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第一部
11:姫様と騎士(2)
しおりを挟む遠い昔、モニカが生まれた頃。
彼女は生まれてすぐに母親である第二妃の手を離れ、その当時唯一雇っていた乳母のノーセス子爵夫人、つまりジャスパーの母親の手によって育てられた。
ノーセス子爵夫人は当時、自分の屋敷を離れて自らの末の娘エリザとともにこの城に住み込み、モニカのお世話をしていたそうだ。
母親の第二妃はたまに様子を見にくる程度で基本的には子育てにノータッチ。城のメイドも必要最低限の手助けしかしない状況で、夫人はただただ、子どもに罪はないという正義感だけでモニカを6歳まで育て上げた。
幸いにも、モニカとエリザは本当の姉妹のように仲良くなり、この隔離された塔ですくすくと育った。
だがモニカが生まれてから6年間。夫人が家に帰れたのはほんの5回ほどだった。
モニカが生まれた当時、まだ8歳だったジャスパーは、自分の生まれたばかりの妹や母を奪ったモニカが憎くてたまらなかったらしい。
そんなある日、モニカが6歳になったばかりの頃、将来のことを考えて騎士団の入団試験でも受けようかと考えていたジャスパーは下見のために城を訪れていた。
そしてもうすぐ帰ろうかと、正門の方へと向かう道中。彼は第二皇女と第三皇女に頭から水をかけられている第四皇女の姿を目撃した。
(助けるべき…か?)
母親が育てている第四皇女の噂は知っている。とんでもない悪女の娘らしい。
助ける義理もなければ、下手をすると皇后の怒りを買う可能性だってある。
ジャスパーは見なかった事にしてその場を立ち去ろうとした。
だがその時、今度は逆に姉たちの悲鳴が聞こえた。
彼が興味本位で先程の場所に戻ると、第二皇女と第三皇女が同じようにびしょ濡れになっているではないか。
驚いたジャスパーは物陰から彼女たちの様子を覗いた。
『あらあら、大丈夫ですか?お姉様』
『な、何するのよ!』
『私は何もしていませんわ、お姉様たちとは違って』
『なっ!?』
『私はお姉様たちが勝手に怒って私に殴りかかろうとなさったから、仕方なく避けただけですわ。そうしたらお姉様が偶然にあちらで掃除に使ったバケツの水を下に捨てようとしていたメイドに遭遇してしまっただけです』
モニカはそう言うと、2階の窓を指差した。
そこにはひっくり返したバケツを持つ顔面蒼白のメイドの姿があった。
第二皇女はそのメイドに対して、役立たずと叫んだ。どうやら彼女はこの意地悪な姉2人の仕込みだったらしい。
自分で仕掛けたワナに自らが嵌ってしまうという間抜けさに、ジャスパーは思わず吹き出してしまった。
モニカは着ていたドレスを軽く縛ると、悔しがる2人の姉を置いて何食わぬ顔でその場を立ち去った。
去り際、物陰に潜むジャスパーの横を通った彼女は水で濡れた蜂蜜色の髪を靡かせ、クスッと声を漏らす。
『のぞきなんて、悪趣味ね』
妖艶に微笑む彼女は確かにアイラの娘だとジャスパーは思った。
惑わされそうな程に美しい。
理不尽ないじめに屈しない堂々とした立ち居振る舞いに、結構距離があったのにも関わらず、覗いていることを悟られていた事。
そしてその上で『何故助けなかったのか』と詰め寄ることもせず、微笑みを向けるだけの余裕がある事。
彼はたった6歳のモニカに心奪われた。
別にその時は恋だったわけじゃない。
ただ、この人に仕えたいとそう思ったそうだ。
その後、ジャスパーは第四皇女モニカの側仕えとなるべく、騎士団の入団試験を受けた。
幸いにもジャスパーには剣の才能があり、成績トップで騎士団に採用され、すぐに第一近衛騎士隊に配属された。
そこはエリート中のエリートが所属する隊。彼はそこでモニカの護衛となるために努力した。
その結果、なぜか第一皇女の護衛となってしまった。
その当時彼は失念していたのだ。モニカは皇族の中でも最下位の人間。優秀であればあるほど、彼女の側にはいけないのだということを。
『まずい。このままでは姫様が1人になってしまう』
ジャスパーは焦った。
何故なら、ちょうどその頃。
モニカが乳母であるノーセス子爵夫人に暇を出したのだ。
この伏魔殿のような場所は今後のエリザの教育によろしくないと、彼女は自分のために乳母の役割を終えても侍女として残ってくれていた夫人を説得した。
そして踏み倒されていた給与をどこからか全額かき集めてきた彼女は夫人にそれを渡して、今までの感謝を伝えたらしい。
夫人は長年の疲労とモニカの固い意思に負けて、城を去った。
しっかりしていても当時はまだ7歳だ。
寄り添ってくれる大人が側にいないという状況は良くない。
ジャスパーは手っ取り早くモニカのそばに行くために自身の評判を落とした。
そして彼女が8歳の時、素行不良で手に終えなくなったジャスパーは第一皇女の護衛を解雇され、正式に第四皇女の護衛騎士となった。
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