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11:正解は、騙されたと気づいた時だよ(2)
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「……あの、何か御用でしょうか?」
ソフィアは警戒心を顕にして、ライルを見上げる。
それに対してライルは薄く口角をあげ、感情の読めない顔で彼女を見下ろす。
二人の間には妙な緊張感が漂っていた。
「少し、聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと、ですか?」
「ああ」
「何でしょうか?」
「もしかして昨日さ、コンサバトリーの前で何か聞いちゃった?」
正直に言ってくれ。ライルは爽やかな笑みを浮かべてそう言った。
だが、彼の微笑みの裏側に隠しきれていない闇が透けて見える。
ソフィアは返答を迷った。嘘をつくべきか、正直に答えるべきか。
多くの場合、こういう時は前者を選ぶだろう。何故ならば主人の意に沿うことが、使用人の美徳とされているだからだ。
たとえハッキリと見聞きしてしまったことでも、主人が「お前は見ていない」と言えば見ていないし、「聞いていない」と言えば聞いていないと言うべきだ。
けれど、
(私の主人はクロエお嬢様よ……!)
ソフィアの主人はクロエ・ロレーヌ。それは何があろうとも変わらない。
だからソフィアは静かに目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしてからジッとライルを見据えた。
「独り言は、心の中で呟く程度になさった方がよろしいかと」
「ははっ!君はすごいな」
主人のためならば、天と地ほどの身分差がある相手にもそんな目を向けるができるのか。
ライルは睨みつけるようにこちらを見上げるソフィアに感心した。
「君が只者ではないだけなのか、それとも君をそんな風にさせるクロエが只者ではないのか」
正解は、多分どちらもだろう。
ライルは楽しそうにクククッと笑った。
「な、何がおかしいのですか……?」
何故この状況で笑えるのか、ソフィアに理解できない。
「ライル様!笑わないでくださ!」
「ごめんごめん。つい」
「……あの!それよりも、お嬢様が騙されてるってどういうことですか?」
「んー?何の話だ?わからないな」
「誤魔化さないでください。私、昨日聞いてしまったんです。『騙されて可哀想』って。アレはどういう意味ですか!?」
少し声を震わせながらも、ソフィアは威嚇するようにライルを睨みつけ、単刀直入に尋ねた。
駆け引きなどまるでない。そういうことができない性格はのは知っていたが、次期公爵夫人の侍女として少し不安が残る。
ライルはソフィアを見下ろし、「再教育が必要だな」と鼻で笑った。
「まったく。盗み聞きといい、俺に対する口の聞き方といい……、まるでなっていない。とてもは完璧な淑女の侍女とは思えないな?」
「それは……、すみません」
「まあいい。……で?ソフィアはそれを知ってどうしたいんだ?」
「どうって、お嬢様に報告します」
「報告して、それで?」
「そ、それでって……」
「報告して、どうなる?真実を知ってもクロエは傷つくだけではないのか?」
「……で、でも!」
「なあ、ソフィア。君は、人が騙されたと感じる時ってどんな時だと思う?」
「……え?」
「正解はね、騙されたことに気づいた時だよ」
「どういう、意味ですか?」
「わからないか?騙されていることに気がつかなければ、その人にとっては今信じていることが真実だ」
「……裏切りは知らなければ存在しないのと同じだと、そうおっしゃりたいのですか?」
「そうだよ。だから……、クロエのためを思うなら、わかるよね?」
お前の大事な主人を傷つけたくないのなら、余計なことは言わない方がいい。ライルはそう言いたいのだろう。
言いたいことはわからなくもない。だが、果たしてそれで良いのだろうか。
一瞬、後から裏切りを知ってしまったクロエの姿が脳裏をよぎったソフィアは、口を真一文字に閉じる。それはライルの要求を飲みたくない彼女の精一杯の抵抗だった。
すると、ライルは威圧するようにソフィアを壁際まで追い詰め、彼女を閉じ込めるように壁に手をついた。
「わかったら、返事」
あまりにも冷たい声色にソフィアは総毛立ち、咄嗟に顔を伏せる。
この人はこんなにも冷たい声が出せる人だったのだろうか。
ソフィアの知っているライルは、もっと飄々としていて、軽薄で、そして不器用な優しさを持っている男だった。
「ソフィア。返事は?」
絶対零度の冷たい視線がソフィアの頭に突き刺さる。彼女は恐ろしくてギュッと瞼を閉じた。
本能が、彼の要求を受け入れろと言っている。死にたくなければ返事をしろと言っている。
「ソフィア」
「……わ、わかりました」
負けてしまった。ソフィアはギュッと拳を握った。
「ありがとう……」
ライルはソフィアの頭をポンと叩くと、もう行っていいと彼女を解放した。
彼が作っていた影がなくなり、ソフィアはホッと吐息を漏らす。
「メイド長が呼んでいたのは本当だから、早く行きなさい」
「は、はい。では、失礼します……」
これ以上ここにいたくない。この人と関わりたくない。
ソフィアは全速力で廊下を駆けた。
だから知らない。ライルの背後、100メートルほど後方に自分の主人の姿があったことなんて。
ソフィアは警戒心を顕にして、ライルを見上げる。
それに対してライルは薄く口角をあげ、感情の読めない顔で彼女を見下ろす。
二人の間には妙な緊張感が漂っていた。
「少し、聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと、ですか?」
「ああ」
「何でしょうか?」
「もしかして昨日さ、コンサバトリーの前で何か聞いちゃった?」
正直に言ってくれ。ライルは爽やかな笑みを浮かべてそう言った。
だが、彼の微笑みの裏側に隠しきれていない闇が透けて見える。
ソフィアは返答を迷った。嘘をつくべきか、正直に答えるべきか。
多くの場合、こういう時は前者を選ぶだろう。何故ならば主人の意に沿うことが、使用人の美徳とされているだからだ。
たとえハッキリと見聞きしてしまったことでも、主人が「お前は見ていない」と言えば見ていないし、「聞いていない」と言えば聞いていないと言うべきだ。
けれど、
(私の主人はクロエお嬢様よ……!)
