【完結】3度婚約を破棄された皇女は護衛の騎士とともに隣国へ嫁ぐ

七瀬菜々

文字の大きさ
63 / 74
第二部

18:事件が起きた週末の話(5)

しおりを挟む

   太陽を背に、銀の髪を風に靡かせ颯爽と現れた騎士ジャスパーは、トンと地面に降り立つとモニカを抱き寄せる。そして相手に何かを語る隙すら与えずに主人を害そうとした右腕を切り捨てた。
 尋常じゃない殺気を纏う彼は、『腕が』と叫ぶ男を絶対零度の冷たい目で見下ろして低く言い放つ。

「貴様、誰に刃を向けたか理解しているのか?」
「ヒィッ!」
「まあ、理解していようがいまいが、貴様の人生はここで終わりだがな。せいぜいあの世で自分の行いを悔いるといい」
 
 長剣を喉元に突きつけたジャスパー。瞳孔が開き気味の彼は明らかに相手を殺そうとしている。
 モニカは彼の剣を持つ手に触れると、やめろと制止した。

「殺しちゃだめよ」
「……」
「捕縛が先」
「……」
「ジャスパー!」
「…わかってますよ。言ってみたかっただけです。冗談冗談」
「まったく…」

   声色が冗談じゃなかったと、モニカは小さくため息をこぼした。

「まったく、はこちらのセリフです」

 ジャスパーは剣を下ろすと、男の体を拘束し、その右腕を止血する。
 難を逃れたかのように、男は安堵したような表情を浮かべた。
 どうせここで生かされても、騎士団で死んだ方がマシだと思えるような拷問が待っていることは黙っておいた方が良さそうだ。

「どういうことですかね、姫様」

 男を縛り終えたジャスパーは不服そうな顔で振り返り、ジトッとした視線をモニカに向ける。 

「…そんなに睨まないでよ」
「睨みたくもなりますよ!上から貴女が人質となっている姿を見た俺の気持ち、わかります!?心臓が止まるかと思いましたよ!!」

 何となく騒動に巻き込まれていそうだとは思っていた。だからここまで急いで来たが、まさか人質になっているとは思わなかった。
 エリザは何をしていたのか。ジャスパーは拳を握りしめて肩を震わせた。

「色々あったのよ。悪かったわ。心配をかけて」
「色々ってなんですか、色々って!しかも何の予兆もなく、突然反撃しだすし!俺が間に合ったから良かったものの!」
「だって、それはほら。貴方が上にいるとわかったから」

   足音でジャスパーだとわかったから、安心したら体が勝手に動いたのだとモニカは言う。

「ジャスパーが近くにいるのに、私に傷がつくなんてあり得ないでしょう?」 
「……その言い回しはずるいでしょ。さすがに」

 その言葉は全幅の信頼を寄せているという証だ。
 屈託のない笑顔でそんな事を軽く言ってのけるモニカに、ジャスパーは嬉しいような腹立たしいような、複雑な気持ちになる。
 彼はとりあえずニヤける口元を手で隠した。

「足音だけで判断できるの、すごいっすね」
「ずっと近くにいたのは貴方だけだもの。わかるに決まってる」
「……まあそんなこと言われても、後でちゃんとこうなった経緯は説明してもらいますからね」
「あまり深く聞かないで欲しいわ」
「無理に決まってんでしょ。俺はこれでも結構怒ってます」
「誰に?」
「エリザに」
「それは大変だわ。あの子は悪くないもの」
「じゃあやっぱり姫様が悪いんですね?」
「仕方がないから、そういうことにしておく」
 
 悪びれる様子もなくしれっとそう言う主人に、ジャスパーは軽く舌打ちした。

「後でお仕置きが必要ですね」
「どんな?」
「とびきり卑猥なやつ」
「まあ、大変。接近禁止令の期限を伸ばしてもらわなきゃ」

 卑猥なお仕置きをしようとする騎士とそれを受け流す公爵夫人。
 捕縛された男はそばでその会話を聞いていて、『謎すぎる』と2人の関係性に首を傾げた。
 

 


 
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~

藤 ゆみ子
恋愛
 グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。  それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。  二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。  けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。  親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。  だが、それはティアの大きな勘違いだった。  シオンは、ティアを溺愛していた。  溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。  そしてシオンもまた、勘違いをしていた。  ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。  絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。  紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。    そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

処理中です...