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12:嘘でも冗談でもないと言ったはずだ(1)
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ライルに告白されたあの日から、クロエはずっと頭を悩ませていた。
婚約者に捨てられて混乱している状況でも、自分の気持ちを整理するより先に彼にどう返事をするべきなのかを、ずっと真剣に考えていた。
本当に自分のことが好きなのだろうか、とか。だとするならば、一体いつから好きだったのかだろうか、とか。今まで彼の気持ちに気づけなかったことに対する申し訳なさとか、愚鈍な自分に対する恥ずかしさとか。あの時のクロエはいろんな感情が混ざり合って熱まで出した。
そうして必死に考え抜いた結果、ライルを好きになる努力をしようという結論に至ったのだ。
それは夫婦になってしまった以上、円満な関係を気付きたいという思いもあったが、一番は彼のことを家族だと思っていたからだ。唯一無二の大切な存在として認識していたから、だから誠実に向き合おうと決めた。
けれど、もしかするとその努力は無駄だったのかもしれない。
「ライルと……、ソフィア?」
一度はエントランスに降りたものの、忘れ物に気がついて自室に戻ったクロエが見たのは、柱の影に隠れて見つめ合うソフィアとライルの姿だった。
距離があるので何を話しているのかまではわからないが、明らかに距離感がおかしい。まるでロマンス小説に出てくる、ラブシーンでは定番の『壁ドン』というやつでもしているみたいだ。
クロエはその小説の挿絵のような光景をただ呆然と見つめていた。
「あ、そうだ。忘れ物……」
ソフィアがライルの元を走り去ったところで、クロエはハッと我に帰った。
そしてライルに気づかれぬように自室に入り、そっと扉を閉め、そのまま扉の前にしゃがみ込んだ。
まだ動揺しているのか、手が震える。頭も回っていないせいで、何を取りに来たのかも忘れてしまった。
「別にライルのことが好きなわけでも何でもないのに。どうしてこんなに動揺してしているのかしら」
クロエは自分の心を落ち着けるように大きく息を吸い、ゆっくりと時間をかけて吐き出した。この呼吸法、最近は使う機会が増えて嫌になる。
「……き、きっと、冗談だったのよね。冗談。私のことを好きだとかいうのも全部冗談。それか、もしくは慰めね。うん、そうだわ。絶対にそうに違いないわ」
そう思うと、幾分か気持ちが楽になる。初めから好きではなかったのだと思うと、無駄に傷つかなくて済む。
今この胸がざわついているのは、相手がソフィアだからだろう。彼女が自分の侍女で、且つ、快活で喜怒哀楽のはっきりした女性だからだ。オスカーの駆け落ち相手を彷彿とさせるから、だから落ち着かないだけだ。クロエはそう、自分に言い聞かせた。
そしてもう一度大きく深呼吸をすると、自分の足で立ち上がり、化粧台の前に置いてある宝石箱に手を伸ばした。
「やっぱり、変えよう」
クロエは鏡を見ながら、そっとネックレスを外した。そして代わりに、2年前の誕生日にオスカーからプレゼントされたネックレスを選んだ。彼の瞳の色と同じ、エメラルドのネックレスだ。
「うん。今日の服装にはこっちの方が似合うわね」
クロエは鏡に映る自分の姿を見て、納得したように大きく頷いた。
「よし、早く降りよう!」
クロエは自分の両頬を手で叩いて気合いを入れ、鏡に向かってにっこりと微笑んだ。
そうして、貼り付けた笑顔のまま、エントランスに降りた。
「おまたせ」
エントランスにはすでにライルがいた。彼はクロエの顔を見るなり、愛おしそうに頬を緩ませる。
その顔はやめてほしい。まるで本当に好きみたいだ。
クロエは彼から目を逸らした。
「わざわざ、見送りありがとう。ソフィア」
クロエは、メイドたちに混ざって見送りに降りてきていたソフィアに声をかけた。
主人の声に、ソフィアはびくりと肩を跳ねさせる。それはもう、何かやましいことがあるから怯えているようにしか見えない。
クロエのいつもと変わらない声色で、ソフィアに近いた。
そして彼女の耳元で小さく囁く。
「怖がらなくても大丈夫よ。私はあなたを責めたりしないわ」
あの時のライルの前から走り去るソフィアの様子からして、彼女が彼を拒否したのは明白だ。
どうせ、しばらく娼館にいけないライルが、適当な遊び相手を屋敷の中で見繕おうとしただけ。
「ライルには私から注意しておくから」
ライルが女の子に無理強いをするような最低な男ではないことは知っているが、それでも自分に近い人間に手を出されては堪らない。こちらにも面子というものがあるのだ。
クロエは目玉が飛び出そうなほどに目を丸くするソフィアに『任せて』とウィンクをすると、ライルの方へと駆け寄った。
「………お、お嬢様?」
クロエはライルが彼女を騙していることを知っているのだろうか。
まさか、そんなはずはない。何か、噛み合っていないような気がする。
