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CASE3:戸村千景
3:誰にも言えない秘密(3)
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結局、私は答えを曖昧にしたまま泉くんと体を重ねた。
最低なことをした自覚はある。気持ちを返す気もないのにこういうことをするのは本当に良くない。
朝起きて隣で眠る彼を見た私は、罪悪感と幸福感で頭の中がぐちゃぐちゃになった。
*
『つまり何だ?要約すると、うっかり歳下の男に手を出したって話か?』
ベランダで遅めの朝日を浴びながら、電話を片手にタバコを吸う。
電話越しに聞こえた颯太の声には嘲笑が混ざっていた。
「出したんじゃないもん。出されたんだもん……」
『拒絶できたのにしなかった時点で手を出された、なんて言い訳は通用しないぞ?」
「うう……」
『ったく。しっかりしろよ、三十路女が』
「ぐぬぬ」
『んで?復縁する気はないのに関係を持ってしまったがために、その年下男が勘違いしてて困ってると?」
「別に勘違いはしてないよ。困ってるとかでもない。ただ……」
朝、目が覚めた泉くんは穏やかに頬えみ、私の気持ちはちゃんとわかっていると言った。
そしてその上で、これから積極的に復縁できるようにアプローチしていくと宣言した。
答えはYESしかいらない。強い口調でそう言った泉くんは昔の頼りなく可愛らしい印象とは異なり、強引で男らしかった。
「ただ、なんか居た堪れないの!」
色々と耐えられなくなった私は、自分のポリシーを曲げて颯太に電話してしまった。とにかく誰かに話を聞いて欲しかったのだ。
きっと電話越しの颯太は今、ニヤニヤと笑っているのだろう。
頼れる人が颯太しかいないことも、颯太の電話番号なんて覚えてないと言いつつも実はしっかり覚えていたことも、全部彼にバレてしまって私は猛烈に悔しい。
『ははっ。千景はバカだなぁ』
「わ、笑うなよぉ」
『もういっそセフレにすれば?』
「そんなことできるわけないでしょ。あんな純粋無垢な子を汚したくない」
『もう汚したくせに何言ってんだよ』
「確かにそうなんだけど!」
それを言われてはぐうの音も出ない。
颯太はひとしきり笑ったあと、深くため息をついた。
『……なあ、千景。付き合う気はないんだよな?』
「あ、当たり前でしょ!?」
『じゃあ、助けてやろうか?』
「どうやって?」
『俺が彼氏のフリをして、その男に俺の女に手を出すなって言ってやるよ』
「えー……」
それは後々面倒なことになりそうで嫌だな。
あと何故だろう。泉くんには颯太みたいなやつと付き合っているとは思われたくない。
「いいよ、そういうの。彼女に悪いし」
『彼女?あー、彼女は……、いない』
「え?もう別れたの?昨日の今日じゃん。何したのさ?」
『何で俺が何かやらかした前提なんだよ』
「だって毎回そうじゃん」
毎度毎度、浮気相手と鉢合わせしただの、彼女のすっぴんに文句言っただので平手打ちされて別れているやつが何を言っているのか。
私は自分の胸に手を当てて思い出してみろと笑った。
すると、電話の向こうの颯太がしばらくの沈黙ののち、すうっと大きく息を吸う音が聞こえた。
「……ん?颯太?」
『嘘だよ』
「え、何が?」
『そもそも彼女なんていない』
「………はあ?」
『ピアスの女は嘘。あれは妹のやつ』
「私がそんな話を信じると思ってんの?」
『思ってないけど本当だよ』
信じて。そう言う颯太の声はいつもの軽薄な声色とは違い、真剣だった。もしかすると彼の言っていることは真実なのかもしれない。だが、
「……その話が真実だとしたら意味わからなさすぎでしょ。何でそんな嘘つくのよ」
わざわざ私に彼女がいるアピールをする意味がわからない。私は首を傾げた。
『周期的な問題だよ』
「意味わからん。何の周期よ」
『男心がわからんやつだな。千景こそ自分の胸に手を当てて考えてみろ。鈍感女が』
「喧嘩売ってんのか」
『うっせぇ、バーカ』
何なんだこいつ。私はチャイムが鳴ったからと嘘をつき、電話を切り、時計を見る。
午前11:00。そろそろあずさが出勤してくるころだ。
「あずさに相談しようかな」
チェストに飾った小鳥のぬいぐるみが目に入ったせいか、不意に口をついて出た。
そして即座に、ダメだなと自分で否定する。
あずさは多分、私のくだらない悩みも真剣に聞いてくれて、答えが出るまで一緒に悩んでくれるだろう。そういう人だ。颯太みたく、笑ったりも茶化したりなんてしない。
けれど、相談するなら私の秘密も話さないといけなくなる。
「それは無理だなぁ」
どれだけ仲の良い相手にも、見せられない秘密ってあると思う。
