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第二部
20:怒らせたのははじめてかもしれない
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あれから数日、街では公爵夫人とその騎士の話題で持ちきりとなっていた。
毅然とした態度で暴漢と対峙する美しき姫と、風のように颯爽と現れて彼女を守るイケメン騎士。
絵になる2人の話題は社交界まで届いているという。
「ブライアンがおかげ様でモニカをモデルに描いた絵が飛ぶように売れると言ってたよ」
「…そうですか」
本邸の小部屋で名義上の夫と優雅なティータイムを過ごしているモニカは、ティーカップに並々と入った紅茶を眺めながら深くため息をついた。
明らかに何かあった雰囲気を醸し出している。
たが自分から何も言わない彼女に、ノアは思わず笑みをこぼした。
「何かあった?って聞いて欲しそうだから聞いてあげるけど、何かあった?」
「本気で怒らせました…」
「誰を?」
「ジャスパーを」
「この間のことで?」
「はい…」
この間の商店街での出来事。自分から一般市民の代わりに人質になったのだと、だからエリザは悪くないのだと説明したら、彼は本気でモニカのことを怒ったらしい。
静かに、低く重い声で『二度とするな』と言った彼の表情は、とても辛そうだった。
その表情を見たモニカは流石にやらかしたのだと自覚したそうだ。
「かなり心配をかけてしまったようです」
「それで接近禁止令が解けたのに近づいてこないんだね」
「ええ。近くにはいますけど、なんていうか普通の騎士の距離感になっていましました」
主人の数歩後ろを歩き、今のようなお茶の場では従者らしく外に控えている。
軽口は言わないし、言葉遣いも接し方も従者のそれだ。間違っても以前のように軽率には触れてこない。
とてもも静かに怒る彼の冷たい雰囲気を、毎日ひしひしと肌で感じているのだとモニカは項垂れた。
昔はもっと自分に対しての態度を改めろと言っていたのに、いざ従者らしくされると寂しいと思うのは、わがままなのだろうか。
「普段怒らない人が怒ると怖いよね」
「本当に」
「でも僕は君の行動が100%悪かったとは言い切れないと思うけどね。実際にあの状況では、はじめに捕まっていた女性より君の方が傷付けられる可能性も低い」
「私もそれは説明しました。私だってただの薬物中毒者が相手だったら、あんなことはしません」
「まあでも、ジャスパーの心情もわからなくはない」
「あれ?急にあっちの味方ですか?」
「大事な人が自らの身を危険に晒すようなことをして、喜ぶ奴なんていないでしょ?」
どっちの味方なのだと拗ねる彼女に、ノアは『ジャスパーは君が大事すぎるのだ』と優しく教えてあげた。
多分、モニカの行動は決して間違っていると言い切れないこともジャスパーはわかっているのだ。
それでも彼女が大事すぎるから割り切れないでいるだけの話。ノアは彼の気持ちが落ち着くまで待ってあげればいいと語る。
「この後、騎士団にジャスパーを連れて行かなきゃならないけど、モニカも行く?」
組んでいた足をほどき、内ポケットにしまってあった懐中時計で時間を確認したノアはそう尋ねた。
二人の間に入ってやろうかという意味だろう。だが、モニカは首を横に振った。
「お気遣いありがとうございます。けれど、このあとは来客があるので…」
「ああ、そういえばそうだった。オリビアさんだっけ?」
「はい。お礼がしたいのだと何回か屋敷を訪れてくださっていたらしいですし、流石に直前でキャンセルは申し訳ないです」
「そりゃそうだ」
困ったように眉尻を下げるモニカに、ノアはニカッと歯を見せて笑った。
あの日モニカに助けられたオリビアは、何回も公爵邸をおとづれていた。
けれど何故か毎回、門番は門前払いで返していたらしい。
(…私は追い返せなんて言ってないんだけどな)
昨日まで彼女が来ていることすら知らなかったモニカは紅茶を啜りつつ、首をかしげた。
彼女を追い返した理由について門番はまだ犯罪組織の残党がそのへんをうろついているかもしれないから、警戒を強化していたと主張していたがどうも怪しい。
結局、たまたま『公爵夫人にお礼が言いたいだけなのだ』と門番に追い縋る彼女の姿を目撃したノアの計らいにより、今日という日を設けることとなったが、そこまで警戒しなくともいいのにとモニカは思う。
「さて、ではそろそろ行こうかな」
「お見送りいたします」
ノアが立ち上がるのに合わせて、モニカはティーカップを置いた。
そして部屋に控えていた本邸のメイドに片付けを任せると、彼とともに部屋を出る。
廊下にはピンと背筋を伸ばして無表情で佇んでいるジャスパーが目に入った。
「じゃあ、行こうか。ジャスパー」
「はい、ノア様」
ジャスパーはモニカに一瞬だけ視線を送ると、何も言わずにノアの後をついて歩く。
