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CASE3:戸村千景
5:相談(2)
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一夜の過ちの部分を濁しつつ、泉くんと再会したこと、そして泉くんから告白されたことをあずさに伝えた。
あずさは真剣に茶化すことなく私の話を聞いてくれた。彼女のそういうところは本当に好きだ。
「……お隣さんって泉くんだったんだ」
「う、うん」
「泉くんって、千景が珍しく2年ほど続いた人だったよね?確か」
「……うん」
「ふむふむ。なるほどねぇ」
「ううっ。そんな目で見るなぁ」
「どんな目よ」
「なんか哀れみの目を向けられている気がするわ」
「気のせいよ」
あずさは呆れたようにため息をこぼし、顔を隠してメソメソする私の前にコーヒーを置いた。
「あ、シマエナガ……」
「可愛いよね、このマグカップ。千景もシマエナガ好きなの?」
「いや、自分で買うほど好きでもないわ。それは貰い物なの」
それは去年の誕生日に颯太にもらったマグカップだ。
あの時の私は柄にもなく可愛い贈り物をしてくる彼にとても困惑したなぁ。……まあ、そのあとすぐにこのマグカップが、当時の彼女にあげる予定だったものだということが判明したんだけど。
あいつはプレゼントを渡す前に別れてしまい、行き場のないマグカップを私に押し付けたのだ。
私は颯太のあの軽薄な顔を思い出し、頬が緩んだ。
「それで?千景はどうしたいの?」
「どうって?」
「付き合う気はあるの?泉くんと」
「付き合う気は……、ない」
「そうなの?」
「う、うん」
「でも断れないんでしょ?」
「それは、まあ……。うん……」
あずさは理解できないとでも言いたげに、眉を顰めた。
私はあずさの視線から逃げるように、シマエナガのマグカップに口をつけ、コーヒーを一口飲む。
あえてブラックにしているのは、この後私がすぐ作業に戻れるようにだろう。これは甘いコーヒーを飲むとやる気が削がれることを知っているあずさの気遣いだ。
「どうして断れないの?」
「わ、わかんない。なんか拒絶できないのよ、泉くんって」
「もしかして、好きなの?彼のこと」
「いや、ちがう。好きとかそういうのじゃない」
「そうなの?」
「うん。好きじゃない」
「好きじゃないのに告白を断れないの?」
「そ、その、好きじゃないけど、泉くんといると癒されるというか何というか……」
深夜の映画も、夜に月を見上げながらベランダで他愛もない話をする時間も、泉くんと過ごす時間はとても穏やかで落ち着く。
泣ける映画でちゃんと泣けちゃう素直さも、犬みたいにおねだりしてくるあざとさも。昔から変わらない泉くんのそれらが全部、今の私の癒しだ。
「だからつい、構ってしまうんだよね……」
年下の元カレに癒しを求めるなど、もしかすると少し疲れているのかもしれない。
私が小声でそう漏らすと、あずさは険しい顔をした。
「千景。正論言ってもいい?」
「…………いい」
「それはずるくない?」
「……」
「相手の気持ちには応えないけど、一緒の時間を過ごしたいってことでしょう?」
「……うう」
「期待させといてその気はありませんは通用しないよ。流石に」
「ぐうの音も出ないわ」
あずさの言う通りだ。このまま答えを出さずに泉くんに癒しを求めるのは良くない。
悪女にはなりたくない私は大きなため息をこぼした。
「ねえ、聞いていいのかわからないんだけどさ」
「いいよ、何でも聞いて」
「そもそも、泉くんとは何で別れたの?」
「えっ……、そ、それは……」
あずさの質問にギクリと体をこわばらせる。
どうしよう。どう答えるべきか。
本心は話したい。聞いて欲しい。
けれど、どう伝えれば良いのかわからない。別れた理由をよりによって、目の前の彼女に伝えて良いものなのかもわからない。私は俯き、うーんと唸った。
「千景が言いたくないなら無理には聞かないけど」
「あずさ……」
「でも言いたくない理由が千景の気持ちじゃないのなら話してほしいな」
あずさは、どうかな?と首を傾げて私の顔を覗き込む。こちらをジッと見つめる彼女の瞳は、全てを見透かしているように見えた。
やっぱり、あずさは特殊能力者だ。
「い、泉くんと別れたのは……、彼が結婚を望んだからなの」
「結婚?」
「うん。私さ、結婚したくないんだよねー」
「え?そうなの?どうして?」
