【完結】狂愛の第二皇子は兄の婚約者を所望する

七瀬菜々

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5:ジェレミーの好きな人(1)

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「おかえり」

   ヨハネスは討伐帰りの弟の部屋の扉を少しあげると、そこからひょっこりと顔を出した。
 半裸でベッドに横になっていたジェレミーは、突然の兄の訪問に慌てて起き上がると、シャツを羽織る。
 慌てているせいか、ボタンがうまくかけられない姿が可愛らしい。ヨハネスはそんな弟の姿を見て思わず顔が緩む。

「……ニヤニヤするの、やめてください」
「していない」
「しています」

   どうせ可愛いとか思っていたのだろう。この兄は未だに弟を子ども扱いするが、当の本人はそれが心底気に食わない。
 ジェレミーは険しい顔ですうっと大きく息を吸い込むと、まるで意趣返しのようにヨハネスの前に跪いた。
 臣下の如く自分の前に首を垂れる弟に、今度はヨハネスが大きなため息をこぼす。

「ただいま戻りました。兄上」
「……それ、やめろ。不愉快だ」
「分を弁えねばなりませんので」
「ならば弁えた行動を取りなさい。皇帝陛下が後継をお選びにならない今はまだ、お前が首を垂れる人間は皇帝陛下ただ1人。つまり、お前は私の下にある者ではなく、私と肩を並べる者だ。過度な謙遜は逆に失礼だぞ」
「……わかりました」

   珍しく苛立ったような強い口調で言われたジェレミーは、仕方なく直立した。
 不服そうな彼に、ヨハネスは寂しそうに眉を顰める。
 
「ジェレミー・フォン・ベイル」
「はい。兄上」
「お前はもう少し自分の存在を認めるべきだ」
「……はい」
「それが出来ないのならば、お前が彼女に気持ちを伝えることを認めるわけにはいかない」
「はい……って。……え?今何と?」

   兄の言葉にジェレミーは目を見開いて顔を上げる。その顔は先ほどまでとは違い、年頃の青年のように爽やかでキラキラとしていた。
 ヨハネスはそんな弟にフッと笑みをこぼした。

「約束通り、私とリリアン・ハイネ嬢との婚約は破棄された」
「ほ、本当ですか!?」
「本当だよ。いいか、ジェレミー。私ができるのは、お前にチャンスを与えることだけだ。あとは彼女の気持ち次第だからな」
「はい! はい! ありがとうございます、兄上!」

 ジェレミーはヨハネスが今まで見たこともないような、それは花が綻ぶような可愛らしく、かつキラキラと輝く笑顔を見せてペコリと頭を下げる。
 この笑顔にはヨハネスだけでなく、彼の後ろに控えていたダニエルも一瞬『クッソ可愛いな、こいつ』と思ってしまった。

「お前はほんと可愛いな」
「兄上。それは褒め言葉にはなりませんと何度も申し上げましたが」
「自覚ないのか? 自覚なしにその笑顔はずるいぞ。男女問わず惑わされそうだ。変態には気をつけろよ」
「よくわかりませんが、気をつけます?」
「じゃあ、私は執務に戻るから」
「あ、やはりサボりでしたか」
「サボりじゃない。気分転換の散歩だ」
「それをサボりというのですよ、兄上」

   ジェレミーの言葉に激しく同意するかの如く、ダニエルは無言で何度も頷いた。やはりただのサボりだったらしい。

「では、俺も失礼しますね。兄上も早く仕事に戻ってください。あまりサボるとミュラー卿の胃に穴が開きそうです」
「そうだな……って、待て待て待て待て。おい、いつの間に身なりを整えたんだ? そして、今からどこへ行こうとしている?」
「どこって、彼女のところですよ。決まっているではないですか。善は急げです」
「急ぎすぎだ。馬鹿か、こら。お前は討伐帰りだろう。陛下への報告は済んだのか?」
「あー、多分キース・クラインが代わりに……」
「大事なことを部下に丸投げするな。今回はお前が指揮官だろうが」
「え。めんどくさ……」
「おい、今本音が漏れたぞ。珍しいな、この野郎」
「申し訳ありません。チャンスを掴み損ねたくないので、気が急いてしまいました」
「謝ってるのに頬を膨らませるな。あざとくて可愛いがやめなさい。お兄ちゃんはそんな安っぽいあざとさには騙されないぞ!」

   ヨハネスはジェレミーの膨らんだ頬を人差し指で潰すと、とりあえず報告だと念を押した。
 ジェレミーはわかったと返事をしたが、顔がわかっていない。明らかに愛しい彼女に会いに行くことしか考えていない顔だ。
 ヨハネスは仕方がないと、弟を謁見室に連行するようダニエルに命じる。
   ダニエルはその命令を心底嫌そうな顔で引き受けた。

(……絶対監視の目を弟に向けさせて、自分はサボるつもりだろう!)

   なんて思っても、命じられてしまえば反論できない。
 先に部屋を出たヨハネスの後ろ姿に怒りの眼差しを向けつつも、ダニエルは命令通り、ジェレミーを謁見室に連行しようと彼に近づいた。

「ジェレミー殿下……」
「……何だ?ミュラー卿」
「……」
「……」

  (………気まずい!)

 先の自分の発言のせいか、それとも何を考えているのかわからないその無表情かつ端正な顔立ちのせいか。
 ダニエルは妙な居心地の悪さを感じ、ジッとこちらを見上げる彼から視線を逸らせた。
 しかし、ジェレミーはそれを許さず、ダニエルの頬を掴むと強引に自分の方に顔を向けさた。
 あまりの距離の近さにダニエルはヒュッと息を呑む。

「な、何でしょうか、殿下」
「……ミュラー卿も瞳の色は金なのだな」
「はい、そうですが……。それが何か?」
「いや、少し気になっただけだ」
「はぁ、そうですか。まあ、珍しい色ではありますが……。あの、離していただけませんか?」
「ああ。すまない」

    至近距離でこの端正な顔を見ていたら変な気を起こしそうだ。そして変な気を起こしたら、その瞬間に第一皇子の手により首が飛ぶ。
 ダニエルは気をしっかり持てと深呼吸すると、姿勢を正した。

「では、ジェレミー殿下。謁見室までご案内いたします」
「ご案内されずとも場所はわかる。何年住んでいると思っているんだ」
「……間違えました。『お供します』が正しかったようです」
「お供しなくて良いから兄上の護衛に戻れ。どうせすぐに俺の護衛が半泣きで俺を謁見室まで連行するだろう」
「ああ。クライン卿ですか」

 キース・クライン。全体的に幸の薄そうな雰囲気の、灰色の天然パーマが特徴的な男で、ジェレミーの護衛……という名の奴隷である。護衛として配属されたはずなのに気づいたら補佐官の役割も押し付けられている哀れなやつだ。
 ダニエルは好んで危険な場所に行きたがる主人を持つと苦労するなとキース・クラインに同情した。
 
「承知いたしました。第二皇子殿下。では自分はヨハネス殿下の護衛に戻ります」
「ああ。廊下でキースに会ったら、早く来いと伝えておいてくれ」
「かしこまりました」

 ダニエルは追い払うように自分を追い出そうとするジェレミーに頭を下げると、主君の待つ第一皇子宮に帰っていった。
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