35 / 60
33:イーサン・ベレスフォードの情報(2)
しおりを挟む
昨夜雨が降ったせいか、今日の気温は少し低めだ。
(そう。だからこの肌寒さはきっと、気温が低いせい…)
マーシャは城のメイドからティーセットが乗ったワゴンを預かると、そっと執務室の扉を閉めた。
そして扉に向かって小さくため息をつく。
背後の空気が重い。
そこそこ広い皇帝の執務室の端に設置された茶色い革張りのソファには、ぎゅっと体を小さくしてつま先を見つめるアーノルドと、ピンと姿勢を正して硬直しているロイ、そして死人のような顔で足を組むイーサンの姿があった。
阿呆2人だけでなく、イーサンまでお葬式のような空気感を醸し出しているのはなぜかと言うと、先ほどロイの女装の経緯を聞かされたから。その内容の一部に、彼は引っ掛かっているらしい。
マーシャはそんな彼らの前にお茶を用意しながら、チラリとイーサンの方を見た。
「…ランドルフ嬢」
「はい、なんでしょう?」
「色々と気になる事とか言いたいことが沢山あるだが…その…。一番気になることを聞いても良いだろうか?」
「…はい、どうぞ。何なりとお聞きください」
「つまりは、自分はシエナ様に疑われていたという事だろうか?」
「…そういうことに、なりますね」
マーシャの言葉に、イーサンは両手で顔を覆う。
旧友の女装よりの理由よりも、シエナの餌作戦の内容よりも、自分が慕っているシエナに疑われていたという事実が彼には何より辛いらしい。
『気にするところ、そこかよ』と思いつつも、マーシャは正論をぶつける。
「…閣下には、その、閣下のお考えがあったことはわかりますが、知らされていない身としては疑わざるを得ません」
「わかっている。ごもっともな意見だ…」
イーサンは顔を隠しまま、大きくため息をついた。
実は彼、麻薬問題が深刻化し始めた2年ほど前からハワード枢機卿の関与を睨んでおり、独自で調査を行なっていた。
そして最近、漸く彼の懐に入り込めたので、そのことをアーノルドに報告するつもりでいたのだ。
まあ、その矢先に起きた愛人事件でタイミングを逃してしまっていたわけだが…。
“気のせい”で教会の重鎮にメスを入れることができないため、ある程度の情報が掴めるまでは大事にしないでおきたいと黙っていたのが裏目に出てしまったようだ。
お気の毒だが自業自得とも言える。
旧友に女装がバレたロイ。
旧友に阿呆な企みをしていたことがバレたアーノルド。
そして、慕っている女性に疑われていたことを知ったイーサン。
項垂れる3人を見てマーシャは思った。
-----このままでは話が進まない。
紅茶を配り終えた彼女は沈む3人を見下ろしながら、パンパンと2回手を叩く。
静まり返った室内にその音はよく響いた。
「陛下。貴方に落ち込む権利はありませんし、貴方の阿呆さは閣下もご存知のはずですから落ち込む必要はありません。落ち込んだところで手遅れなので無駄とも言えましょう」
「辛辣っ!」
「ロイ様。女装はよくお似合いですし、今の貴方は帝国のために女装しているのです。恥ずべき事ではありません。むしろ誇っていいくらいに良くお似合いです」
「その慰め、あまり嬉しくはない」
「そして閣下。疑われてようが疑われてなかろうが、シエナ様が貴方の方を向くことはありませんから、落ち込む必要はありません」
「待って。すごく傷口に塩を塗り込まれてる気分なんだが」
鬱陶しいから気持ちを切り替えろと言いたいのだろうが、マーシャのフォローはフォローになってない。
3人はそう抗議したが、彼女はその抗議に対し、舌打ちで返した。
「互いに色々と言いたいことはあるでしょうが、それは後にしましょう。私は先に話を進めたいです」
マーシャはスッと、テーブルの上にステュアート公爵からもらった紅茶の缶を置く。
そして、にっこりと微笑んでイーサンを見つめた。
「閣下もご協力いただけますよね?」
疑問系でこちらに協力するか否かの選択肢が与えられているにもかかわらず、なぜか否という選択肢を既に潰されているような気がしたイーサンは黙って大きく頷いた。
(そう。だからこの肌寒さはきっと、気温が低いせい…)
