【完結】狂愛の第二皇子は兄の婚約者を所望する

七瀬菜々

文字の大きさ
21 / 80

19:押してしまったスイッチ(2)

しおりを挟む
「あ……」
「……やあ、リリアン」
「ご、ご機嫌よう。ジェレミー。お兄様に用事?」

 感情が読み取れない目で見下ろしてくるジェレミーに、リリアンは思わず一歩下がり、そして背後にある扉のドアノブに手をかけた。
 明らかに逃げようとしている。ヨハネスに助けを求めようとしている。
 ジェレミーはそれを察したのか、にっこりと微笑むとドアノブを触るリリアンの手に自分の手を重ねた。ドアノブを捻ろうとするリリアンとそれを阻止しようとするジェレミーの無言の攻防。
 室内で執務の続きをしていたヨハネスは、ガチャガチャと音を立てるドアノブを生暖かい目で見守っていた。

「兄上への用事はもう済んだのか?リリアン」
「ええ、終わったわ」
「そうか。登城して真っ先にここに来たみたいだったから、もっと時間がかかると思っていたのだけど、思っていたよりもずっと早く出てきたね」

 嫌に棘のある言い方である。まるで、『なぜ真っ先に俺のところに来ないのか』と責めているようだ。
 リリアンは誤魔化すような笑みを浮かべた。

「ほ、報告をね。しようと思って。ほら、大事な弟君を旦那様にもらうんだもの。ジェレミーのところに行く前にきちんと報告しておかないと、あのブラコン殿下が何を言ってくるかわからないでしょう? ね?」

 身振り手振りで、決してジェレミーが思っているような理由でここに来たわけではないと説明するリリアン。
 ジェレミーはそんな彼女の言葉にうっすらと頬を染めた。

「旦那様?」
「ん?」
「旦那様か……。いいな」
「そ、そう?」
「うん。良い響きだ」
「それはよかった……、です?」

 手で顔を覆い、照れるジェレミーにつられてリリアンもまた、顔を赤くした。
 何とも言えない微妙な沈黙。
 主人についてきただけのキースは、何を見せられているんだろうと遠い目をした。
 
「じゃあ行こうか」
「へ? どこに?」
「第二皇子宮。もう君の荷物は兄上のところから移してあるから」
「……へ?」

 ジェレミーはキョトンと首を傾げるリリアンをひょいと抱き上げると、人目も憚らず第一皇子宮の廊下を闊歩する。
 まだ正式にヨハネスとの婚約解消も、ジェレミーとの婚約も発表されていないのに、こんな姿を見られてはなんて噂されるかわからない。
 リリアンは両手で顔を覆って現実逃避した。


 ***


 リリアンが連れてこられたのは第二皇子妃の部屋だった。その部屋はジェレミーの部屋とは扉一つで行き来できるようになっており、室内にはすでにリリアンの荷物が置いてあった。

「ちょっと待って、ジェレミー。これはダメだよ」
「何がダメなんだ?」
「だって、まだ結婚もしていないのに、妃の部屋をあてがうなんて前例がない」

 横抱きされたままのリリアンは顔面真っ青でジェレミーを見上げた。妃の部屋は本来、結婚式の日に妃となった令嬢が立ち入ることの許される部屋だ。ヨハネスの婚約者だった時だって宮に部屋は用意されていたが、あくまでもその部屋は客室で、妃の部屋ではなかった。
 婚前にこんなことをしては、二人にそういう関係があると公言しているようなものだ。
 
「わ、私、この部屋使えないよ」
「どうして? どうせ結婚する仲なんだから、なんの問題もないだろ?」
「いやいやいや、あるよ! 問題しかないよ!」
「どの辺が?」
「婚前の、その……、アレは……。宗教的な観点からもアウトでしょ?」
「それは確かにそうだけど……。俺は結婚するまでは君に手を出す気はないぞ?」
「……え?」
「え、何? その反応。まさか、リリアンは俺と婚前交渉する気だったのか? 意外と積極的だな」
「ち、ちちちちちがーう!! そういうことを言ってるんじゃないの! 教皇庁はいつもジェレミーを目の敵にしてるでしょってことが言いたいの! こういう前例がないことしてたら、また嫌味言われ放題だよってことが言いたいの!!」

