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第76話 最高級の宿と見えざる恋敵
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ギルドでの手続きを終え、一行は王都のメインストリートを馬車で進んでいた。
懐には、震えるほどの莫大な資産。そして新たなクラン「ラストアタック」の看板。
順風満帆なスタート……のはずだった。
馬車が停まったのは、王都でも一等地にある、白亜の豪邸のような建物の前だった。
入り口には制服を着たドアマンが立ち、窓からは煌びやかなシャンデリアの光が漏れている。
「……おいおい、セス。ここは?」
ディノッゾが呆気に取られていると、セスティーナが涼しい顔で答えた。
「王都最高級ホテル『ロイヤル・グロリア』です。先行して素材を運んでいた部下の騎士たちに手配させておきました。最上階のスイートを含め、ワンフロア貸切です」
「か、貸切……!?」
後ろの馬車から降りてきた子供たちが、「お城みたい!」「すげー!」と歓声を上げて駆け出していく。
確かに、今の彼らの資金力ならここに一生住むことすら可能だ。だが、貧乏性のディノッゾには、この輝きが眩しすぎる。
「さあ、参りましょう。旅の疲れを癒してください」
セスティーナに促され、夢見心地のままチェックインを済ませる。
案内された部屋は、セオドニックの我が家が丸ごと入るほど広いリビングに、ふかふかの絨毯、天蓋付きのベッドと、まさに王族級の待遇だった。
「すげえな……。これが王都か」
ディノッゾは、窓から見える王都の夜景を見下ろし、感嘆のため息をついた。
そして、隣に立つセスティーナに振り返り、笑いかけた。
「ありがとな、セス。こんな凄いとこ、俺一人じゃ絶対に来れなかった。……で、アンタの部屋はどこだ? 隣か?」
当然、これからも一緒に行動するものだと思っていた。
だが――。
セスティーナは、少し寂しげに微笑み、首を横に振った。
「いいえ。私は、ここには泊まれません」
「……え?」
ディノッゾの笑顔が凍りついた。
セスティーナは姿勢を正し、静かに告げた。
「ディノッゾ殿。私の身分は、ただの騎士ではありません。『皇帝直属』の近衛聖騎士。陛下にのみ仕え、その剣となり盾となることが唯一の任務なのです」
「……皇帝、直属……」
「はい。王都に戻った以上、私は直ちに宮城へ参内し、陛下へ帰還の報告をせねばなりません。今夜はそのまま、城の方へ戻ります」
彼女の言葉は、正論だった。
だが、ディノッゾの脳内では、まったく別の回路が繋がってしまっていた。
(……皇帝陛下。この国の最高権力者)
ディノッゾの脳裏に、勝手な想像図が浮かぶ。
煌びやかな玉座に座る、威厳と色気を兼ね備えた「絶世の美男子」。
そして、その傍らに寄り添う、美しき聖騎士セスティーナ。
(……そうかよ。そうだよな。アンタは、あっち側の人間だもんな)
ズキン、と胸が痛んだ。
自分はただの、成り上がりの元御者。
あんな完璧な美女が、自分なんかに本気になるわけがない。彼女には、仕えるべき「主(おとこ)」がいるのだ。
聞きたい。
『その皇帝とは、どういう関係なんだ?』と。
だが、聞けない。
もし『愛し合っています』なんて言われたら、立ち直れる自信がない。ディノッゾは臆病風に吹かれ、口をつぐんだ。
その時だった。
横にいたリリアが、無邪気に首をかしげて尋ねた。
「ねえ、セス。セスはその『陛下』って人と親しいの?」
「ぶふっ!?」
ディノッゾは噴き出しそうになった。
自分が喉まで出かかって飲み込んだ言葉を、娘同然のリリアがあっさりと聞いてしまったのだ。
セスティーナは、懐かしむように目を細め、微笑んだ。
「はい。幼年学校からの同期(どうき)です。もう随分と長い付き合いになりますわ」
「…………」
ディノッゾの心臓が、早鐘を打った。
同期。幼馴染。長い付き合い。
それは、ぽっと出の男が一番勝てない、最強の属性ではないか。
(……終わった。完全に出来上がってんじゃねえか)
顔面蒼白になるディノッゾに追い打ちをかけるように、セスティーナは申し訳なさそうに続けた。
「積もる話もありますし、おそらく今日は帰してもらえないと思います。……ですが、ご安心を。ここの宿でしたら、大抵の要望には応じてくれますから」
「……」
