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第二部
18:事件が起きた週末の話(5)
しおりを挟む太陽を背に、銀の髪を風に靡かせ颯爽と現れた騎士ジャスパーは、トンと地面に降り立つとモニカを抱き寄せる。そして相手に何かを語る隙すら与えずに主人を害そうとした右腕を切り捨てた。
尋常じゃない殺気を纏う彼は、『腕が』と叫ぶ男を絶対零度の冷たい目で見下ろして低く言い放つ。
「貴様、誰に刃を向けたか理解しているのか?」
「ヒィッ!」
「まあ、理解していようがいまいが、貴様の人生はここで終わりだがな。せいぜいあの世で自分の行いを悔いるといい」
長剣を喉元に突きつけたジャスパー。瞳孔が開き気味の彼は明らかに相手を殺そうとしている。
モニカは彼の剣を持つ手に触れると、やめろと制止した。
「殺しちゃだめよ」
「……」
「捕縛が先」
「……」
「ジャスパー!」
「…わかってますよ。言ってみたかっただけです。冗談冗談」
「まったく…」
声色が冗談じゃなかったと、モニカは小さくため息をこぼした。
「まったく、はこちらのセリフです」
ジャスパーは剣を下ろすと、男の体を拘束し、その右腕を止血する。
難を逃れたかのように、男は安堵したような表情を浮かべた。
どうせここで生かされても、騎士団で死んだ方がマシだと思えるような拷問が待っていることは黙っておいた方が良さそうだ。
「どういうことですかね、姫様」
男を縛り終えたジャスパーは不服そうな顔で振り返り、ジトッとした視線をモニカに向ける。
「…そんなに睨まないでよ」
「睨みたくもなりますよ!上から貴女が人質となっている姿を見た俺の気持ち、わかります!?心臓が止まるかと思いましたよ!!」
何となく騒動に巻き込まれていそうだとは思っていた。だからここまで急いで来たが、まさか人質になっているとは思わなかった。
エリザは何をしていたのか。ジャスパーは拳を握りしめて肩を震わせた。
「色々あったのよ。悪かったわ。心配をかけて」
「色々ってなんですか、色々って!しかも何の予兆もなく、突然反撃しだすし!俺が間に合ったから良かったものの!」
「だって、それはほら。貴方が上にいるとわかったから」
足音でジャスパーだとわかったから、安心したら体が勝手に動いたのだとモニカは言う。
「ジャスパーが近くにいるのに、私に傷がつくなんてあり得ないでしょう?」
「……その言い回しはずるいでしょ。さすがに」
その言葉は全幅の信頼を寄せているという証だ。
屈託のない笑顔でそんな事を軽く言ってのけるモニカに、ジャスパーは嬉しいような腹立たしいような、複雑な気持ちになる。
彼はとりあえずニヤける口元を手で隠した。
「足音だけで判断できるの、すごいっすね」
「ずっと近くにいたのは貴方だけだもの。わかるに決まってる」
「……まあそんなこと言われても、後でちゃんとこうなった経緯は説明してもらいますからね」
「あまり深く聞かないで欲しいわ」
「無理に決まってんでしょ。俺はこれでも結構怒ってます」
「誰に?」
「エリザに」
「それは大変だわ。あの子は悪くないもの」
「じゃあやっぱり姫様が悪いんですね?」
「仕方がないから、そういうことにしておく」
悪びれる様子もなくしれっとそう言う主人に、ジャスパーは軽く舌打ちした。
「後でお仕置きが必要ですね」
「どんな?」
「とびきり卑猥なやつ」
「まあ、大変。接近禁止令の期限を伸ばしてもらわなきゃ」
卑猥なお仕置きをしようとする騎士とそれを受け流す公爵夫人。
捕縛された男はそばでその会話を聞いていて、『謎すぎる』と2人の関係性に首を傾げた。
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