七瀬菜々

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CASE2:木原愛花

14:幸せのピンクの小鳥

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 あの騒動から半年。はじめて隆臣くんに翠を預けて一人で外出できた日。私はいつもの三人で鰻を食べに行くことになった。
 一人の時間は本当に久しぶりで、ここに来るまでの道のりは長かったなとしみじみ思う。

「あれからどう?隆臣くんは」

 鰻丼の特上を食べながら、千景が聞いてきた。
 どう、と言われても……。

「想像通りだと思うよ。家事も育児もまだまだ発展途上って感じ」

 隆臣くんの家事スキルはまだまだ全然、私の要求するレベルまで達していない。相変わらず洗濯物の畳み方は雑だし、洗い物の後の排水溝のネットは変えてくれない。料理も塩と砂糖を間違えたりする。
 
「本当に、困った人だよー?」

 もう少し頑張って欲しいんだけどな。私がそう話すと、あずさも千景も安心したように「そっか」と笑った。

「…………なんで笑うのさ」
「いや、だって。仲良くやってるみたいだから。ねえ、千景」
「うん。良かった良かった」
「私が話したのは隆臣くんが成長してないって愚痴なんだけど?」
「えー?でも顔がニヤけてるよー?」

 千景に指摘され、私は口元を押さえた。
 箸で人を指すな。行儀が悪いぞ。
 
「幸せそうで何より」
「べ、別に幸せとかじゃないし。ただ背負いすぎるのをやめたからか、前よりはちょっとだけ気が楽なだけだよ」

 別に生活が劇的に変化したわけじゃない。やっぱり私がまだ育休中なこともあって、家事育児の負担は私の方が大きいし、きっと育休明けた後も時短勤務するのも私の方になるだろう。
 多分これから先、隆臣くんに対して不満も出てくるだろうし、喧嘩だってするはずだ。
 でも……

「……ま、まあ、話し合いができるようになったのは成長かな」

 言葉を飲み込むのも、もういいと話を切り上げるのもやめた。
 お互いに言いたいことがあればちゃんと言葉にする。話し合う。それを意識するだけでこんなにも心が軽い。

「私たちはきっともう大丈夫だと思う。……色々と心配をおかけしました。ありがとう、あずさ。千景」

 私は深々と頭を下げた。あれからずっとお礼ができていなかったから、今日は私の奢りだ。
 
「お礼なんていいのに」
「そうだよ」
「……いや、そうだよって言いながらもちゃっかり特上頼んでるじゃん。千景」
「人の金で食う飯ほど美味いものはない」
「あはは。さすがちーちゃん。ブレないね」
「あずさも特上にすれば良かったのに」
「特上はお給料貰ったら聡と食べに来るって決めてるの。その日は奢るんだ」

 最近、千景のところでアシスタントとして働き始めたあずさは給料日が楽しみだと笑った。
 それは以前、ランチをした時に見た笑顔とは違う、心からの笑顔で私は安心した。
 あの時は気付けなかったけど、やはり本心からの笑顔は全然輝きが違うんだな。


 ランチの後、私たちは近くの百貨店に入った。
 そこで服やアクセサリー、ベビー用品を見ながらどうでもいい話をずっとしていた。お喋りが途切れることはなく、時には息ができなくなるほど笑って楽しい時間を過ごした。
 そんな中、ある雑貨屋であずさが足を止めた。

「ねえ、お揃いでこれ買おうよ」

 あずさが手にとったのは手乗りサイズの小鳥のぬいぐるみだった。
 12色展開の小鳥はそれぞれの色で微妙に顔が違っていて、愛嬌たっぷりで可愛かった。

「おそろいとか、中学生かよ」
「えー、いいじゃん!私は買うよ、あずちゃん」
「愛花ー!好き!」
「別に私も買わないとは言ってない」
「ふふっ。千景もありがとう」
「でも何で急に?」
「だって私たち、おそろいの物と言えば部誌くらいしかないし」
「あー、あの伝説の部誌ね。この世に5部しか存在しないやつ」
「ねぇねぇ、ちーちゃんはどれにする?やっぱ青?」
「いや、普通に白が可愛いが白にする」
「あれ?推しカラーじゃなくていいの?」
「推しはその都度変わるから」
「なるほど」

 千景は白の小鳥を手に取り、指で頭を撫でた。キリッとした眉と三白眼がどことなく千景に似ている気がする。

「あずちゃんは?」
「私はこの子かなー」

 あずさは悩んだ末に薄い黄色の小鳥を手に取った。優しく微笑む目があずさの雰囲気とよく合う。

「私はどうしようかなー」

 12色から10色に減った選択肢の中で、私はどれにしようかと迷った。
 家に飾ることを考えると灰色とか茶色の方が良さそうな気もするけど……。

「愛花はこれじゃない?」

 私が悩んでいると、あずさは薄いピンクの小鳥を私の手に置いた。
 12種類の中で一番目が大きくて一番可愛らしい顔をしているその小鳥を、あずさは「愛花にはよく似ている」と言ってくれた。
 その瞬間、私は高二の文化祭を思い出した。
 あれは確か、クラスの女子みんなでお揃いの手作りシュシュをつけようとなった時のことだ。周りの目が気になって無難なベージュの生地を選んだ私に、あずさは小声で言った。

 ーーー山田さんはピンクが似合うと思うな

 あの時、さりげなく私の前にピンクの生地を置いた彼女の瞳は『好きなものを選べばいい』と言っているように思えて……。結局私はゆかりたちの目も気にせずにピンクの生地を選んだ。
 そのあとは当然のように愛花にピンクは似合わないと散々馬鹿にされたけど、不思議と気にならなかったな。
 きっとあずさが似合うと言ってくれたからだろう。
 
「私にはピンクが似合うって?」
「うん!」
「ふふっ。ありがと。あずちゃんがそう言うなら、これにしようかな!」

 私はピンクの小鳥を抱きしめて、レジに向かった。


 
 小鳥を手に店を出た私たちは近くのカフェでお茶をした。各々好きなケーキとドリンクのセットを頼み、そのケーキと共に小鳥を並べて写真を撮る。
 窓際の席だからか、外の木とそこから漏れる太陽の光のせいで小鳥たちが何だか幻想的に映り、写真はめちゃくちゃ映えた。

 『見て。新しい友情の証ー^^』

 そんなメッセージを写真と一緒に隆臣くんに送った。
 すると隆臣くんからはすぐに返事が来た。

 『早く帰って来て(泣)』

 切実な訴えだった。
 
「仕方がないな」

 隆臣くんにしてはよく頑張った方だろう。
 私は少しだけ急いでケーキを食べて、帰路についた。
 右手にはお土産の鶏卵饅頭、左手にはピンクの小鳥を持って。

 
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