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ifの世界線のお話
24:ゼロに戻す
しおりを挟むシャロンが教会を出ようとした頃には、見事に一面雪景色だった。
故に、大雪で視界が遮られ、安全な運転ができそうにないと判断した運転手兼護衛は雪が落ち着くまで教会で暖を取ることにした。
見事にフラグを回収したシャロンは、教会の控室にある暖炉の前で深いため息をこぼす。
「ため息をつきたいのはこちらですよ、お嬢様。貴女が予定よりも公爵邸に入り浸るからこうなるんです」
「申し訳ない…」
呆れたように見下ろす運転手の男に、シャロンは困ったように眉を下げ、薄く笑った。
『サイモンならここで、文句を言いながらもさりげなく、借りてきた毛布を肩にかけてやるくらいの事をしてくれそうだ』、なんて一瞬でも思ってしまった彼女は本当に申し訳なさでいっぱいだった。
「そんなにサイモンが恋しいですか?」
「ふぇ!?」
「顔に出てます」
「別にそう言うわけじゃ…」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてそう言ってくる運転手に、シャロンは両手で顔を覆って誤魔化した。
そんなに顔に出ていただろうか。表情筋が死んでいると揶揄され続けてきた彼女はいつの間にか感情が表に出てくるようになっていた。
「…帰ってこないお嬢様を心配して、この雪の中を探してたりしそうですよね、サイモン」
「それは流石にないんじゃない?教会にいるって連絡入れたし」
「でも、奴はお嬢様にはドン引きするほど過保護ですよ?」
「そうなの?」
「はい。昔からお嬢様の知らないところで割と過保護発揮してますよ。この間だって…」
そう言って運転手はら昔からいかにサイモンがシャロンのことしか考えていないかを語り出した。
彼の話を聞き、シャロンは自分が思っていたよりもずっと昔から、彼に守られていたのだということを知り、自然と体が熱くなる。
運転手は、『みんなサイモンの気持ちに気付いていたのにお嬢様だけが気づいていなかったのだ』と揶揄うように笑った。
自分がそこまで鈍い人間だと思っていなかった彼女は『もうやめてぇ』と顔を真っ赤にして耳を塞いだ。
2人がサイモンの話の延長から昔話で盛り上がっていると、教会の神父が雪の中を訪ねてきた青年がいると、シャロンの借りていた控室に案内してきた。
青い顔をして震えている金髪碧眼の美少年は、彼女の顔を見ると安堵の表情を浮かべる。
「よかった、ここに居たんですね」
「…サイモン。どうしてここに?」
「どうしてって、なかなか帰ってこないからですよ。どんだけ心配したと思ってるんですか」
「雪で動けなくなったからって連絡したのに…」
「…え?そうなの?」
「うん…。行き違いになったのかしら?」
「まじかぁ…」
サイモンは力が抜けたようにその場に蹲った。
どうやら彼は、予定時刻を過ぎてもなかなか帰ってこないシャロンを心配して屋敷を飛び出してきたらしい。
結果は心配無用だと呑気に本を読んでいたハディスの言う通りだった。きっと帰ったら『ほらな』と鼻で笑われることだろう。考えただけでちょっとイラッとした。
「ね?過保護でしょう?サイモンって」
「そうね、あなたの言う通りだわ」
「おい、何の話だ」
「じゃあ、自分は毛布でももらってきますね」
「無視すんな、こら」
運転手はサイモンの抗議には何も答えず、彼の耳元で『しばらく帰ってこないから』と囁き、部屋を出て行った。
別にこんなところで2人きりにされても何もしないし、何もできない。
暖炉の前で神父の入れてくれたホットミルクを飲みながら、サイモンは『余計なお世話だ』と口を尖らせた。
2人きりの静かな部屋。パチパチと燃える炎を眺めながら2人は少し距離をつめて肩を寄せ合う。
形容し難い微妙な緊張感。別に2人きりになることも初めてではないのに、心臓の音が速くなる。
「…何の話してたんですか?」
「別に大した話じゃないわよ?ただの昔話というか」
「俺がいつからお嬢のこと好きだったかとか、そんな話でしょ?どうせ」
「…まあ、そんなところね」
「ふーん…」
「私、結構鈍かったのね」
「今更気づいたんですか?」
正直鈍いどころではない。わざとかと思うほど、シャロンはサイモンの気持ちに気がつかなかった。
あまりの鈍さに、だいぶわかりやすい方だと自分でも思っていた彼は、『これは遠回しに振られているのだろうか』と悩んだ時期さえあった。
「なんか、ごめんね」
「なんの謝罪ですか」
「鈍くて」
「鈍いところも好きなので謝らなくてもいいです」
さらっと好きとか言うサイモンに、シャロンはパッと目を逸らせた。
サイモンはそんな可愛らしい反応をする彼女に、思わず笑みがこぼれる。
以前なら絶対に見れなかった、異性として自分を指揮しているかのような初々し反応に心が躍る。
恥ずかしいのか目を合わさないようにするシャロンの髪にそっと触れると、サイモンは今朝つけた所有印を確認した。そしてそこにもう一度唇を近づける。
「な、なに!?」
「ん?確認」
「何の!?」
「俺のっていう確認」
「どういう意味!?」
突然の暴挙に困惑するシャロンは髪を直して首筋にある鬱血痕を急いで隠した。
これが彼の独占欲なのだと思うとなんだか気恥ずかしい。
一方のサイモンはそんな彼女を横目に見ながら、何かを言いかけては口を噤むという事を繰り返していた。
「…ねえ、お嬢」
「な、何!?」
「…いや、やっぱいい」
「え?何よ…。気になる」
「…いや、その、さ?その…どうだったかなと思って…」
「どうって…」
はっきりと言わないサイモンに、シャロンはキョトンと首を傾げた。
膝を抱えて顔を伏せるサイモンの耳が赤い。
そこで彼女はようやく彼が言わんとしていることに気がついた。
「ああ!そういうことね!」
クスクスと笑いながら、シャロンは離婚が成立したことを示す証明書を見せた。
決して喜ばしくはない紙切れのはずなのに、サイモンはその紙切れの存在がとても嬉しい。
「このたび、シャロン・カーティス改めシャロンジルフォードは、離婚歴1回の傷もの令嬢になりました!」
全てをゼロに戻した彼女は満面の笑みを浮かべて、敬礼した。
「傷モノになっちゃいましたね。もう嫁の貰い手ないんじゃない?」
「どうしましょう?誰かもらってくれる人はいないかしら」
「仕方がないので、可哀想なお嬢は俺がもらってあげます」
「あら、しょうがなくなの?」
「…うそ。しょうがなくない」
サイモンはシャロンの左手を取ると、薬指に口付けた。その時が来るまでの予約だと言わんばかりに。
そのまま、ゆっくりと顔を近づける二人。
暖炉の温もりを背に、神が見守る中、二人は静かに口付けを交わした。
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