ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow

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第75話 地獄の六日間とすれ違う恋心

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「クラン結成」決定から早六日。
 一行を乗せた三台の馬車は、ついに旅の終着点へと近づいていた。
 だが、この六日間は、新米団長ディノッゾにとって、そして聖騎士セスティーナにとっても、精神的にすり減るような「探り合い」の旅路だった。
「――気が緩んでいますわ、団長殿! オーラが漏れています!」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
 馬車の御者台。手綱を握るディノッゾの横で、セスティーナが鬼教官のような形相で指導を飛ばしていた。あの日約束した、「力の抑制訓練」だ。
 だが、その心の内は、表面上の厳しさとは裏腹に複雑だった。
(……言いすぎたかしら? でも、心を鬼にして指導しないと、彼が破滅してしまう。……あぁ、でもこんな口うるさい女、嫌われてしまうわよね……)
 一方、叱られているディノッゾもまた、脂汗をかきながら内心で頭を抱えていた。
(……やっぱ、あの暴走で引かれたよな。セスがこんなに厳しいのは、俺みたいな危険分子を監視するためだろ? 丁寧に接してくれてるけど、完全に「仕事モード」だ。……くそ、なんとかして挽回して、男らしいとこ見せねえと!)
 セスティーナにベタ惚れされていると気づいていないディノッゾは、彼女の気を引こうと必死だった。
 ディノッゾが自分に惚れていると気づいていないセスティーナもまた、彼に嫌われないよう、必死に「頼れるパートナー」を演じていた。
 今、どちらかが「好きだ」と言えば即座にカップルが成立する状況なのだが……悲しいかな、二人の思考回路は絶望的にすれ違っていた。
 そんな大人の事情など露知らず、後ろの馬車からは子供たちの楽しげな歌声が聞こえてくる。
 やがて、リリアが身を乗り出して指差した。
「あっ! 見えた! ディノ、見て!見て!」
 街道の向こうに、巨大な影が浮かび上がる。
 天を衝くほどに高い城壁。その内側に広がる、見渡す限りの尖塔と屋根の群れ。そして中央に鎮座する、白亜の巨城。
 王都「グランド・オルトリア」
 この国の心臓部だ。
「すっげえ……! あれが王都か……!」
 子供たちが歓声を上げる中、一行は正門へと到着した。
 長蛇の列を尻目に、セスティーナが聖騎士の紋章でVIPゲートを開放させる。
「どうぞ、ディノッゾ殿」
 彼女は完璧な微笑みでエスコートした。
(……すげえ。やっぱ雲の上の人だな。俺みたいな御者が気安く接したり、口説いていい相手じゃねえ……)
 ディノッゾは、彼女の完璧さに勝手に打ちのめされ、距離を感じてしまっていた。
 一行はそのまま、王都の中央広場にある『冒険者ギルド総本部』へと向かった。
 VIPルームに通された一行を待っていたのは、眼鏡をかけた知的な初老の男性、総ギルドマスターだった。
「お待ちしておりました、セスティーナ様。そして……ディノッゾ様」
 彼は恭しく一礼すると、本題に入った。
「セオドニック支部より連絡は受けております。……しかし、貴殿の噂はかねがね伺っておりますよ。スタンピードの際、莫大な報奨金を『復興に使ってくれ』と辞退されたとか」
 彼は感心したように言った。
「報奨金は受け取らず……せめて、滞在費と治療費は町にて払わせてくれと領主に言わせたそうですね」
「ああ、あれか……」
 ディノッゾは、渋い顔をして頭をかいた。
 内心では、冷や汗をかいていた。
(……あの時は、隣にいたセスティーナに格好つけたかっただけなんだよな……)
 そう、ただの見栄だった。「金なんかいらねぇ」とハードボイルドに決めた手前、後から「やっぱりちょっと欲しい」とは言えなくなってしまったのだ。
 引くに引けずに困っていた時、セスティーナが助け舟を出してくれたお陰で、なんとか野宿を免れたというのが真相だ。
 だが、ここで「実は見栄でした」などと言えば、セスティーナに幻滅されるかもしれない。
 ディノッゾは、必死にニヒルな男を演じて答えた。
「めんどくさかったが、セスが『領主様の面子をどうかお考えください』と言うからさ、仕方なく負担してもらったんだ。領主さまなどと関わるとろくなことがないからな」