ソフィアの主人はクロエ・ロレーヌ。それは何があろうとも変わらない。
だからソフィアは静かに目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしてからジッとライルを見据えた。
「独り言は、心の中で呟く程度になさった方がよろしいかと」
「ははっ!君はすごいな」
主人のためならば、天と地ほどの身分差がある相手にもそんな目を向けるができるのか。
ライルは睨みつけるようにこちらを見上げるソフィアに感心した。
「君が只者ではないだけなのか、それとも君をそんな風にさせるクロエが只者ではないのか」
正解は、多分どちらもだろう。
ライルは楽しそうにクククッと笑った。
「な、何がおかしいのですか……?」
何故この状況で笑えるのか、ソフィアに理解できない。
「ライル様!笑わないでくださ!」
「ごめんごめん。つい」
「……あの!それよりも、お嬢様が騙されてるってどういうことですか?」
「んー?何の話だ?わからないな」
「誤魔化さないでください。私、昨日聞いてしまったんです。『騙されて可哀想』って。アレはどういう意味ですか!?」
少し声を震わせながらも、ソフィアは威嚇するようにライルを睨みつけ、単刀直入に尋ねた。
駆け引きなどまるでない。そういうことができない性格はのは知っていたが、次期公爵夫人の侍女として少し不安が残る。
ライルはソフィアを見下ろし、「再教育が必要だな」と鼻で笑った。
「まったく。盗み聞きといい、俺に対する口の聞き方といい……、まるでなっていない。とてもは完璧な淑女の侍女とは思えないな?」
「それは……、すみません」
「まあいい。……で?ソフィアはそれを知ってどうしたいんだ?」
「どうって、お嬢様に報告します」
「報告して、それで?」
「そ、それでって……」
「報告して、どうなる?真実を知ってもクロエは傷つくだけではないのか?」
「……で、でも!」
「なあ、ソフィア。君は、人が騙されたと感じる時ってどんな時だと思う?」
「……え?」
「正解はね、騙されたことに気づいた時だよ」
「どういう、意味ですか?」
「わからないか?騙されていることに気がつかなければ、その人にとっては今信じていることが真実だ」
「……裏切りは知らなければ存在しないのと同じだと、そうおっしゃりたいのですか?」
「そうだよ。だから……、クロエのためを思うなら、わかるよね?」
お前の大事な主人を傷つけたくないのなら、余計なことは言わない方がいい。ライルはそう言いたいのだろう。
言いたいことはわからなくもない。だが、果たしてそれで良いのだろうか。
一瞬、後から裏切りを知ってしまったクロエの姿が脳裏をよぎったソフィアは、口を真一文字に閉じる。それはライルの要求を飲みたくない彼女の精一杯の抵抗だった。
すると、ライルは威圧するようにソフィアを壁際まで追い詰め、彼女を閉じ込めるように壁に手をついた。
「わかったら、返事」
あまりにも冷たい声色にソフィアは総毛立ち、咄嗟に顔を伏せる。
この人はこんなにも冷たい声が出せる人だったのだろうか。
ソフィアの知っているライルは、もっと飄々としていて、軽薄で、そして不器用な優しさを持っている男だった。
「ソフィア。返事は?」
絶対零度の冷たい視線がソフィアの頭に突き刺さる。彼女は恐ろしくてギュッと瞼を閉じた。
本能が、彼の要求を受け入れろと言っている。死にたくなければ返事をしろと言っている。
「ソフィア」
「……わ、わかりました」
負けてしまった。ソフィアはギュッと拳を握った。
「ありがとう……」
ライルはソフィアの頭をポンと叩くと、もう行っていいと彼女を解放した。
彼が作っていた影がなくなり、ソフィアはホッと吐息を漏らす。
「メイド長が呼んでいたのは本当だから、早く行きなさい」
「は、はい。では、失礼します……」
これ以上ここにいたくない。この人と関わりたくない。
ソフィアは全速力で廊下を駆けた。
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