【完結】胎

七瀬菜々

文字の大きさ
30 / 39
CASE3:戸村千景

3:誰にも言えない秘密(3)

しおりを挟む
 結局、私は答えを曖昧にしたまま泉くんと体を重ねた。
 最低なことをした自覚はある。気持ちを返す気もないのにこういうことをするのは本当に良くない。
 朝起きて隣で眠る彼を見た私は、罪悪感と幸福感で頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 *
 
『つまり何だ?要約すると、うっかり歳下の男に手を出したって話か?』

 ベランダで遅めの朝日を浴びながら、電話を片手にタバコを吸う。
 電話越しに聞こえた颯太の声には嘲笑が混ざっていた。

「出したんじゃないもん。出されたんだもん……」
『拒絶できたのにしなかった時点で、なんて言い訳は通用しないぞ?」
「うう……」
『ったく。しっかりしろよ、三十路女が』
「ぐぬぬ」
『んで?復縁する気はないのに関係を持ってしまったがために、その年下男が勘違いしてて困ってると?」
「別に勘違いはしてないよ。困ってるとかでもない。ただ……」

 朝、目が覚めた泉くんは穏やかに頬えみ、私の気持ちはちゃんとわかっていると言った。
 そしてその上で、これから積極的に復縁できるようにアプローチしていくと宣言した。
 答えはYESしかいらない。強い口調でそう言った泉くんは昔の頼りなく可愛らしい印象とは異なり、強引で男らしかった。
 
「ただ、なんか居た堪れないの!」

 色々と耐えられなくなった私は、自分のポリシーを曲げて颯太に電話してしまった。とにかく誰かに話を聞いて欲しかったのだ。
 きっと電話越しの颯太は今、ニヤニヤと笑っているのだろう。
 頼れる人が颯太しかいないことも、颯太の電話番号なんて覚えてないと言いつつも実はしっかり覚えていたことも、全部彼にバレてしまって私は猛烈に悔しい。

『ははっ。千景はバカだなぁ』
「わ、笑うなよぉ」
『もういっそセフレにすれば?』
「そんなことできるわけないでしょ。あんな純粋無垢な子を汚したくない」
『もう汚したくせに何言ってんだよ』
「確かにそうなんだけど!」

 それを言われてはぐうの音も出ない。
 颯太はひとしきり笑ったあと、深くため息をついた。
 
『……なあ、千景。付き合う気はないんだよな?』
「あ、当たり前でしょ!?」
『じゃあ、助けてやろうか?』
「どうやって?」
『俺が彼氏のフリをして、その男に俺の女に手を出すなって言ってやるよ』
「えー……」

 それは後々面倒なことになりそうで嫌だな。
 あと何故だろう。泉くんには颯太みたいなやつと付き合っているとは思われたくない。

「いいよ、そういうの。彼女に悪いし」
『彼女?あー、彼女は……、いない』
「え?もう別れたの?昨日の今日じゃん。何したのさ?」
『何で俺が何かやらかした前提なんだよ』
「だって毎回そうじゃん」

 毎度毎度、浮気相手と鉢合わせしただの、彼女のすっぴんに文句言っただので平手打ちされて別れているやつが何を言っているのか。
 私は自分の胸に手を当てて思い出してみろと笑った。
 すると、電話の向こうの颯太がしばらくの沈黙ののち、すうっと大きく息を吸う音が聞こえた。

「……ん?颯太?」
『嘘だよ』
「え、何が?」
『そもそも彼女なんていない』
「………はあ?」
『ピアスの女は嘘。あれは妹のやつ』 
「私がそんな話を信じると思ってんの?」
『思ってないけど本当だよ』 

 信じて。そう言う颯太の声はいつもの軽薄な声色とは違い、真剣だった。もしかすると彼の言っていることは真実なのかもしれない。だが、

「……その話が真実だとしたら意味わからなさすぎでしょ。何でそんな嘘つくのよ」

 わざわざ私に彼女がいるアピールをする意味がわからない。私は首を傾げた。

『周期的な問題だよ』
「意味わからん。何の周期よ」
『男心がわからんやつだな。千景こそ自分の胸に手を当てて考えてみろ。鈍感女が』
「喧嘩売ってんのか」
『うっせぇ、バーカ』

 何なんだこいつ。私はチャイムが鳴ったからと嘘をつき、電話を切り、時計を見る。
 午前11:00。そろそろあずさが出勤してくるころだ。

「あずさに相談しようかな」

 チェストに飾った小鳥のぬいぐるみが目に入ったせいか、不意に口をついて出た。
 そして即座に、ダメだなと自分で否定する。
 あずさは多分、私のくだらない悩みも真剣に聞いてくれて、答えが出るまで一緒に悩んでくれるだろう。そういう人だ。颯太みたく、笑ったりも茶化したりなんてしない。
 けれど、相談するなら私の秘密も話さないといけなくなる。

「それは無理だなぁ」

 どれだけ仲の良い相手にも、見せられない秘密ってあると思う。
 私の場合は、タバコを吸うこと、ギャンブルをすること、セフレがいること。

 それから……。

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

処理中です...