 心底嫌そうに吐き捨ててみせる。
 それを聞いたセスティーナは、胸の奥でキュンとときめいていた。
(……なんて無欲で、孤高な方なのかしら。権力に媚びないその姿勢、素敵……! でも……)
 同時に、一抹の不安もよぎる。
(……やはり、私のような「体制側の人間(聖騎士)」とは、距離を置きたいのかしら。彼が時折見せる余所余所しさは、私への遠慮? 聖騎士としてではなく、一人の女性として見てほしいのに……)
 彼女は、ディノッゾの「格好つけ」を「聖騎士に対する距離感」だと勘違いし、少し切なげに目を伏せた。
 そんな二人の内心を知ってか知らずか、総ギルドマスターは楽しそうに目を細めた。
「さようですか。では、今回はご安心を。これは領主からの褒美ではありません」
 彼はテーブルの上の二つの革袋を、すっとディノッゾの方へ押しやった。
「もしご自身の懐に入れることに抵抗がおありなら、これは『クランの運営資金』となさればよろしい。これを受け取って頂けねば、今度はギルドの面子が立ちませんからね」
 逃げ道のない、完璧な正論だった。
 ディノッゾは、内心ほっとしながらも、あくまで渋々といった体で頷いた。
「……分かりました。クランのためと言うなら、ありがたく頂戴します」
(よかった……これで一文無し回避だ。セスにこれ以上迷惑かけずに済む……!)
 ディノッゾが革袋を受け取ろうとすると、総ギルドマスターは中身の説明を始めた。
「まずは、森で討伐されたサイクロプス三体分の報酬です」
 彼はずっしりと重い袋を叩いた。
「Aランク魔物の魔石は、一つ金貨500枚。素材はさらに高く、一体につき1,500枚。つまり、一体あたり金貨2,000枚の計算になります」
「に、二千……!?」
「ええ。それが三体分ですので、しめて金貨6,000枚となります」
 ディノッゾは目を白黒させた。
 この世界の相場では、金貨10枚もあれば四人家族がひと月は十分に暮らせる。
 つまり、金貨6,000枚というのは、一般家庭の50年分の生活費に相当する。これだけで一生遊んで暮らせる額だ。
「そして……こちらが、例の『宝箱』。ドラゴンの素材の査定額です」
 ギルドマスターは、もう一つの、一見すると小さな革袋を開いた。
 中から、眩いばかりの輝きが溢れ出す。
「…………」
 ディノッゾはごくりと唾を飲み込んだ。
 旅の途中、セスティーナから聞かされた言葉が脳裏をよぎる。
 『諸々合わせれば、おそらく白金貨10枚は下らないかと』。
 あの時は耳を疑った。話半分だと思っていた。だが――。
 目の前にあるのは、紛れもない現実だった。
 ジャラジャラと詰まった、光り輝く硬貨の山。
「事前にセスティーナ様から伺っていた通りです。あの宝箱は、それほどまでに純度が高く、希少な部位でした。査定の結果、白金貨10枚とさせていただきました」
「じゅっ……!?」
 分かっていても、声が出た。
 白金貨1枚は、金貨1万枚相当。それが10枚。
 つまり金貨10万枚。
 もはや個人の資産ではない。小国の国家予算レベルだ。
「こ、こんな大金……本当にいいのか?」
「当然です。貴殿らが命がけで成し遂げた偉業の対価ですから」
 こうして、とてつもない(そして使い道に困るほどの)軍資金を手に入れた一行は、そのままクランの登録手続きへと移った。
「クラン名は『ラストアタック』。
 俺とセス、リリアのパーティーは『ドラゴン・イーター』。
 ポータたちのパーティーは『ブラザーズ』。
 そして、子供たちのパーティーは『セブンスターズ』だ」
 書類にサインをするディノッゾの横顔を見つめながら、セスティーナは頬を染めていた。
 (『俺とセス』……。彼が私の名前を呼んでくれるだけで、こんなに嬉しいなんて。いつか、この距離が縮まる日は来るのかしら……)
 一方のディノッゾも、サインをする手が震えないよう必死だった。
 (セスの視線が痛い……。字が汚いとか思われてねえかな。もっと堂々とした男にならねえと、彼女の隣には立てねえぞ……)
 本日ただいまをもちまして、Sランク・クラン『ラストアタック』の設立が認められた。
 だが、このクランマスターと聖騎士の恋が「成立」するには、莫大な資産よりも重い「勘違い」と「すれ違い」を乗り越える必要がありそうだった。
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