「だって結婚したら自由なくなるじゃん?私は好きな時に好きなことして生きていきたいの。自由気ままに漫画描いていたいし……、それに……」
「それに?」
「結婚したら子ども産まなきゃじゃん?私、子ども産みたくないんだよね」
「……子ども」
一瞬、室内がシンと静まり返る。子どもを欲しがっていても産めない友人に、子供が産みたくないと宣言するのは勇気がいる。
私はおそるおそるあずさの目を見た。
しかし、あずさは私の予想に反してキョトンとした顔で首を傾げた。
「別に結婚したからって子ども産む必要は無くない?」
「……え?」
「まあ、周りは子供産めってうるさいだろうけど、子どもを産まない選択をする夫婦もいるよ?」
「それはそうなんだけど。意外な反応……」
「そう?普通じゃない?」
「いや、普通ではないでしょ。女は30近くになったら結婚して、結婚したら子どもを産んでってのが普通でしょう?」
「その普通っていうのは、そういう人が多いってだけの話でしかないわ。普通はその人それぞれの中にあるの。今は多様性の時代よ?」
「わあ、名言」
「茶化さないの。大体、私たちは自分のお腹で十月十日、赤ちゃんを育てるのよ?つまり妊娠で苦労するのは私たち自身。だったら子どもを産むも産まないも自由であるべきでしょう」
子どもを産む産まないの選択権は、産む人本人にあるべきだ。誰かに押し付けられるべきではない。あずさは力強く言い切った。
でも言われてみればそうだ。子どもを産むことは義務ではない。夫婦で話し合って決めればいい。
「ねえ、千景。子どもを産みたくないってことが理由で泉くんの気持ちを受け入れられないのなら、話してみればいいんじゃないかな?千景の気持ちを全部正直に話して、それで泉くんが千景とのことを躊躇するようなら、綺麗さっぱりお断りすればいいわけだし、逆にそれでもいいって言うようなら付き合えば良いんじゃないかな?」
「……そう、だね」
「千景、自分の思っていることをちゃんと伝えなきゃだめだよ。愛は二人で育むものなんでしょう?」
好きなら、勇気を出して。あずさはニコッと笑って私の背中を押した。
いつか、自分が吐いたセリフをそのまま返された私は何だか気恥ずかしくて、コーヒーを一気に飲み干した。
ブラックのコーヒーはやはり苦い。
「………いや、別に泉くんのこと好きなわけじゃないんだけど」
「もう。素直じゃないなぁ」
あずさは呆れたように肩をすくめた。
あずさは真剣に茶化すことなく私の話を聞いてくれた。彼女のそういうところは本当に好きだ。
「……お隣さんって泉くんだったんだ」
「う、うん」
「泉くんって、千景が珍しく2年ほど続いた人だったよね?確か」
「……うん」
「ふむふむ。なるほどねぇ」
「ううっ。そんな目で見るなぁ」
「どんな目よ」
「なんか哀れみの目を向けられている気がするわ」
「気のせいよ」
あずさは呆れたようにため息をこぼし、顔を隠してメソメソする私の前にコーヒーを置いた。
「あ、シマエナガ……」
「可愛いよね、このマグカップ。千景もシマエナガ好きなの?」
「いや、自分で買うほど好きでもないわ。それは貰い物なの」
それは去年の誕生日に颯太にもらったマグカップだ。
あの時の私は柄にもなく可愛い贈り物をしてくる彼にとても困惑したなぁ。……まあ、そのあとすぐにこのマグカップが、当時の彼女にあげる予定だったものだということが判明したんだけど。
あいつはプレゼントを渡す前に別れてしまい、行き場のないマグカップを私に押し付けたのだ。
私は颯太のあの軽薄な顔を思い出し、頬が緩んだ。
「それで?千景はどうしたいの?」
「どうって?」
「付き合う気はあるの?泉くんと」
「付き合う気は……、ない」
「そうなの?」
「う、うん」
「でも断れないんでしょ?」
「それは、まあ……。うん……」
あずさは理解できないとでも言いたげに、眉を顰めた。
私はあずさの視線から逃げるように、シマエナガのマグカップに口をつけ、コーヒーを一口飲む。
あえてブラックにしているのは、この後私がすぐ作業に戻れるようにだろう。これは甘いコーヒーを飲むとやる気が削がれることを知っているあずさの気遣いだ。
「どうして断れないの?」
「わ、わかんない。なんか拒絶できないのよ、泉くんって」
「もしかして、好きなの?彼のこと」
「いや、ちがう。好きとかそういうのじゃない」
「そうなの?」
「うん。好きじゃない」
「好きじゃないのに告白を断れないの?」
「そ、その、好きじゃないけど、泉くんといると癒されるというか何というか……」