「それと、明日のことですが……おそらく、陛下が貴方様に会いたいと仰るはずです。明日は謁見していただくことになると思います。朝、また迎えに来ますね」
セスティーナは、今後の予定を淡々と伝えた。
だが、ふとディノッゾの様子がおかしいことに気づいた。
「……あの、ディノッゾ殿?」
彼女は心配そうにディノッゾの顔を覗き込んだ。
「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
当然だ。今まさに失恋(勘違い)のショックで、立っているのもやっとの状態なのだから。
だが、そんな情けない理由を言えるはずもない。
ディノッゾは、ぷいっと顔を背けた。
「……なんでもねえよ」
「え?」
「長旅で、少し疲れただけだ」
彼は投げやりに言い捨てると、そのまま寝室の方へと歩き出した。
「もう寝る」
「あ、あの! ディノッゾ殿……?」
セスティーナの声も無視して、ディノッゾはバタン! と寝室のドアを閉めた。
完全に、拗ねていた。
いい年をした大人が、嫉妬でふて寝を決め込んだのだ。
残されたリビングで、セスティーナはオロオロとリリアを見た。
「リ、リリア様……私、何か気に障るようなことを……?」
「うーん……」
リリアは、閉じられたドアを見つめ、やれやれと肩をすくめた。
(ディノったら、分かりやすいんだから……)
「大丈夫だよ、セス。ディノはちょっと、お腹が空いて機嫌が悪いだけだと思う! ……たぶん」
「そ、そうですか……。では、明日の朝には機嫌が直っていることを祈ります」
セスティーナは不安げに何度もドアを振り返りながら、後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にした。
一方、寝室。
ディノッゾは、最高級の羽毛布団を頭からかぶり、ベッドの上で丸まっていた。
「……くそっ。幼馴染かよ……」
「今日は帰してもらえない、だと……?」
「俺なんかより、皇帝陛下の方がいいに決まってる……」
暗闇の中で、嫉妬と自己嫌悪の呪詛を吐き続ける。
豪華なスイートルームで、男一匹、惨めなふて寝。
これが、Sランククラン「ラストアタック」マスターの、王都第一夜の姿だった。
そしてその頃。
王城の奥深く、謁見の間。
「――面を上げよ、セスティーナ」
玉座には、氷のような美貌を持つ女性――女帝が座していた。
セスティーナは、その御前で深く頭を下げ、決死の覚悟で口を開いた。
「陛下。……突然のことで恐縮ですが、お願いがございます」
「ほう? 余の懐刀たる其方が、改まって何用か」
「……私を、解雇してください」
その言葉に、謁見の間は凍りついた。
だが、セスティーナの瞳だけは、恋する乙女の熱情で燃え上がっていた。
懐には、震えるほどの莫大な資産。そして新たなクラン「ラストアタック」の看板。
順風満帆なスタート……のはずだった。
馬車が停まったのは、王都でも一等地にある、白亜の豪邸のような建物の前だった。
入り口には制服を着たドアマンが立ち、窓からは煌びやかなシャンデリアの光が漏れている。
「……おいおい、セス。ここは?」
ディノッゾが呆気に取られていると、セスティーナが涼しい顔で答えた。
「王都最高級ホテル『ロイヤル・グロリア』です。先行して素材を運んでいた部下の騎士たちに手配させておきました。最上階のスイートを含め、ワンフロア貸切です」
「か、貸切……!?」
後ろの馬車から降りてきた子供たちが、「お城みたい!」「すげー!」と歓声を上げて駆け出していく。
確かに、今の彼らの資金力ならここに一生住むことすら可能だ。だが、貧乏性のディノッゾには、この輝きが眩しすぎる。
「さあ、参りましょう。旅の疲れを癒してください」
セスティーナに促され、夢見心地のままチェックインを済ませる。
案内された部屋は、セオドニックの我が家が丸ごと入るほど広いリビングに、ふかふかの絨毯、天蓋付きのベッドと、まさに王族級の待遇だった。
「すげえな……。これが王都か」
ディノッゾは、窓から見える王都の夜景を見下ろし、感嘆のため息をついた。
そして、隣に立つセスティーナに振り返り、笑いかけた。
「ありがとな、セス。こんな凄いとこ、俺一人じゃ絶対に来れなかった。……で、アンタの部屋はどこだ? 隣か?」
当然、これからも一緒に行動するものだと思っていた。
だが――。
