8 / 74
第一部
7:眼球にキス
しおりを挟む私室に戻ったモニカは謁見用のドレスを着たままベッドに倒れ込んだ。
天蓋付きの豪華なベッド以外、比較的シンプルな家具で揃えられたその部屋の片隅には、高そうな謎の絵画や装飾品、ドレスの箱などが乱暴に積み上げられている。
彼女はそれらに軽蔑の視線を向けると、深くため息をついた。
「また増えてる…」
これらは全て彼女の母からの贈り物だ。
モニカの母親は貧乏男爵家の娘だった。品性のかけらも無いような女だが、それでも容姿だけ女神のように美しかった。
あれは遠い昔のこと。実家の都合で婚約破棄され、路頭に迷っていたところを学園時代の友人である皇后に拾われて、彼女の侍女となった。
そして、皇后を慕うフリをして生活しながら、彼女に気付かれないように皇帝に近づき…。
一夜を共にした。
皇帝が言うには、彼女はまるで蛇のように絡みつき、娼婦のように彼を誘ったそうだ。
結局手を出しておいて被害者ヅラはどうかと思うが、皇帝にもそう言わねばならない事情があったのだろう。
そう、そのたった一度の夜で生まれたのがモニカだった。
皇帝の血を引くモニカを宙ぶらりんの立場にしておくことができなかった貴族たちは、結果としてモニカの母を2番目の妃として迎え入れた。
だから、この城の人間も貴族連中もみんな、モニカを嫌う。
自分によくしてくれていた皇后を裏切り、まんまと本来いなかった第二夫人の座に収まった女の娘だから、当たり前と言えば当たり前だ。
中には娘のモニカには罪がないと言っている人もいるようだが、それでも皇后の不興を進んで買いたくはないため、誰も彼女には近づかない。
よって、彼女のそばにいるのは主に物好きな騎士ジャスパーのみであり、着替えや入浴以外の彼女の世話はほとんど彼が行なっている。
「姫様、お着替え手伝いましょうか?」
ジャスパーは卑猥な手つきでベットに横たわるモニカに近づく。
モニカは体を起こすと、枕を投げつけて出ていけと命令した。しかし当然、素行不良の騎士は言うことを聞かない。
「俺は姫様のお世話係でもあるんです。さあさあドレスがシワになる前に脱いでしましましょう」
「その手つきやめなさいよ、気持ち悪い。着替えくらい一人でできるわ。そこらへんの一人じゃ何もできない令嬢と一緒にしないでくれる?」
「そういえばそうでしたね。姫様には着替えを手伝ってくれる侍女などいませんからね。そりゃあ、自分で着替えるしかないですよね」
「馬鹿にしてるの?」
「尊敬しているんです」
馬鹿にした口調で尊敬していると言うなど、やはり馬鹿にしている。
モニカはふんと顔を背けた。するとまた視界に入る贈答品の山。
(馬鹿馬鹿しい…)
歳をとるにつれて失われた美貌。皇帝に相手にされなくなったアイラは与えられた離宮に篭り、割り当てられた費用を使い込んで贅沢をするようになった。
その費用は第ニ妃とその娘のための費用なのだが、それがモニカに渡ることはなく、周囲の声が気になるときだけこうして申し訳程度に贈り物をしてくるのだ。
本当に身勝手だ。自分の行いのせいで娘がどんな生活をしているのか考えたことがないのだろうか。
「大人って勝手ね、ジャスパー」
「ええ、そうですね」
「私はまともな大人になりたいわ」
「そうですね。ちなみに姫様が思うまともな大人とはどんな大人ですか?」
ジャスパーはモニカにラベンダーのハーブティーが並々入ったティーカップを手渡すと、無礼にも主人のベッドに腰掛けた。
「どんなって…。誠実で実直?嘘つかないとか…」
「約束は守るとか?」
「そうね、約束は守らないとダメね」
「はい、言質とった」
ジャスパーはニヤリと口角を上げると、半分くらい飲み終えたハーブティーのカップをモニカから取り上げて、それを近くのテーブルに置く。
モニカは何をするのだと抗議する間もなく、次の瞬間にはベッドに押し倒されていた。
「何のつもりよ」
「賭けに勝ちました」
「ああ、アレね」
つい先ほど、謁見の間に行くまでの廊下で話していたことだ。冗談のつもりだったのだが、真に受けてしまっていたのなら仕方がない。
モニカは自分の発言の責任を取るべく、ジャスパーの腹部に膝蹴りを喰らわせ、彼が怯んだ一瞬の隙にスッと体勢を整えて、彼の腹の上に跨った。
「もしかして、キスしてくれるんですか?」
「そうよ。してあげるから目を大きく見開きなさい」
「何で眼球にキス!?」
「どこにキスするかは指定されていないもの。そして私はその目玉を舐め回してやると言ったわ」
「眼球を舐め回すのはどうかと思います」
「大丈夫よ。私の舌に毒はないから失明することはないはず。知らないけど」
緩やかに波打つ長い髪を耳にかけ、モニカはゆっくりと彼の目に自分の唇を近づける。
その美しい顔面がすぐ目の前にあるせいか、ジャスパーは頬を赤らめた。そしてぎゅっと目を閉じる。
「目を閉じていてはキスできないわ。ジャスパー」
「キスは目を閉じてするものだと思います!」
「そういう固定概念に囚われていては新たな発見などないわよ」
「それは新たな性癖を見つけろという事でしょうか!?」
「ふふっ。そうね。私が開発してあげましょう」
モニカは小さく笑みをこぼすと、結局彼の瞼にキスを落としてベッドから降りた。
ジャスパーはゆっくりと目を開けて自分の瞼を触る。
「これでよろしくて?」
「…あ、はい…そうっすね…大丈夫です…あざっす」
残念なような、嬉しいような複雑な心境のジャスパーはとりあえず今日一日顔を洗わないことに決めた。
25
あなたにおすすめの小説