私の場合は、タバコを吸うこと、ギャンブルをすること、セフレがいること。
それから……。
最低なことをした自覚はある。気持ちを返す気もないのにこういうことをするのは本当に良くない。
朝起きて隣で眠る彼を見た私は、罪悪感と幸福感で頭の中がぐちゃぐちゃになった。
*
『つまり何だ?要約すると、うっかり歳下の男に手を出したって話か?』
ベランダで遅めの朝日を浴びながら、電話を片手にタバコを吸う。
電話越しに聞こえた颯太の声には嘲笑が混ざっていた。
「出したんじゃないもん。出されたんだもん……」
『拒絶できたのにしなかった時点で手を出された、なんて言い訳は通用しないぞ?」
「うう……」
『ったく。しっかりしろよ、三十路女が』
「ぐぬぬ」
『んで?復縁する気はないのに関係を持ってしまったがために、その年下男が勘違いしてて困ってると?」
「別に勘違いはしてないよ。困ってるとかでもない。ただ……」
朝、目が覚めた泉くんは穏やかに頬えみ、私の気持ちはちゃんとわかっていると言った。
そしてその上で、これから積極的に復縁できるようにアプローチしていくと宣言した。
答えはYESしかいらない。強い口調でそう言った泉くんは昔の頼りなく可愛らしい印象とは異なり、強引で男らしかった。
「ただ、なんか居た堪れないの!」
色々と耐えられなくなった私は、自分のポリシーを曲げて颯太に電話してしまった。とにかく誰かに話を聞いて欲しかったのだ。
きっと電話越しの颯太は今、ニヤニヤと笑っているのだろう。
頼れる人が颯太しかいないことも、颯太の電話番号なんて覚えてないと言いつつも実はしっかり覚えていたことも、全部彼にバレてしまって私は猛烈に悔しい。
『ははっ。千景はバカだなぁ』
「わ、笑うなよぉ」
『もういっそセフレにすれば?』
「そんなことできるわけないでしょ。あんな純粋無垢な子を汚したくない」
『もう汚したくせに何言ってんだよ』
「確かにそうなんだけど!」
それを言われてはぐうの音も出ない。
颯太はひとしきり笑ったあと、深くため息をついた。
『……なあ、千景。付き合う気はないんだよな?』
「あ、当たり前でしょ!?」
『じゃあ、助けてやろうか?』
「どうやって?」
『俺が彼氏のフリをして、その男に俺の女に手を出すなって言ってやるよ』
「えー……」
それは後々面倒なことになりそうで嫌だな。
あと何故だろう。泉くんには颯太みたいなやつと付き合っているとは思われたくない。
「いいよ、そういうの。彼女に悪いし」
『彼女?あー、彼女は……、いない』
「え?もう別れたの?昨日の今日じゃん。何したのさ?」
『何で俺が何かやらかした前提なんだよ』
「だって毎回そうじゃん」
毎度毎度、浮気相手と鉢合わせしただの、彼女のすっぴんに文句言っただので平手打ちされて別れているやつが何を言っているのか。
私は自分の胸に手を当てて思い出してみろと笑った。
すると、電話の向こうの颯太がしばらくの沈黙ののち、すうっと大きく息を吸う音が聞こえた。
「……ん?颯太?」
『嘘だよ』
「え、何が?」
『そもそも彼女なんていない』
「………はあ?」
『ピアスの女は嘘。あれは妹のやつ』
「私がそんな話を信じると思ってんの?」
『思ってないけど本当だよ』
信じて。そう言う颯太の声はいつもの軽薄な声色とは違い、真剣だった。もしかすると彼の言っていることは真実なのかもしれない。だが、
「……その話が真実だとしたら意味わからなさすぎでしょ。何でそんな嘘つくのよ」
わざわざ私に彼女がいるアピールをする意味がわからない。私は首を傾げた。
『周期的な問題だよ』
「意味わからん。何の周期よ」
『男心がわからんやつだな。千景こそ自分の胸に手を当てて考えてみろ。鈍感女が』
「喧嘩売ってんのか」
『うっせぇ、バーカ』
何なんだこいつ。私はチャイムが鳴ったからと嘘をつき、電話を切り、時計を見る。
午前11:00。そろそろあずさが出勤してくるころだ。
「あずさに相談しようかな」
チェストに飾った小鳥のぬいぐるみが目に入ったせいか、不意に口をついて出た。
そして即座に、ダメだなと自分で否定する。
あずさは多分、私のくだらない悩みも真剣に聞いてくれて、答えが出るまで一緒に悩んでくれるだろう。そういう人だ。颯太みたく、笑ったりも茶化したりなんてしない。
けれど、相談するなら私の秘密も話さないといけなくなる。
「それは無理だなぁ」
どれだけ仲の良い相手にも、見せられない秘密ってあると思う。
私の場合は、タバコを吸うこと、ギャンブルをすること、セフレがいること。
それから……。
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