セスティーナは、少し寂しげに微笑み、首を横に振った。
「いいえ。私は、ここには泊まれません」
「……え?」
ディノッゾの笑顔が凍りついた。
セスティーナは姿勢を正し、静かに告げた。
「ディノッゾ殿。私の身分は、ただの騎士ではありません。『皇帝直属』の近衛聖騎士。陛下にのみ仕え、その剣となり盾となることが唯一の任務なのです」
「……皇帝、直属……」
「はい。王都に戻った以上、私は直ちに宮城へ参内し、陛下へ帰還の報告をせねばなりません。今夜はそのまま、城の方へ戻ります」
彼女の言葉は、正論だった。
だが、ディノッゾの脳内では、まったく別の回路が繋がってしまっていた。
(……皇帝陛下。この国の最高権力者)
ディノッゾの脳裏に、勝手な想像図が浮かぶ。
煌びやかな玉座に座る、威厳と色気を兼ね備えた「絶世の美男子」。
そして、その傍らに寄り添う、美しき聖騎士セスティーナ。
(……そうかよ。そうだよな。アンタは、あっち側の人間だもんな)
ズキン、と胸が痛んだ。
自分はただの、成り上がりの元御者。
あんな完璧な美女が、自分なんかに本気になるわけがない。彼女には、仕えるべき「主(おとこ)」がいるのだ。
聞きたい。
『その皇帝とは、どういう関係なんだ?』と。
だが、聞けない。
もし『愛し合っています』なんて言われたら、立ち直れる自信がない。ディノッゾは臆病風に吹かれ、口をつぐんだ。
その時だった。
横にいたリリアが、無邪気に首をかしげて尋ねた。
「ねえ、セス。セスはその『陛下』って人と親しいの?」
「ぶふっ!?」
ディノッゾは噴き出しそうになった。
自分が喉まで出かかって飲み込んだ言葉を、娘同然のリリアがあっさりと聞いてしまったのだ。
セスティーナは、懐かしむように目を細め、微笑んだ。
「はい。幼年学校からの同期(どうき)です。もう随分と長い付き合いになりますわ」
「…………」
ディノッゾの心臓が、早鐘を打った。
同期。幼馴染。長い付き合い。
それは、ぽっと出の男が一番勝てない、最強の属性ではないか。
(……終わった。完全に出来上がってんじゃねえか)
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「積もる話もありますし、おそらく今日は帰してもらえないと思います。……ですが、ご安心を。ここの宿でしたら、大抵の要望には応じてくれますから」
「……」
「それと、明日のことですが……おそらく、陛下が貴方様に会いたいと仰るはずです。明日は謁見していただくことになると思います。朝、また迎えに来ますね」
セスティーナは、今後の予定を淡々と伝えた。
だが、ふとディノッゾの様子がおかしいことに気づいた。
「……あの、ディノッゾ殿?」
彼女は心配そうにディノッゾの顔を覗き込んだ。
「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
当然だ。今まさに失恋(勘違い)のショックで、立っているのもやっとの状態なのだから。
だが、そんな情けない理由を言えるはずもない。
ディノッゾは、ぷいっと顔を背けた。
「……なんでもねえよ」
「え?」
「長旅で、少し疲れただけだ」
彼は投げやりに言い捨てると、そのまま寝室の方へと歩き出した。
「もう寝る」
「あ、あの! ディノッゾ殿……?」
セスティーナの声も無視して、ディノッゾはバタン! と寝室のドアを閉めた。
完全に、拗ねていた。
いい年をした大人が、嫉妬でふて寝を決め込んだのだ。
残されたリビングで、セスティーナはオロオロとリリアを見た。
「リ、リリア様……私、何か気に障るようなことを……?」
「うーん……」
リリアは、閉じられたドアを見つめ、やれやれと肩をすくめた。
(ディノったら、分かりやすいんだから……)
「大丈夫だよ、セス。ディノはちょっと、お腹が空いて機嫌が悪いだけだと思う! ……たぶん」
「そ、そうですか……。では、明日の朝には機嫌が直っていることを祈ります」
セスティーナは不安げに何度もドアを振り返りながら、後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にした。
一方、寝室。
ディノッゾは、最高級の羽毛布団を頭からかぶり、ベッドの上で丸まっていた。
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