マーシャは城のメイドからティーセットが乗ったワゴンを預かると、そっと執務室の扉を閉めた。
そして扉に向かって小さくため息をつく。
背後の空気が重い。
そこそこ広い皇帝の執務室の端に設置された茶色い革張りのソファには、ぎゅっと体を小さくしてつま先を見つめるアーノルドと、ピンと姿勢を正して硬直しているロイ、そして死人のような顔で足を組むイーサンの姿があった。
阿呆2人だけでなく、イーサンまでお葬式のような空気感を醸し出しているのはなぜかと言うと、先ほどロイの女装の経緯を聞かされたから。その内容の一部に、彼は引っ掛かっているらしい。
マーシャはそんな彼らの前にお茶を用意しながら、チラリとイーサンの方を見た。
「…ランドルフ嬢」
「はい、なんでしょう?」
「色々と気になる事とか言いたいことが沢山あるだが…その…。一番気になることを聞いても良いだろうか?」
「…はい、どうぞ。何なりとお聞きください」
「つまりは、自分はシエナ様に疑われていたという事だろうか?」
「…そういうことに、なりますね」
マーシャの言葉に、イーサンは両手で顔を覆う。
旧友の女装よりの理由よりも、シエナの餌作戦の内容よりも、自分が慕っているシエナに疑われていたという事実が彼には何より辛いらしい。
『気にするところ、そこかよ』と思いつつも、マーシャは正論をぶつける。
「…閣下には、その、閣下のお考えがあったことはわかりますが、知らされていない身としては疑わざるを得ません」
「わかっている。ごもっともな意見だ…」
イーサンは顔を隠しまま、大きくため息をついた。
実は彼、麻薬問題が深刻化し始めた2年ほど前からハワード枢機卿の関与を睨んでおり、独自で調査を行なっていた。
そして最近、漸く彼の懐に入り込めたので、そのことをアーノルドに報告するつもりでいたのだ。
まあ、その矢先に起きた愛人事件でタイミングを逃してしまっていたわけだが…。
“気のせい”で教会の重鎮にメスを入れることができないため、ある程度の情報が掴めるまでは大事にしないでおきたいと黙っていたのが裏目に出てしまったようだ。
お気の毒だが自業自得とも言える。
旧友に女装がバレたロイ。
旧友に阿呆な企みをしていたことがバレたアーノルド。
そして、慕っている女性に疑われていたことを知ったイーサン。
項垂れる3人を見てマーシャは思った。
-----このままでは話が進まない。
紅茶を配り終えた彼女は沈む3人を見下ろしながら、パンパンと2回手を叩く。
静まり返った室内にその音はよく響いた。
「陛下。貴方に落ち込む権利はありませんし、貴方の阿呆さは閣下もご存知のはずですから落ち込む必要はありません。落ち込んだところで手遅れなので無駄とも言えましょう」
「辛辣っ!」
「ロイ様。女装はよくお似合いですし、今の貴方は帝国のために女装しているのです。恥ずべき事ではありません。むしろ誇っていいくらいに良くお似合いです」
「その慰め、あまり嬉しくはない」
「そして閣下。疑われてようが疑われてなかろうが、シエナ様が貴方の方を向くことはありませんから、落ち込む必要はありません」
「待って。すごく傷口に塩を塗り込まれてる気分なんだが」
鬱陶しいから気持ちを切り替えろと言いたいのだろうが、マーシャのフォローはフォローになってない。
3人はそう抗議したが、彼女はその抗議に対し、舌打ちで返した。
「互いに色々と言いたいことはあるでしょうが、それは後にしましょう。私は先に話を進めたいです」
マーシャはスッと、テーブルの上にステュアート公爵からもらった紅茶の缶を置く。
そして、にっこりと微笑んでイーサンを見つめた。
「閣下もご協力いただけますよね?」
疑問系でこちらに協力するか否かの選択肢が与えられているにもかかわらず、なぜか否という選択肢を既に潰されているような気がしたイーサンは黙って大きく頷いた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3,461
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる