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第一部
39:たった一度の反撃(1)
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約一月後のこと。
車椅子を押す妹と共に『王の庭園』の東屋に通されたジャスパーは、そこで待っていた第一皇女エレノアの前に顧客リストと紹介状、そしてドレスの端切れを並べた。
彼女に忠誠を誓った騎士たちに囲まれた彼らには、言い知れぬ緊張感が走る。
目の前に並べられた見下ろたエレノアは、騎士たちを下がらせると余裕の笑みを浮かべてジャスパーを見つめた。
モニカと同じ、宝石のような碧の瞳で見つめられ、彼は一瞬だけ体をこわばらせる。
「貴方から話があると言われて期待したのに、損した気分だわ。ジャスパー・オーウェン」
せっかく特別にこの場所へと招待したのに、気分が悪いと彼女は笑みを崩さずに言い放つ。
緩く巻いた赤茶色の髪が風に揺れ、仄かに香るさわやかな薔薇の香油の匂いが鼻をついた。
その香りに反して、気分は不快だ。
「何を期待されたのでしょう」
「貴方が私の元へと戻ってくるつもりなのだという期待よ」
「それは初耳です。第一皇女殿下がこの俺如きをご所望だったとは」
「求めてはいないわ。貴方が貴方の意思で戻ってくるのなら、受け入れてあげないこともない思っているだけよ」
「それはそれは、ご期待に添えず申し訳ございません」
ジャスパーは貼り付けた笑みで、全くそう思っていないような口調で一応謝罪した。
エレノアに仕えたのは、ほんの一年ほど。
確かに第一皇女付きから第四皇女付きに代わるとき、嫌だと泣き疲れた記憶はあるが、まさかまだ自分を求めているとは思わなかった彼は、内心かなり驚いている。
「それで?私に何のお話かしら」
「第四皇女殿下ならびに、グロスター公ノア・アルダートン様の殺害未遂について、動機などをお聞かせ願えればと」
「あら?探偵ごっこ?無駄ではないかしら。この程度の証拠で私が二人を殺そうとしたとでも言うつもり?」
「ええ。そのつもりです」
「ふふっ。馬鹿にされたものね」
エレノアは扇を開き、口元を隠しながらクスクスと笑う。
ジャスパーの主張を認める気はないけれど、仮に自分が関与していたとしても実行犯ではないからなんの罪にも問われないと彼女は言った。
爆弾を作ったのはジョシュア、起爆装置を押したのはアンダーソン伯爵。
ホークスについては容疑者を複数炙り出せてもそこから絞り込むことは不可能だ。
こんなお粗末な物的証拠で何ができるとエレノアはジャスパーを嘲笑う。
「モニカのために必死ね。解雇されたのに健気なことだわ」
「解雇されておりませんよ。そんな権限などあの方にはありませんから。その事は貴方の方がよくご存知なのでは?」
「…そういえば、そうだったわね」
エレノアは少し悔しそうな顔をして、紅茶の入ったティーカップに手をかけた。
そして、並々と入れられた紅茶をこぼさぬように気を使う素振りすらなく、自然に口元へと運ぶ。
所作まで全て完璧で美しい。おそらくモニカなど足元にも及ばないだろう。
モニカには与えられなかった教育の賜物だ。ジャスパーにはその育ちの良さまで全てが憎らしい。
「解雇の話は姫様の愛情の裏返しです。俺の姫様は意地っ張りなので、大事なものほど遠ざけようとするんです。可愛いでしょう?」
「すっかりあの女に毒されたのね。流石はあの毒婦の娘だわ」
モニカを思い、優しく微笑むジャスパーに、エレノアは微かに声を振るわせてそう言った。
その一言にはモニカの全てを否定する感情が含まれていた。
「それはどういう意味でしょう?」
「どういう意味?貴方がそれを聞くの?貴方は私の騎士だったのよ?それをあの女が奪ったの。しかもあろう事か隣国にまで連れて行くというじゃない!」
そんなこと許されるわけがないとエレノアは声を荒げた。
「わたくしは貴方を連れて行くことを許した覚えなどないわ。助けてもらった恩も忘れて人のものを奪うだなんて、血は争えないわね」
「なるほど、それが動機でしたか」
ジャスパーは眉を顰めた。
急にモニカを狙い出したのは彼が彼女について国を出る事を決めたかららしい。
まるでジャスパーが元から自分のものであったかのように話すエレノアに、ジャスパーは乾いた笑みをこぼす。
「いやぁ、モテる男は辛いですね。…しかし、殿下は一つ勘違いをなさっているようだ」
「…勘違い?」
「俺は初めからずっと、モニカ様の騎士だ。悪いが貴女に心からの忠誠を誓ったことなど、一度もない」
「なっ!?」