モニカは見送るためにエントランスまでついていったが、彼はその間、にこりともしなかったらしい。
「どうしよう…」
ちょっと泣きそうだ。
毅然とした態度で暴漢と対峙する美しき姫と、風のように颯爽と現れて彼女を守るイケメン騎士。
絵になる2人の話題は社交界まで届いているという。
「ブライアンがおかげ様でモニカをモデルに描いた絵が飛ぶように売れると言ってたよ」
「…そうですか」
本邸の小部屋で名義上の夫と優雅なティータイムを過ごしているモニカは、ティーカップに並々と入った紅茶を眺めながら深くため息をついた。
明らかに何かあった雰囲気を醸し出している。
たが自分から何も言わない彼女に、ノアは思わず笑みをこぼした。
「何かあった?って聞いて欲しそうだから聞いてあげるけど、何かあった?」
「本気で怒らせました…」
「誰を?」
「ジャスパーを」
「この間のことで?」
「はい…」
この間の商店街での出来事。自分から一般市民の代わりに人質になったのだと、だからエリザは悪くないのだと説明したら、彼は本気でモニカのことを怒ったらしい。
静かに、低く重い声で『二度とするな』と言った彼の表情は、とても辛そうだった。
その表情を見たモニカは流石にやらかしたのだと自覚したそうだ。
「かなり心配をかけてしまったようです」
「それで接近禁止令が解けたのに近づいてこないんだね」
「ええ。近くにはいますけど、なんていうか普通の騎士の距離感になっていましました」
主人の数歩後ろを歩き、今のようなお茶の場では従者らしく外に控えている。
軽口は言わないし、言葉遣いも接し方も従者のそれだ。間違っても以前のように軽率には触れてこない。
とてもも静かに怒る彼の冷たい雰囲気を、毎日ひしひしと肌で感じているのだとモニカは項垂れた。
昔はもっと自分に対しての態度を改めろと言っていたのに、いざ従者らしくされると寂しいと思うのは、わがままなのだろうか。
「普段怒らない人が怒ると怖いよね」
「本当に」
「でも僕は君の行動が100%悪かったとは言い切れないと思うけどね。実際にあの状況では、はじめに捕まっていた女性より君の方が傷付けられる可能性も低い」
「私もそれは説明しました。私だってただの薬物中毒者が相手だったら、あんなことはしません」
「まあでも、ジャスパーの心情もわからなくはない」
「あれ?急にあっちの味方ですか?」
「大事な人が自らの身を危険に晒すようなことをして、喜ぶ奴なんていないでしょ?」
どっちの味方なのだと拗ねる彼女に、ノアは『ジャスパーは君が大事すぎるのだ』と優しく教えてあげた。
多分、モニカの行動は決して間違っていると言い切れないこともジャスパーはわかっているのだ。
それでも彼女が大事すぎるから割り切れないでいるだけの話。ノアは彼の気持ちが落ち着くまで待ってあげればいいと語る。
「この後、騎士団にジャスパーを連れて行かなきゃならないけど、モニカも行く?」
組んでいた足をほどき、内ポケットにしまってあった懐中時計で時間を確認したノアはそう尋ねた。
二人の間に入ってやろうかという意味だろう。だが、モニカは首を横に振った。
「お気遣いありがとうございます。けれど、このあとは来客があるので…」
「ああ、そういえばそうだった。オリビアさんだっけ?」
「はい。お礼がしたいのだと何回か屋敷を訪れてくださっていたらしいですし、流石に直前でキャンセルは申し訳ないです」
「そりゃそうだ」
困ったように眉尻を下げるモニカに、ノアはニカッと歯を見せて笑った。
あの日モニカに助けられたオリビアは、何回も公爵邸をおとづれていた。
けれど何故か毎回、門番は門前払いで返していたらしい。
(…私は追い返せなんて言ってないんだけどな)
昨日まで彼女が来ていることすら知らなかったモニカは紅茶を啜りつつ、首をかしげた。
彼女を追い返した理由について門番はまだ犯罪組織の残党がそのへんをうろついているかもしれないから、警戒を強化していたと主張していたがどうも怪しい。
結局、たまたま『公爵夫人にお礼が言いたいだけなのだ』と門番に追い縋る彼女の姿を目撃したノアの計らいにより、今日という日を設けることとなったが、そこまで警戒しなくともいいのにとモニカは思う。
「さて、ではそろそろ行こうかな」
「お見送りいたします」
ノアが立ち上がるのに合わせて、モニカはティーカップを置いた。
そして部屋に控えていた本邸のメイドに片付けを任せると、彼とともに部屋を出る。
廊下にはピンと背筋を伸ばして無表情で佇んでいるジャスパーが目に入った。
「じゃあ、行こうか。ジャスパー」
「はい、ノア様」
ジャスパーはモニカに一瞬だけ視線を送ると、何も言わずにノアの後をついて歩く。
モニカは見送るためにエントランスまでついていったが、彼はその間、にこりともしなかったらしい。
「どうしよう…」
ちょっと泣きそうだ。
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