深夜の映画も、夜に月を見上げながらベランダで他愛もない話をする時間も、泉くんと過ごす時間はとても穏やかで落ち着く。
泣ける映画でちゃんと泣けちゃう素直さも、犬みたいにおねだりしてくるあざとさも。昔から変わらない泉くんのそれらが全部、今の私の癒しだ。
「だからつい、構ってしまうんだよね……」
年下の元カレに癒しを求めるなど、もしかすると少し疲れているのかもしれない。
私が小声でそう漏らすと、あずさは険しい顔をした。
「千景。正論言ってもいい?」
「…………いい」
「それはずるくない?」
「……」
「相手の気持ちには応えないけど、一緒の時間を過ごしたいってことでしょう?」
「……うう」
「期待させといてその気はありませんは通用しないよ。流石に」
「ぐうの音も出ないわ」
あずさの言う通りだ。このまま答えを出さずに泉くんに癒しを求めるのは良くない。
悪女にはなりたくない私は大きなため息をこぼした。
「ねえ、聞いていいのかわからないんだけどさ」
「いいよ、何でも聞いて」
「そもそも、泉くんとは何で別れたの?」
「えっ……、そ、それは……」
あずさの質問にギクリと体をこわばらせる。
どうしよう。どう答えるべきか。
本心は話したい。聞いて欲しい。
けれど、どう伝えれば良いのかわからない。別れた理由をよりによって、目の前の彼女に伝えて良いものなのかもわからない。私は俯き、うーんと唸った。
「千景が言いたくないなら無理には聞かないけど」
「あずさ……」
「でも言いたくない理由が千景の気持ちじゃないのなら話してほしいな」
あずさは、どうかな?と首を傾げて私の顔を覗き込む。こちらをジッと見つめる彼女の瞳は、全てを見透かしているように見えた。
やっぱり、あずさは特殊能力者だ。
「い、泉くんと別れたのは……、彼が結婚を望んだからなの」
「結婚?」
「うん。私さ、結婚したくないんだよねー」
「え?そうなの?どうして?」
「だって結婚したら自由なくなるじゃん?私は好きな時に好きなことして生きていきたいの。自由気ままに漫画描いていたいし……、それに……」
「それに?」
「結婚したら子ども産まなきゃじゃん?私、子ども産みたくないんだよね」
「……子ども」
一瞬、室内がシンと静まり返る。子どもを欲しがっていても産めない友人に、子供が産みたくないと宣言するのは勇気がいる。
私はおそるおそるあずさの目を見た。
しかし、あずさは私の予想に反してキョトンとした顔で首を傾げた。
「別に結婚したからって子ども産む必要は無くない?」
「……え?」
「まあ、周りは子供産めってうるさいだろうけど、子どもを産まない選択をする夫婦もいるよ?」
「それはそうなんだけど。意外な反応……」
「そう?普通じゃない?」
「いや、普通ではないでしょ。女は30近くになったら結婚して、結婚したら子どもを産んでってのが普通でしょう?」
「その普通っていうのは、そういう人が多いってだけの話でしかないわ。普通はその人それぞれの中にあるの。今は多様性の時代よ?」
「わあ、名言」
「茶化さないの。大体、私たちは自分のお腹で十月十日、赤ちゃんを育てるのよ?つまり妊娠で苦労するのは私たち自身。だったら子どもを産むも産まないも自由であるべきでしょう」
子どもを産む産まないの選択権は、産む人本人にあるべきだ。誰かに押し付けられるべきではない。あずさは力強く言い切った。
でも言われてみればそうだ。子どもを産むことは義務ではない。夫婦で話し合って決めればいい。
「ねえ、千景。子どもを産みたくないってことが理由で泉くんの気持ちを受け入れられないのなら、話してみればいいんじゃないかな?千景の気持ちを全部正直に話して、それで泉くんが千景とのことを躊躇するようなら、綺麗さっぱりお断りすればいいわけだし、逆にそれでもいいって言うようなら付き合えば良いんじゃないかな?」
「……そう、だね」
「千景、自分の思っていることをちゃんと伝えなきゃだめだよ。愛は二人で育むものなんでしょう?」
好きなら、勇気を出して。あずさはニコッと笑って私の背中を押した。
いつか、自分が吐いたセリフをそのまま返された私は何だか気恥ずかしくて、コーヒーを一気に飲み干した。
ブラックのコーヒーはやはり苦い。
「………いや、別に泉くんのこと好きなわけじゃないんだけど」
「もう。素直じゃないなぁ」
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