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CASE3:戸村千景
1:誰にも言えない秘密(1)
しおりを挟む神様って優しくない。
だから私は空に中指を立てた。
ーーーーCASE3:戸村千景
ベランダでタバコを吸いながら、躊躇いがちに出る十六夜の月を見上げる。
年々夏が長くなっている気がするのは気のせいだろうか。秋の気配が感じられないまま、ふと気づいたら冬になっていることが多いように思う。
私は風に揺られて遠くに飛んで行こうとする煙を目で追いかけた。
「なーに黄昏れてんの?」
軽薄な声と共に後ろから抱きすくめられる。振り返ることなく、私は答えた。
「颯太、うざい」
「ひっど!?薄着の背中が寒そうだから温めてやろうと思ったのに!」
「この気温で寒いわけないでしょ。暑苦しいから離れて」
私が少し後ろに体を逸らせて颯太の顎に頭突きをかますと、彼はチッと舌を鳴らした。
そして仕返しと言うようにガブリと私の唇に噛み付いた。
舌を絡める長いキスに私は苛立ちを抑えられず、彼の足を思い切り踏んでやった。
「痛ってぇ!?」
「シレッと2回目に持ち込もうとするな」
「いいじゃん、別に。今日は泊まるんだろ?」
「そのつもりだったけど帰る」
「え、なんで?」
「…………なんで、だと?」
キョトンと首を傾げる颯太。何もわからないフリしやがって腹立たしい。私は舌を鳴らし、リビングに戻るとソファのクッションの下に落ちていたネモフィラのピアスを彼に突きつけた。
「誰の?」
「あー、セフレ?」
「本当は?」
「彼女」
「聞いてないんだけど。いつ出来たの?」
「一昨日?」
「何で疑問系なのよ」
「いや、何となく?」
「ニヤニヤしてんなよ、コラ」
「千景さん、もしかしてやきもち?」
「ちげーわ!」
私は片方しかないピアスを颯太に投げつけてやろうと大きく振りかぶった。
しかし、ピアスに罪はないし、何ならこのピアスを忘れた彼女にも罪はない。
結局、私はそのピアスをそっとローテーブルの上に置いた。
「彼女出来たら関係は即解消って言ってるよね?ほら、スマホ出して」
「えー?でも別れたらまた元に戻るじゃん。わざわざ連絡先消す必要なくない?」
「ケジメはつけなきゃいかんでしょうが。私は浮気相手になるつもりなんてないのよ」
颯太は無駄に顔が良いからすぐに彼女が出来るが、どクズなのですぐに別れる。なので彼の言う通り、わざわざ彼女が出来る度に律儀に連絡先を消す必要などないのかもしれない。だが私の中にかろうじて残る倫理観がどうしてもそれを許さない。
私は差し出された颯太のスマホから戸村千景の存在を綺麗さっぱり消し去った。
何故か撮られていた寝顔の写真も含めて全て。
「俺、千景のIDも電話番号も全部覚えてる」
「記憶力いいのね。私は覚えてないわ」
使い捨てのセフレの電話番号を覚えているなんてさすが生粋の女好き。その欲望に忠実な様は尊敬に値する。
「じゃ、帰るわ」
「……ああ」
「今度は長続きするといいわね」
「またすぐ連絡すると思うけど」
「最低ー」
私は荷物をまとめるとスマホでまだ終電があることを確認して靴を履いた。
「なあ、やっぱ泊まっていけよ」
「泊まらないって言ってるでしょ。しつこい」
「でも今から家に帰っても誰もいないんだろ?ほら、この間言ってたじゃん。ルームシェアしてたアシスタントさんが結婚して出て行ったから寂しいって」
「……まあ言ったけど」
「寂しいなら俺が慰めてやるよ」
「いや、いい。帰る」
浮気相手になって修羅場に巻き込まれるのはごめんだ。私は後ろ髪を引かれることなく、颯太に別れを告げて彼のマンションを出た。
「しかしまあ、寂しい……かぁ」
帰り道。最寄駅を降り、街灯の少ない道を歩きながら、去り際に言われた言葉を思い出す。
うん。そうだな。確かに寂しい。寂しかった。
アシスタントの彼女とは結構長く一緒に居たし、何よりも友達とも家族とも違う、相棒みたいな関係が心地よかったから。
だから確かに寂しかったんだよ。
そう、2週間ほど前までは。
「お帰りなさい、千景さん!」
私が玄関の鍵を開けると、隣の家の玄関扉が開いた。そこからひょっこりと顔を出したのは颯太に負けず劣らずの顔面を持つ3つ歳下の会社員、泉日向くんだ。
彼はご主人様の帰りを待ちわびていた犬のように、こちらに満面の笑みを見せた。
「今日は遅かったんですね!」
「……あのね、泉くん。毎度毎度、隣人の帰宅をチェックするのはストーカー以外の何ものでもないと思うんだけど」
「え、嫌でしたか?」
「私は平気だけど、普通の人は普通に嫌だし怖いと思うから辞めた方がいいよ」
「す、すみません」
シュンと肩を落とす泉くん。しょんぼりしてる顔も可愛い。
その顔に絆された私はついうっかり、また彼を部屋に誘ってしまった。イケメンって罪深い。
「これは、誰にも言えないよなぁ」
キッチンで紅茶を淹れながら、リビングで今夜見る映画を選ぶ泉くんの綺麗な横顔を眺める。
鼻筋の通った横顔は日本人離れしていて、ツルツルの陶器肌はほんのり紅く色づいていた。
私の視線に気づいた彼は照れくさそうに、ソファのクッションで顔を隠した。そのあざとい仕草は愛花を思い出す。
「感情がダダ漏れなんだよ、泉くん」
私は小さくため息をこぼし、苦笑した。
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