【完結】3度婚約を破棄された皇女は護衛の騎士とともに隣国へ嫁ぐ

七瀬菜々

文字の大きさ
65 / 74
第二部

20:怒らせたのははじめてかもしれない

しおりを挟む
 あれから数日、街では公爵夫人とその騎士の話題で持ちきりとなっていた。
 毅然とした態度で暴漢と対峙する美しき姫と、風のように颯爽と現れて彼女を守るイケメン騎士。
 絵になる2人の話題は社交界まで届いているという。

「ブライアンがおかげ様でモニカをモデルに描いた絵が飛ぶように売れると言ってたよ」
「…そうですか」

 本邸の小部屋で名義上の夫と優雅なティータイムを過ごしているモニカは、ティーカップに並々と入った紅茶を眺めながら深くため息をついた。
 明らかに何かあった雰囲気を醸し出している。
 たが自分から何も言わない彼女に、ノアは思わず笑みをこぼした。

「何かあった?って聞いて欲しそうだから聞いてあげるけど、何かあった?」
「本気で怒らせました…」
「誰を?」
「ジャスパーを」
「この間のことで?」
「はい…」

   この間の商店街での出来事。自分から一般市民の代わりに人質になったのだと、だからエリザは悪くないのだと説明したら、彼は本気でモニカのことを怒ったらしい。
 静かに、低く重い声で『二度とするな』と言った彼の表情は、とても辛そうだった。
 その表情を見たモニカは流石にやらかしたのだと自覚したそうだ。

「かなり心配をかけてしまったようです」
「それで接近禁止令が解けたのに近づいてこないんだね」
「ええ。近くにはいますけど、なんていうか普通の騎士の距離感になっていましました」

 主人の数歩後ろを歩き、今のようなお茶の場では従者らしく外に控えている。
 軽口は言わないし、言葉遣いも接し方も従者のそれだ。間違っても以前のように軽率には触れてこない。
 とてもも静かに怒る彼の冷たい雰囲気を、毎日ひしひしと肌で感じているのだとモニカは項垂れた。
 昔はもっと自分に対しての態度を改めろと言っていたのに、いざ従者らしくされると寂しいと思うのは、わがままなのだろうか。

「普段怒らない人が怒ると怖いよね」
「本当に」
「でも僕は君の行動が100%悪かったとは言い切れないと思うけどね。実際にあの状況では、はじめに捕まっていた女性より君の方が傷付けられる可能性も低い」
「私もそれは説明しました。私だってただの薬物中毒者が相手だったら、あんなことはしません」
「まあでも、ジャスパーの心情もわからなくはない」
「あれ?急にあっちの味方ですか?」
「大事な人が自らの身を危険に晒すようなことをして、喜ぶ奴なんていないでしょ?」

 どっちの味方なのだと拗ねる彼女に、ノアは『ジャスパーは君が大事すぎるのだ』と優しく教えてあげた。
 多分、モニカの行動は決して間違っていると言い切れないこともジャスパーはわかっているのだ。
 それでも彼女が大事すぎるから割り切れないでいるだけの話。ノアは彼の気持ちが落ち着くまで待ってあげればいいと語る。

「この後、騎士団にジャスパーを連れて行かなきゃならないけど、モニカも行く?」

 組んでいた足をほどき、内ポケットにしまってあった懐中時計で時間を確認したノアはそう尋ねた。
 二人の間に入ってやろうかという意味だろう。だが、モニカは首を横に振った。

「お気遣いありがとうございます。けれど、このあとは来客があるので…」
「ああ、そういえばそうだった。オリビアさんだっけ?」
「はい。お礼がしたいのだと何回か屋敷を訪れてくださっていたらしいですし、流石に直前でキャンセルは申し訳ないです」
「そりゃそうだ」

 困ったように眉尻を下げるモニカに、ノアはニカッと歯を見せて笑った。

 あの日モニカに助けられたオリビアは、何回も公爵邸をおとづれていた。
 けれど何故か毎回、門番は門前払いで返していたらしい。

(…私は追い返せなんて言ってないんだけどな)

 昨日まで彼女が来ていることすら知らなかったモニカは紅茶を啜りつつ、首をかしげた。
 彼女を追い返した理由について門番はまだ犯罪組織の残党がそのへんをうろついているかもしれないから、警戒を強化していたと主張していたがどうも怪しい。
 結局、たまたま『公爵夫人にお礼が言いたいだけなのだ』と門番に追い縋る彼女の姿を目撃したノアの計らいにより、今日という日を設けることとなったが、そこまで警戒しなくともいいのにとモニカは思う。
 
「さて、ではそろそろ行こうかな」
「お見送りいたします」

 ノアが立ち上がるのに合わせて、モニカはティーカップを置いた。 
 そして部屋に控えていた本邸のメイドに片付けを任せると、彼とともに部屋を出る。
 廊下にはピンと背筋を伸ばして無表情で佇んでいるジャスパーが目に入った。

「じゃあ、行こうか。ジャスパー」
「はい、ノア様」

 ジャスパーはモニカに一瞬だけ視線を送ると、何も言わずにノアの後をついて歩く。
 モニカは見送るためにエントランスまでついていったが、彼はその間、にこりともしなかったらしい。

「どうしよう…」

 ちょっと泣きそうだ。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~

藤 ゆみ子
恋愛
 グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。  それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。  二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。  けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。  親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。  だが、それはティアの大きな勘違いだった。  シオンは、ティアを溺愛していた。  溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。  そしてシオンもまた、勘違いをしていた。  ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。  絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。  紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。    そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。 まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。 だが、彼女は言った。 「私は、死にたくないの。 ──悪いけど、付き合ってもらうわよ」 かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。 生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら 自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

処理中です...