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CASE3:戸村千景
7:さよなら
しおりを挟むあずさに相談して1週間後のこと。
泉くんをデートに連れ出した私は、海辺のカフェでブラックのコーヒーを飲みながら、全てを打ち明けた。
2年前に別れた理由、結婚したくない理由、子どもが欲しくない理由。全部を話した。
泉くんはただ黙って私の話を聞いていた。
彼の沈黙がこんなにも恐ろしく感じたことが今まであっただろうか。
私は呼吸することさえ躊躇した。
「い、今は妹にも悪いことしたなーって思ってはいるんだよ?でも、あの頃は私も子どもだったというか……」
自分で自分の恥を晒したくせに、何で言い訳なんてしてるんだろう。恥ずかしいやつ。私は自嘲するように笑った。マグカップを握る手に力が入る。
すると、泉くんは私の手にそっと触れた。その瞬間、自然と力が抜けた。私は無意識に泉くんの手に自分の手を重ねた。
自然と絡み合う指。混じり合う視線。
泉くんはフッと微笑んだ。
「どうしてその話を僕に?」
「そ、それは……」
「話してくれたってことは、僕と付き合う気になってくれたってことですか?」
「そ、そういうわけでは……」
「え、違うんですか?」
「いや、違くはないんだけど、何というか……。私でいいのかなって……」
「僕は千景さんがいいです」
「さっきの話を聞いても?」
「はい」
「私、結婚もしたくないし、子ども産みたくないんだよ?それでもいいの?」
「はい。僕も今は仕事が大変で結婚とか考えられないですし」
「泉くん……」
「2年前はただ千景さんとずっと一緒にいたくて、それだけの理由で大した稼ぎもないのに結婚したいと思ってました。多分、焦っていたんだと思います。千景さんは僕より大人だし、いつか誰かに取られちゃうんじゃないかと」
あの時はごめんなさい。泉くんはそう言って私の指先に口付けた。
指先から熱が伝わる。上目遣いの遠慮がちな視線が私を射抜く。
「千景さん」
「はい」
「もう一度言いますね」
「うん」
「好きです。僕と付き合ってください」
「…………はい」
私がそう答えると、泉くんは安堵したように大きなため息をこぼし、そして花が開くように満面の笑みを見せた。
可愛い。本当にこの子は可愛い。
壊れてしまいそうなほどに大きな音を立てて心臓が動く。
私はこの音を隠すようにグッと胸を抑えた。
***
「そんなわけで、彼氏できたから」
私はその日の夜には颯太に電話した。一応、相談に乗ってもらったわけだし、伝えておくのが礼儀というものだろう。
私の報告を聞いた彼は、しばらく黙ったまま何の返事も返さなかった。
「颯太?どした?」
『ばーか』
「はあ!?」
何なんだこいつ。腹が立つな。私はチッと舌を鳴らした。
すると電話口からスーッと大きく息を吸うような音が聞こえた。
『おめでとう』
いつもよりも低い声で、いつもよりも真っ直ぐな声色で颯太は言った。
彼が今どんな顔をしているのかはわからないけれど、とても真面目な顔をしている気がする。
私は彼らしくない雰囲気に戸惑いつつも、ありがとうと礼を言った。
『しかし、いつまで続くかねぇ?』
「どういう意味よ」
『別れたらまた連絡してってこと。体で慰めてやるから』
「別れないわよ。失礼ね」
『いや、きっとお前らはすぐに別れる。掛けてもいいぜ?』
また軽い口調に戻った颯太は、軽く予言した。
やはりこいつはこういう奴だ。私はもう一度強く、別れないと宣言した。
『千景。俺、しばらく彼女作らないから』
「へー」
『うわ、興味なさそー』
「だって興味ないもの。それに、その宣言はすぐに嘘になるもの」
『ならねーよ』
「ハッ!どうだか」
『だからさ、本当にいつでも連絡してこいよ』
「しないってば。しつこい」
『……はは。ごめんごめん』
「ったく。じぁあね。もう連絡することはないでしょうけど」
『ああ。まあ……、お幸せに』
「そっちこそ。そろそろ落ち着きなよ?」
『そのうちな』
「今まで色々とありがとう。颯太のいる時が一番気楽だったわ」
『俺も』
「……じゃ、お元気で」
『うん』
「……」
『じゃ……、また』
「また、はないよ」
『そうだったな』
「……」
『……』
私は何だか名残惜しい気持ちになり、なかなか電話を切ることが出来ない。
それは颯太も同じなのか、彼もなかなか電話を切らなかった。
「電話、切ってよ」
『そっちが切れよ』
「私のスマホ、今調子悪いから無理」
『なんだそれ』
颯太が笑う。私もつられて笑った。
なんとなく寂しい気がするのはきっと、今回で颯太との縁は完全に切れてしまうからだろう。颯太とは普通の友情は育めなかったけど、それでも大切な友人の一人であることに変わりはないから。
ーーーでも、ちゃんとしなくちゃ。
泉くんと真剣に付き合うのなら、颯太との関係はきちんと精算して置かなければならない。そうでなければ不誠実だ。
私は目一杯、息を吸い込んでゆっくりと吐き出した。
「……颯太、今までありがとう」
『やめろよ、照れるだろ』
「電話、私が切るね」
『……ああ』
「じゃ、さよなら」
私は颯太からの返事を待たずに電話を切った。
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