「勘違いしないでもらえます?あの人に出会ったその瞬間から、俺の全てはあの人のものだ」
車椅子を押す妹と共に『王の庭園』の東屋に通されたジャスパーは、そこで待っていた第一皇女エレノアの前に顧客リストと紹介状、そしてドレスの端切れを並べた。
彼女に忠誠を誓った騎士たちに囲まれた彼らには、言い知れぬ緊張感が走る。
目の前に並べられた見下ろたエレノアは、騎士たちを下がらせると余裕の笑みを浮かべてジャスパーを見つめた。
モニカと同じ、宝石のような碧の瞳で見つめられ、彼は一瞬だけ体をこわばらせる。
「貴方から話があると言われて期待したのに、損した気分だわ。ジャスパー・オーウェン」
せっかく特別にこの場所へと招待したのに、気分が悪いと彼女は笑みを崩さずに言い放つ。
緩く巻いた赤茶色の髪が風に揺れ、仄かに香るさわやかな薔薇の香油の匂いが鼻をついた。
その香りに反して、気分は不快だ。
「何を期待されたのでしょう」
「貴方が私の元へと戻ってくるつもりなのだという期待よ」
「それは初耳です。第一皇女殿下がこの俺如きをご所望だったとは」
「求めてはいないわ。貴方が貴方の意思で戻ってくるのなら、受け入れてあげないこともない思っているだけよ」
「それはそれは、ご期待に添えず申し訳ございません」
ジャスパーは貼り付けた笑みで、全くそう思っていないような口調で一応謝罪した。
エレノアに仕えたのは、ほんの一年ほど。
確かに第一皇女付きから第四皇女付きに代わるとき、嫌だと泣き疲れた記憶はあるが、まさかまだ自分を求めているとは思わなかった彼は、内心かなり驚いている。
「それで?私に何のお話かしら」
「第四皇女殿下ならびに、グロスター公ノア・アルダートン様の殺害未遂について、動機などをお聞かせ願えればと」
「あら?探偵ごっこ?無駄ではないかしら。この程度の証拠で私が二人を殺そうとしたとでも言うつもり?」
「ええ。そのつもりです」
「ふふっ。馬鹿にされたものね」
エレノアは扇を開き、口元を隠しながらクスクスと笑う。
ジャスパーの主張を認める気はないけれど、仮に自分が関与していたとしても実行犯ではないからなんの罪にも問われないと彼女は言った。
爆弾を作ったのはジョシュア、起爆装置を押したのはアンダーソン伯爵。
ホークスについては容疑者を複数炙り出せてもそこから絞り込むことは不可能だ。
こんなお粗末な物的証拠で何ができるとエレノアはジャスパーを嘲笑う。
「モニカのために必死ね。解雇されたのに健気なことだわ」
「解雇されておりませんよ。そんな権限などあの方にはありませんから。その事は貴方の方がよくご存知なのでは?」
「…そういえば、そうだったわね」
エレノアは少し悔しそうな顔をして、紅茶の入ったティーカップに手をかけた。
そして、並々と入れられた紅茶をこぼさぬように気を使う素振りすらなく、自然に口元へと運ぶ。
所作まで全て完璧で美しい。おそらくモニカなど足元にも及ばないだろう。
モニカには与えられなかった教育の賜物だ。ジャスパーにはその育ちの良さまで全てが憎らしい。
「解雇の話は姫様の愛情の裏返しです。俺の姫様は意地っ張りなので、大事なものほど遠ざけようとするんです。可愛いでしょう?」
「すっかりあの女に毒されたのね。流石はあの毒婦の娘だわ」
モニカを思い、優しく微笑むジャスパーに、エレノアは微かに声を振るわせてそう言った。
その一言にはモニカの全てを否定する感情が含まれていた。
「それはどういう意味でしょう?」
「どういう意味?貴方がそれを聞くの?貴方は私の騎士だったのよ?それをあの女が奪ったの。しかもあろう事か隣国にまで連れて行くというじゃない!」
そんなこと許されるわけがないとエレノアは声を荒げた。
「わたくしは貴方を連れて行くことを許した覚えなどないわ。助けてもらった恩も忘れて人のものを奪うだなんて、血は争えないわね」
「なるほど、それが動機でしたか」
ジャスパーは眉を顰めた。
急にモニカを狙い出したのは彼が彼女について国を出る事を決めたかららしい。
まるでジャスパーが元から自分のものであったかのように話すエレノアに、ジャスパーは乾いた笑みをこぼす。
「いやぁ、モテる男は辛いですね。…しかし、殿下は一つ勘違いをなさっているようだ」
「…勘違い?」
「俺は初めからずっと、モニカ様の騎士だ。悪いが貴女に心からの忠誠を誓ったことなど、一度もない」
「なっ!?」
「勘違いしないでもらえます?あの人に出会ったその瞬間から、俺の全てはあの人のものだ」
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