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第一部
8:姫様とティータイム(1)
しおりを挟む無事にキスしてもらえたジャスパーは、自分で淹れた紅茶を片手にドライフルーツをつまみながらモニカの対面に座り、優雅に午後のティータイムを楽しんでいた。
普通は主人と同じテーブルにつくことなど恐れ多いと言って拒むものだが、彼はむしろ積極的に同じテーブルでティータイムを楽しむタイプらしい。
「遠慮という言葉を知らない状態で育つとこうなるのね。貴方、末端でも一応は貴族でしょう?」
「末端の末端だから誰も俺を教育しなかったんですよ。何たって貧乏子爵家の3男ですから」
「それでも騎士団でそういうマナー的なこととか、指導されるでしょうに」
「必要となればちゃんとした騎士として振る舞えるので問題ありません。俺は意外と器用なのです」
「貴方が器用なことは知っているわ。というか、きちんと振る舞えるのなら私の前でもきちんと振る舞いなさいよ」
「姫様とは近しい関係でいたいもので」
「近しいと無礼は違うのよ、馬鹿者。紅茶のおかわり入れて」
「かしこまりました」
モニカは彼にティーカップを渡すとお茶のおかわりを入れさせる。紅茶を淹れる技術もその仕草や立ち姿も全部完璧なのに、性格に難があり過ぎて残念だ。
モニカは机に頬杖をつき、大きく声に出してため息をついた。
「そんなに嫌ですか?ノア様」
「誰もノア様のことなんて言ってないでしょう。ちょっとは自分のことかも、とか思わないわけ?」
「なるほど、俺を思うが故のため息ですか。そんなに強く思っていただけてうれしいです」
「脳内お花畑か。今度からオフィーリアって呼ぶわよ。もしくはジョシュア」
「人の名前を蔑称として使うのはおすすめできませんね。はい、おかわり」
「本当、ああ言えばこう言う男ね。どうも、ありがとう」
「褒め言葉として受け取っておきます」
にこっと微笑み、新しい紅茶とそれに合いそうなクッキーをモニカの目の前に出したジャスパーは、再び席に着く。
よくモニカは『ああ言えばこう言う!本当に口の減らないやつだ』と怒られるが、長年この男がそばにいる影響も大きいと思う。
「しかし、何で今更ノア様なんですかねー」
「さあね、私にはわからないわ」
「婚約解消して今年で3年でしたっけ?」
「そうね、婚約を解消したのが私が13歳、彼が23歳の時だったから」
あれから3年。その間に2度も婚約が破談となったのだと思うと、ちょっと辛い。
モニカは少し惨めな気分になりながら紅茶を啜った。
「犯罪級の歳の差」
「貴族社会では当たり前の歳の差だと思うけれど。貴方の元上官のアンダーソン伯爵だって奥様は15も年下でしょう?」
「隊長は精神年齢低めなので、15歳差くらがちょうどいいんだと思います」
「では貴方の婚約者もそのくらいの歳の差でちょうどいいのかもしれないわね」
「それは姫様が俺と結婚したいってことでいいですか?」
「誰もそんなこと、一言も言っていないわ。馬鹿なの?」
「違うんですか。残念です。しかしまあ、3年ということはノア様もう26ですか…」
ジャスパーは右斜め上を見ながら小さく息を吐いた。
結構いい歳だ。王国で結婚していてもおかしくないくらいの歳だ。正直、もう向こうで婚約くらいはしていると思っていた。
ノアには何か欠陥でもあるんじゃないかと彼は言い出した。
「結婚していないことで彼を欠陥品呼ばわりするのなら、彼より二つ下なだけなのに、いまだに婚約者すらいない貴方も大概欠陥品よね」
「俺は姫様一筋なので」
「ただ単に遊び足りないだけでしょうが」
「そんなに遊んでません」
「嘘おっしゃい。先日もこの宮に新しく配属されたメイドたちに片っ端から手を出したのを私はちゃんと覚えているのよ?おかげで、メイドの休憩室が修羅場と化して刃傷沙汰になり、もれなく全員解雇になったのに忘れたとは言わせないわ」
モニカはキッとジャスパーを睨みつけた。
基本的にモニカに側仕えはいない。忘れた頃に部屋付きが配置されるのだが、大体の場合が一週間足らずでやめていく。
理由としては色々あるが、1番はこの軽薄な男が片っ端からメイドに手を出して一悶着起こすからだ。
モニカの部屋は皇女宮にはなく、宮殿の左翼を抜けて渡り廊下を渡った先にある不自然に増築された小さな塔に置かれている。
これは『モニカを皇族として認めたくはないが、母親とは違い、皇帝の血を引いているので城の中には置いておかなければならない』という、複雑な事情を抱えた城の人間の苦肉の策だったらしい。
そういう経緯もあり、モニカの部屋付きになることはメイドにとっては左遷も同然。
そのせいか、その配置換えに不満をもつメイドは皆、この塔に来るとストライキだとでも言うかのように働かない。
ジャスパーはそんな彼女たちに、『仕事ないなら俺といいことしよう』と言って、片っ端から手を出しては毎度事件を起こさせて彼女たちを解雇処分に導いているのだ。
モニカとしては特にメイドがいなくても困ることはないのでなんの問題もないが、メイドたちのことを思うと流石に可哀想にもなる。
「泣きついてきたうちの一人に、ジャクソン侯爵家への紹介状を渡してあげた私って本当に優しいと思わない?」
職を失うメイドに新しい職場を紹介してやった自分を褒めろと言わんばかりに、モニカは胸を張った。
すると、そう言う彼女をジャスパーは半眼で見る。
「ジャクソン侯爵夫人ってめっちゃ怖いことで有名じゃないですか。むしろ鬼でしょ」
自分の仕事もろくにせず、逆に主人に対して嫌がらせをするようなメイドを、あの侯爵夫人が丁重に扱うはずがない。
モニカはそれをわかった上で、『夫人の元でキツく扱かれればいい』と紹介状を渡したのだとジャスパーは主張した。
すると、モニカは薄く笑みを浮かべて紅茶を啜る。
「夫人は怖いけれど理不尽な人じゃないわ。普通に城勤めをしていたのならすぐに馴染めるはずよ」
「あのメイドが普通に働けるとは思いませんがね。散々サボって、まともに洗濯物できないのに」
「ならちょうどいいわ。今後のために鍛えてもらえるのだから」
そう言ってモニカがにこっと微笑むと、ジャスパーは小さな声で『やっぱり鬼だ』とつぶやいた。
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