 リリアンは顔を真っ赤にしてポカポカとジェレミーの胸を叩く。違うと言いつつも、少しはそういう展開を想像したらしい。まあ、あれだけ熱烈なプロポーズをされてしまっては仕方がない部分もあるだろう。
 しかし、まさかリリアンがそんな想像をするとは思っていなかったジェレミーは、嬉しそうに小さく笑みをこぼすと彼女をぎゅっと抱きしめた。
 そしてそのままベッドに連行すると、優しく彼女をおろした。
 
「な、なぜベッドに?」
「あれ? 期待してたんじゃなかったの?」
「してないし!! 絶対してない!!」

 仰向けになったリリアンの肩口に手をついて、ニヤリと広角を上げながら彼女を見下ろすジェレミー。
 リリアンは彼の目が若干本気モードになってるような気がして、くるんと体をうつ伏せにすると、頭に枕を被った。

「本当に、本当の本当にダメだからね!?」
「どうしようかな」

 ダメだと言われたら欲しくなるのが人の性。
 枕の隙間から見えるリリアンの首は肩のあたりまで真っ赤に染まっており、とても美味しそうだ。
 ジェレミーは首にかかる彼女の白銀の髪を軽く避けると、その美味しそうな頸にガブリと噛み付いた。

「ひゃ!?」

 明らかに首を吸われている感覚があるのに、頭を押さえられて身動きが取れないリリアンは足をばたつかせながら抗議した。
 しかし抵抗虚しく、解放された彼女がベッドから飛び降りて鏡を確認すると頸には赤い鬱血痕がしっかりとついていた。
 もう当分、髪をアップにはできない。首筋を抑えたリリアンは顔を真っ赤にして涙目になりながらジェレミーを睨みつけた。

「綺麗についたな」
「さ、最低!」
「別に何もしていないだろ。ただ所有印をつけただけだ」
「それがダメだって言ってんの!!」
「なんで? 俺のものになるのが嫌ってこと? 昨日、約束したのに?」
「そうじゃなくて、普通に恥ずかしいじゃない! こんなの見られたら、周りから『あいつら、そういう仲になったんだ、へぇー』って目で見られるでしょうが!?」
「リリアンをそんな目で見てくるやつは目を潰してやるから安心しろ」
「いやいやいや、全然安心できないよね!?」

 何なんだろう、この違和感は。話していると時々、とても怖い目で見てくる。
 リリアンは体を守るように自分の肩を抱くと、扉の方まで後ずさった。
 
「……なんだか、おかしくない? どうしたの? ジェレミーって、そんな人だった? 性格変わりすぎじゃない?」
「そうか? 前からこんな感じだけど」
「違うよ! 前はもっとこう、可愛げがあった!」
「可愛げがなくなったのなら本望だ。俺は君に可愛いと言われるのがとても嫌だったからな」

 ジェレミーはベッドから降り、ジリジリとリリアンに近づく。
 不敵な笑みを浮かべて近づいてくる彼に、リリアンは目を逸らしたくなった。

 ジェレミーはこんな感じの人だっただろうか。
 確かに意地悪なところはあったが、基本的には優しくて、リリアンをよく慕ってくれていた可愛い弟だったはず。どちらかというと犬っぽくて、こんな獲物を狙う野生の狼みたいな目をした男ではなかったはずだ。

「な、何がしたいの?これからどうするつもりなの? 今、何を考えているの?」
「そんなに怯えないでくれ。俺はただリリアンが欲しいだけだ。君と結婚して君を一生俺に縛りつけたいだけ」
「縛りつけたいって……」

 リリアンの前まできたジェレミーは、彼女の髪に触れるとその毛先にそっと口付けた。
 どこか諦めたような目と、自分を悪人だと思っているような言い回し。
 リリアンはそんなジェレミーに、彼の昨日の言葉を思い出した。

「ねえ、もしかして、本当に私があなたのことを好きにならなくてもいいって思ってるの?」
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...