも黙々と、しかしどこか安堵したように、パンを口に運んでいた。
 セスティーナもそんな彼らの様子を、穏やかな笑みで見守っている。

 それは寄せ集めの面々、そしてあまりにも奇妙な食卓だった。
 だが、同じ死の森の脅威を生き延び、同じ奇跡を目の当たりにした五人の間には、言葉にはできない、確かな一体感が芽生え始めていた。
 ディノッゾは、目の前の光景を眺めながら、ふと、思う。

(俺の求める自堕落な生活が・・・)

 手に入れた大金で気ままに暮らす。それが、彼のささやかな夢だったはずだ。
 だが、今はどうだ。
 自分の前には守ると誓った、恩人の忘れ形見が二人。
 隣には自分がいなければまっとうな道を進めないであろう、小さな少女。
 そしてなぜか自分を放っておかない、面倒見のいい聖騎士様。

(まあ、悪くねえか)

 ディノッゾは誰にも聞こえないように、小さく呟くと、ジョッキに残っていたエールを、一気に飲み干した。

 その味は、これまでの人生で飲んだ、どんな酒よりも、少しだけ、美味しく感じられた。
 食事が終わった後、セスティーナは一行の部屋割りについて説明を始めた。

「皆様のお部屋ですが、元々、私の部屋と、ディノッゾ殿とリリア様用の部屋とで、二部屋をスイートクラスで確保しておりました。アレン殿とレイラ殿が加わりましたので……」 

 セスティーナが、兄妹のために追加の部屋を手配しようとした、その時だった。

「なあ、セスティーナさん」 

 ディノッゾが、少し言いにくそうに彼女の話を遮った。

「もし、あんたが嫌じゃなけりゃ、あんたの部屋にリリアとレイラを、俺とアレンを一つの部屋に泊めてやってくれねえか?」

 その、あまりにも突拍子もない提案に、セスティーナは目を丸くした。

「そ、それは!個室が入り用でしたら、別の部屋をすぐにご用意しますが・・・」 

「いや、部屋数の問題じゃねえんだ」

 ディノッゾは、申し訳なさそうに頭を下げた。

「あの子ら、特にレイラは、まだ精神的に参ってる。慣れない土地、異国で不安なはずだ。だから、あんたみたいな、しっかりした人が一緒にいてくれたら、俺も安心できる。出来ればお願いしたい」

 ディノッゾからの、真っ直ぐな、そして絶対的な信頼。
 セスティーナは、その言葉の重みに、逆に恐縮してしまった。聖騎士として、ここまで誰かに頼られたのは、初めてかもしれない。
「そういうことでしたら、問題ありません。私にお任せください」

 彼女は聖騎士の顔で、しかし、少しだけ頬を赤らめながら、そう答えた。

 こうしてその夜の部屋割りは、ディノッゾとアレンの男部屋、そしてセスティーナ、リリア、レイラの女部屋、という形で決まった。
 その日の夜。
 少女たちが部屋で休んでいるのを確認すると、ディノッゾは一人、宿屋の一階にある酒場へと足を運んだ。
 カウンターの隅で、一人、エールを呷る。
 すると、不意に、隣の席にアレンが腰を下ろした。

「一杯、いただけますか」
 ディノッゾは何も言わず、自分のジョッキを、カツン、と彼の前に置かれたジョッキに軽く合わせた。
 言葉はなかった。
 ただ二人、ポータのために黙々と酒を飲み続けた。
 夜が更けるのも忘れ亡き友と、亡き兄のために、飲み明かした。
 それは男同士の不器用で、しかし何よりも温かい、弔いの儀式だった。  

 ・
 ・
 ・


 翌日、リリアとディノッゾの冒険者登録のためギルドへ向かったが、アレンと話をしていて、彼から聞いた実力から、冒険者登録をした方が良いと言われたからだ。
 ギルドの扉を開けた瞬間、建物の中が、昨日以上の大騒ぎになった。

「セ、セスティーナ様!」
「おお、本物の聖騎士様だ!」
「お美しい!」

 冒険者たちは、一斉にセスティーナの元へと殺到する。
 その人だかりの中心で、ディノッゾは、まるで存在しないかのように、完全に無視されていた。

(なんだよコイツ……)

 という、刺すような視線を感じる。彼は、ただの荷物持ちか、従者だと思われているのだ。
 ディノッゾは、面倒ごとが嫌いな自分にとって、その扱いがむしろ好都合だと、内心で安堵していた。
 冒険者への登録手続きは、セスティーナの口添えと、ギルドマスターの鶴の一声で異例の速さで完了した。
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