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
【完結】捨てられ令嬢の冒険譚 〜婚約破棄されたので、伝説の精霊女王として生きていきます〜
きゅちゃん
恋愛
名門エルトリア公爵家レオンと婚約していた伯爵令嬢のエレナ・ローズウッドは、レオンから婚約破棄を宣言される。屈辱に震えるエレナだが、その瞬間、彼女にしか見えない精霊王アキュラが現れて...?!地味で魔法の才能にも恵まれなかったエレナが、新たな自分と恋を見つけていくうちに、大冒険に巻き込まれてしまう物語。
【完結】公爵家のメイドたる者、炊事、洗濯、剣に魔法に結界術も完璧でなくてどうします?〜聖女様、あなたに追放されたおかげで私は幸せになれました
冬月光輝
恋愛
ボルメルン王国の聖女、クラリス・マーティラスは王家の血を引く大貴族の令嬢であり、才能と美貌を兼ね備えた完璧な聖女だと国民から絶大な支持を受けていた。
代々聖女の家系であるマーティラス家に仕えているネルシュタイン家に生まれたエミリアは、大聖女お付きのメイドに相応しい人間になるために英才教育を施されており、クラリスの側近になる。
クラリスは能力はあるが、傍若無人の上にサボり癖のあり、すぐに癇癪を起こす手の付けられない性格だった。
それでも、エミリアは家を守るために懸命に彼女に尽くし努力する。クラリスがサボった時のフォローとして聖女しか使えないはずの結界術を独学でマスターするほどに。
そんな扱いを受けていたエミリアは偶然、落馬して大怪我を負っていたこの国の第四王子であるニックを助けたことがきっかけで、彼と婚約することとなる。
幸せを掴んだ彼女だが、理不尽の化身であるクラリスは身勝手な理由でエミリアをクビにした。
さらに彼女はクラリスによって第四王子を助けたのは自作自演だとあらぬ罪をでっち上げられ、家を潰されるかそれを飲み込むかの二択を迫られ、冤罪を被り国家追放に処される。
絶望して隣国に流れた彼女はまだ気付いていなかった、いつの間にかクラリスを遥かに超えるほどハイスペックになっていた自分に。
そして、彼女こそ国を守る要になっていたことに……。
エミリアが隣国で力を認められ巫女になった頃、ボルメルン王国はわがまま放題しているクラリスに反発する動きが見られるようになっていた――。
偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子オレンに婚約破棄された侯爵令嬢ライアー・ユースティティア。
だが、それは彼女にとって「不幸の始まり」ではなかった。
国政を放棄し、重税と私欲に溺れる暴君ロネ国王。
その無責任さを補っていた宰相リシュリュー公爵が投獄されたことで、
国は静かに、しかし確実に崩壊へ向かい始める。
そんな中、変身魔法を使えるライアーは、
国王の身代わり――偽王として玉座に座ることを強要されてしまう。
「王太子妃には向いていなかったけれど……
どうやら、国王にも向いていなかったみたいですわね」
有能な宰相とともに国を立て直し、
理不尽な税を廃し、民の暮らしを取り戻した彼女は、
やがて本物の国王と王太子を“偽者”として流刑に処す。
そして最後に選んだのは、
王として君臨し続けることではなく――
偽王のまま退位し、名もなき人生を生きることだった。
これは、
婚約破棄から始まり、
偽王としてざまぁを成し遂げ、
それでも「王にならなかった」令嬢の物語。
玉座よりも遠く、
裁きよりも静かな場所で、
彼女はようやく“自分の人生”を歩き始める。
【完結】第一王子と侍従令嬢の将来の夢
かずえ
恋愛
第一王子は、常に毒を盛られ、すっかり生きることに疲れていた。子爵令嬢は目が悪く、日常生活にも支障が出るほどであったが、育児放棄され、とにかく日々を送ることに必死だった。
12歳で出会った二人は、大人になることを目標に、協力しあう契約を交わす。
虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ
あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。
その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。
敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。
言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。
残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……
偽りの婚約者だった公爵令嬢、婚約破棄されてから本物の溺愛をされるまで
nacat
恋愛
平民出身ながら伯爵家に養子に入ったリリアーナは、王太子の婚約者“代役”として選ばれた。
王家の都合で結ばれたその関係に、彼女は決して本気にならないはずだった。
だが、王太子が本命の公爵令嬢を選んで婚約破棄を告げた瞬間、リリアーナは静かに微笑んだ――。
「お幸せに。でも、“代役”の私を侮ったこと、きっと後悔させてあげますわ」
婚約破棄後、彼女は外交の任務で隣国へ。
そこで出会った冷徹な将軍との出会いが、すべてを変えていく。
“ざまぁ”と“溺愛”がスパイラルのように絡み合う、痛快で甘くて尊い恋愛劇。
///////
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる