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第二部
21:迫り来る危険な女の影
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「そろそろ許してあげたら?」
騎士団の屯所での仕事を終えたノアは、後ろを歩くジャスパーに声をかける。
彼が主人との仲を取り成そうとしてくれているのはジャスパーも理解しているが、『モニカの夫』の立場であるその人が自分たちの間に入るのは何だか悔しい。
よって、ジャスパーは爽やかな笑顔でノアに微笑みかけた。
「何がですか?」
「その笑みは胡散臭さが滲み出すぎていて逆に何も誤魔化せていないと思うよ、ジャスパー」
呆れたように半眼でこちらを見てくるノアに、ジャスパーは口を尖らせる。やはりそう簡単に誤魔化されてはくれないようだ。
「この間のこと。別にモニカは心配かけたくてしたわけじゃないし、君たち兄妹を信頼してやったことだ。それに…」
「わかってますよ」
人質にとられているのが、ジャスパーの数少ない友人だったからモニカは動いた。
それは、彼女が傷つけられたらジャスパーが悲しむかと思っての行動。
身の安全を顧みない行動の根本にはジャスパーがいた。
(わかってるけど…)
自分を思って危険な行動に出たことへの嬉しさと、彼女を守る立場としての軽率な行動に対する怒り。
この二つの感情が複雑に絡み合い、ジャスパーは今、素直になれない。
そう話すと、ノアは『難儀なものだね』と笑った。
「君は色々と拗らせすぎているようだ」
「その点に関しては自覚しております」
「君のその複雑な感情、全部ぶつけてやれば?」
「全部ぶつけたら、きっと最終的には手が出ます」
「最低。ほんと最低」
卑猥な手つきで指を動かすジャスパーにノアは軽蔑の視線を送る。
手が出るから自分の気持ちが落ち着くまでは近づかないのだと彼は語るが、その間ずっと浮かない顔をするモニカを見ることになるのかと思うと複雑な心境だ。
微妙な表情で自分を見てくるノアが何を思っているのかに気づいたジャスパーは、不服そうに口を尖らせながら後頭部をポリポリとかく。
「….今日、帰ってすぐにでも話しますよ。大丈夫です」
どうせ彼自身も、自分の気持ちが落ち着くまで待っていられない。
彼とて屋敷を出る時、少し泣きそうな顔をしていたモニカを思うと意地を張るのは馬鹿らしいと思っているのだ。
「その方がいい。あ、でも帰ってすぐは無理かも」
「え?どうしてですか?」
「先日、モニカが助けたお嬢さんがモニカを訪ねてきているはずだから」
今頃、二人でお茶でもしているのではないかとノアは言う。
そんな彼にジャスパーは大きく目を見開いた。
「…ジャスパー?どうかした?」
「その女ってオリビアってやつですか?」
「うん、そうだけど」
「はあ!?」
『なんてことをしてくれたのだ』とジャスパーはノアの胸ぐらを掴んだ。
なんたる王弟公爵に対して不遜な態度。周囲にいた騎士たちも驚いてすぐに止めに来る。だがノアはそれを右手で静止した。
「なんかまずかった?」
「まずいに決まってるでしょ!?」
「どうしてもモニカにお礼が言いたいってものすごい剣幕で言ってくるから、場を設けたんだけど…」
ジャスパーの友人だと聞いていたが、あの女性に何かあるのだろうか。ノアの視界に映る彼はかなり焦っているように見えた。
とりあえず自分の胸ぐらを掴むジャスパーの手を解くと、ノアは落ち着けと彼の肩を叩く。
すると、ジャスパーは小さな声で取り乱したことを謝罪した。
「あの女性はジャスパーの友人だと聞いていたから、問題ないと思っていたのだけれど、何かあるの?」
「…いや、まあ普通にしてたら問題はないんですが。なんとなく嫌な予感がするだけです」
「いや予感?」
「あいつは、なんというか、いいやつなんですけど…普通じゃないんで」
「ふむ…。よくわからないけど、とりあえず急いで帰った方が良さそうだね」
なんだかよくわからないが、ジャスパーの焦り具合から考えると今すぐにでも屋敷に帰るのが良さそうだ。
ノアはすぐに車を回すように、近くにいる者に言いつけた。
***
ジャスパーが騎士団に赴いている頃、彼の友人のオリビアはグロスター公爵邸を訪れていた。
「こちらでお待ちください。奥様をお連れいたします」
「ありがとうございます」
公爵邸の応接室に案内されたオリビアは、パタンと扉を閉める友人の妹に軽く頭を下げた。
「本当に似ていないのね…」
話には聞いていたが本当に似ていない。初めて見たが、友人の言っていた通りだったことにオリビアは少し驚いたらしい。
「…ご主人様のことは嘘ばっかり言っていたのにね。ふふっ」
ソファに深く腰掛けて含みのある笑みを浮かべながら、オリビアはポツリと呟く。
ジャスパーは主人について『わがままでどうしようもない姫だ』なんて言って詳しく教えてはくれなかったが、今ならわかる。
(あれは教えたくないはずだわ…)
両手で顔を覆い、オリビアはあの時の光景を思い出して不敵な笑みを浮かべた。
騎士団の屯所での仕事を終えたノアは、後ろを歩くジャスパーに声をかける。
彼が主人との仲を取り成そうとしてくれているのはジャスパーも理解しているが、『モニカの夫』の立場であるその人が自分たちの間に入るのは何だか悔しい。
よって、ジャスパーは爽やかな笑顔でノアに微笑みかけた。
「何がですか?」
「その笑みは胡散臭さが滲み出すぎていて逆に何も誤魔化せていないと思うよ、ジャスパー」
呆れたように半眼でこちらを見てくるノアに、ジャスパーは口を尖らせる。やはりそう簡単に誤魔化されてはくれないようだ。
「この間のこと。別にモニカは心配かけたくてしたわけじゃないし、君たち兄妹を信頼してやったことだ。それに…」
「わかってますよ」
人質にとられているのが、ジャスパーの数少ない友人だったからモニカは動いた。
それは、彼女が傷つけられたらジャスパーが悲しむかと思っての行動。
身の安全を顧みない行動の根本にはジャスパーがいた。
(わかってるけど…)
自分を思って危険な行動に出たことへの嬉しさと、彼女を守る立場としての軽率な行動に対する怒り。
この二つの感情が複雑に絡み合い、ジャスパーは今、素直になれない。
そう話すと、ノアは『難儀なものだね』と笑った。
「君は色々と拗らせすぎているようだ」
「その点に関しては自覚しております」
「君のその複雑な感情、全部ぶつけてやれば?」
「全部ぶつけたら、きっと最終的には手が出ます」
「最低。ほんと最低」
卑猥な手つきで指を動かすジャスパーにノアは軽蔑の視線を送る。
手が出るから自分の気持ちが落ち着くまでは近づかないのだと彼は語るが、その間ずっと浮かない顔をするモニカを見ることになるのかと思うと複雑な心境だ。
微妙な表情で自分を見てくるノアが何を思っているのかに気づいたジャスパーは、不服そうに口を尖らせながら後頭部をポリポリとかく。
「….今日、帰ってすぐにでも話しますよ。大丈夫です」
どうせ彼自身も、自分の気持ちが落ち着くまで待っていられない。
彼とて屋敷を出る時、少し泣きそうな顔をしていたモニカを思うと意地を張るのは馬鹿らしいと思っているのだ。
「その方がいい。あ、でも帰ってすぐは無理かも」
「え?どうしてですか?」
「先日、モニカが助けたお嬢さんがモニカを訪ねてきているはずだから」
今頃、二人でお茶でもしているのではないかとノアは言う。
そんな彼にジャスパーは大きく目を見開いた。
「…ジャスパー?どうかした?」
「その女ってオリビアってやつですか?」
「うん、そうだけど」
「はあ!?」
『なんてことをしてくれたのだ』とジャスパーはノアの胸ぐらを掴んだ。
なんたる王弟公爵に対して不遜な態度。周囲にいた騎士たちも驚いてすぐに止めに来る。だがノアはそれを右手で静止した。
「なんかまずかった?」
「まずいに決まってるでしょ!?」
「どうしてもモニカにお礼が言いたいってものすごい剣幕で言ってくるから、場を設けたんだけど…」
ジャスパーの友人だと聞いていたが、あの女性に何かあるのだろうか。ノアの視界に映る彼はかなり焦っているように見えた。
とりあえず自分の胸ぐらを掴むジャスパーの手を解くと、ノアは落ち着けと彼の肩を叩く。
すると、ジャスパーは小さな声で取り乱したことを謝罪した。
「あの女性はジャスパーの友人だと聞いていたから、問題ないと思っていたのだけれど、何かあるの?」
「…いや、まあ普通にしてたら問題はないんですが。なんとなく嫌な予感がするだけです」
「いや予感?」
「あいつは、なんというか、いいやつなんですけど…普通じゃないんで」
「ふむ…。よくわからないけど、とりあえず急いで帰った方が良さそうだね」
なんだかよくわからないが、ジャスパーの焦り具合から考えると今すぐにでも屋敷に帰るのが良さそうだ。
ノアはすぐに車を回すように、近くにいる者に言いつけた。
***
ジャスパーが騎士団に赴いている頃、彼の友人のオリビアはグロスター公爵邸を訪れていた。
「こちらでお待ちください。奥様をお連れいたします」
「ありがとうございます」
公爵邸の応接室に案内されたオリビアは、パタンと扉を閉める友人の妹に軽く頭を下げた。
「本当に似ていないのね…」
話には聞いていたが本当に似ていない。初めて見たが、友人の言っていた通りだったことにオリビアは少し驚いたらしい。
「…ご主人様のことは嘘ばっかり言っていたのにね。ふふっ」
ソファに深く腰掛けて含みのある笑みを浮かべながら、オリビアはポツリと呟く。
ジャスパーは主人について『わがままでどうしようもない姫だ』なんて言って詳しく教えてはくれなかったが、今ならわかる。
(あれは教えたくないはずだわ…)
両手で顔を覆い、オリビアはあの時の光景を思い出して不敵な笑みを浮かべた。
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