ソフィアはわけがわからず、首を傾げた。
昨日からずっと、ソフィアの頭の中は混乱してばかりだ。
婚約者に捨てられて混乱している状況でも、自分の気持ちを整理するより先に彼にどう返事をするべきなのかを、ずっと真剣に考えていた。
本当に自分のことが好きなのだろうか、とか。だとするならば、一体いつから好きだったのかだろうか、とか。今まで彼の気持ちに気づけなかったことに対する申し訳なさとか、愚鈍な自分に対する恥ずかしさとか。あの時のクロエはいろんな感情が混ざり合って熱まで出した。
そうして必死に考え抜いた結果、ライルを好きになる努力をしようという結論に至ったのだ。
それは夫婦になってしまった以上、円満な関係を気付きたいという思いもあったが、一番は彼のことを家族だと思っていたからだ。唯一無二の大切な存在として認識していたから、だから誠実に向き合おうと決めた。
けれど、もしかするとその努力は無駄だったのかもしれない。
「ライルと……、ソフィア?」
一度はエントランスに降りたものの、忘れ物に気がついて自室に戻ったクロエが見たのは、柱の影に隠れて見つめ合うソフィアとライルの姿だった。
距離があるので何を話しているのかまではわからないが、明らかに距離感がおかしい。まるでロマンス小説に出てくる、ラブシーンでは定番の『壁ドン』というやつでもしているみたいだ。
クロエはその小説の挿絵のような光景をただ呆然と見つめていた。
「あ、そうだ。忘れ物……」
ソフィアがライルの元を走り去ったところで、クロエはハッと我に帰った。
そしてライルに気づかれぬように自室に入り、そっと扉を閉め、そのまま扉の前にしゃがみ込んだ。
まだ動揺しているのか、手が震える。頭も回っていないせいで、何を取りに来たのかも忘れてしまった。
「別にライルのことが好きなわけでも何でもないのに。どうしてこんなに動揺してしているのかしら」
クロエは自分の心を落ち着けるように大きく息を吸い、ゆっくりと時間をかけて吐き出した。この呼吸法、最近は使う機会が増えて嫌になる。
「……き、きっと、冗談だったのよね。冗談。私のことを好きだとかいうのも全部冗談。それか、もしくは慰めね。うん、そうだわ。絶対にそうに違いないわ」
そう思うと、幾分か気持ちが楽になる。初めから好きではなかったのだと思うと、無駄に傷つかなくて済む。
今この胸がざわついているのは、相手がソフィアだからだろう。彼女が自分の侍女で、且つ、快活で喜怒哀楽のはっきりした女性だからだ。オスカーの駆け落ち相手を彷彿とさせるから、だから落ち着かないだけだ。クロエはそう、自分に言い聞かせた。
そしてもう一度大きく深呼吸をすると、自分の足で立ち上がり、化粧台の前に置いてある宝石箱に手を伸ばした。
「やっぱり、変えよう」
クロエは鏡を見ながら、そっとネックレスを外した。そして代わりに、2年前の誕生日にオスカーからプレゼントされたネックレスを選んだ。彼の瞳の色と同じ、エメラルドのネックレスだ。
「うん。今日の服装にはこっちの方が似合うわね」
クロエは鏡に映る自分の姿を見て、納得したように大きく頷いた。
「よし、早く降りよう!」
クロエは自分の両頬を手で叩いて気合いを入れ、鏡に向かってにっこりと微笑んだ。
そうして、貼り付けた笑顔のまま、エントランスに降りた。
「おまたせ」
エントランスにはすでにライルがいた。彼はクロエの顔を見るなり、愛おしそうに頬を緩ませる。
その顔はやめてほしい。まるで本当に好きみたいだ。
クロエは彼から目を逸らした。
「わざわざ、見送りありがとう。ソフィア」
クロエは、メイドたちに混ざって見送りに降りてきていたソフィアに声をかけた。
主人の声に、ソフィアはびくりと肩を跳ねさせる。それはもう、何かやましいことがあるから怯えているようにしか見えない。
クロエのいつもと変わらない声色で、ソフィアに近いた。
そして彼女の耳元で小さく囁く。
「怖がらなくても大丈夫よ。私はあなたを責めたりしないわ」
あの時のライルの前から走り去るソフィアの様子からして、彼女が彼を拒否したのは明白だ。
どうせ、しばらく娼館にいけないライルが、適当な遊び相手を屋敷の中で見繕おうとしただけ。
「ライルには私から注意しておくから」
ライルが女の子に無理強いをするような最低な男ではないことは知っているが、それでも自分に近い人間に手を出されては堪らない。こちらにも面子というものがあるのだ。
クロエは目玉が飛び出そうなほどに目を丸くするソフィアに『任せて』とウィンクをすると、ライルの方へと駆け寄った。
「………お、お嬢様?」
クロエはライルが彼女を騙していることを知っているのだろうか。
まさか、そんなはずはない。何か、噛み合っていないような気がする。
ソフィアはわけがわからず、首を傾げた。
昨日からずっと、ソフィアの頭の中は混乱してばかりだ。
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