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誕生日の夜会
46:夜会(7)
曲が終わり、シャーロットは笑顔でミハエルと別れた。
去り際、紳士らしく彼女の手の甲にキスした彼は、『次に会うときには日記を用意しておこう』と約束したそうだ。
シャーロットはその後すぐに、化粧室に向かい、念入りに手を洗った。
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!」
心底気持ち悪い。シャーロットは手が赤くなるほどその箇所を擦ると、ふぅっとため息をこぼす。
必要なことだったとはいえ、嫌悪感を抱く相手にこういうことをされるのは鳥肌が立つほどに気持ち悪い。
いっそ手を切り落としてしまいたいくらいだ。
「姫様、手が赤くなってます。おやめください」
またしても、どこからともなく現れたイリスは蛇口を捻り水を止めると、優しく主人の手を拭いた。
シャーロットは不満そうに口を尖らせる。
「…呼んでないのになぜ場所がわかる」
「レティが教えてくれました」
「むむ」
『みゃあ!』
イリスの足元から顔を出したレティは、誇らしげな顔をしていた。
昔から、なぜかこの猫は主人の居場所がわかる。動物特有のものだろうか。
シャーロットはレティを抱き上げると頬ずりをして、彼女を愛でた。レティも嬉しそうに頬を寄せる。
イリスがその光景に少しばかりジェラシーを感じたのはいうまでもない。忠誠を誓ったゴリラは嫉妬深いらしい。
「……むう。姫様、そろそろ会場に戻りましょう」
「もう?」
「ベアトリスがそろそろ戻ってくる頃かと」
「そうか、では仕方がないな」
二人は廊下に出ると、レティを地面に下ろし、会場へと足を向けた。
レティは寂しそうに主人を見上げるも、特に呼び止めることもなく、遠くなるその背中を見守った。
『みゃあー』
レティの鳴き声が静かな夜の回廊にこだました。
*
シャーロットたちが会場に戻ると、会場ではベアトリスが騒いでいた。
招待客の話では、彼女はいきなり戻ってきたかと思うと、幽霊を見たと言ってすぐに対処するように兄に怒鳴りつけたそうだ。
兄のミハエルは怪訝な顔で妹を見つめた。
「ど、どうしたんだ?ベアトリス…。何か変な食べ物でも食べたのか?」
「あのメイドよ!お兄様が人形にすると言ったあのメイド!死んだはずのメイドよ!ねえ?拷問の末に死んだというのは嘘なの!?血塗れのあいつらがずっとわたくしを追いかけてくるの!!今まで殺した使用人の分もわたくしを呪い殺してやるって!いやよ!死にたくない!
「…に、人形?メイド?拷問?な、何の話だろう?」
不用意なベアトリスの言葉に、ミハエルはタジタジになる。
メイドを操り人形のようにしようとしていた事、メイドを安易に殺したことかバレれば、流石に非難は避けされない。
ミハエルは妹は幻覚を見たようだと誤魔化した。
しかし、彼女は幻覚などではないと叫ぶ。
メイドから水を受け取ると、シャーロットはカツカツとヒールの踵を鳴らしながら、颯爽と騒ぎの中心に足を踏み入れた。
「皇女殿下。どうか落ち着いてください。幽霊なんてこの世に存在しませんわ」
「でも!でも!」
「どうかお水を飲んで、少し落ち着いてください」
シャーロットはベアトリスの目線に屈むと、優しく微笑み、水を差し出した。
ベアトリスは震える手で水を受け取る。
だが、次の瞬間。彼女は叫び声をあげてシャーロットに水をかけた。
「姫様っ!」
イリスが慌ててシャーロットに駆け寄るも、シャーロットはそれを手で静止すると、袖で顔にかかった水を拭った。
背後からはベアトリスを非難する声が聞こえてくる。
「ば、化け物!こないでよ!気持ち悪い!」
「皇女殿下…どうか落ち着いてください…」
「み、身の程を弁えないやつを殺して何が悪いのよ!わたくしの気分を害するやつなんて、みんな要らないのよ!生きてる価値なんかないわ!!」
「皇女殿下…」
「わたくしのメイドをわたくしがどうしようと勝手でしょう!?お父様だってお母様だって同じことしてるじゃない!なんでわたくしだけ呪われなきゃならないのよ!」
金切声をあげて、訳のわからないことを喚きつつも自身の非道さを暴露するベアトリス。
会場にいたものはその姿に絶句した。
衣食住が保証される代わりに、入ると生きては出られないと噂の城は本当にそのような魔窟だったようだ。
ベアトリスの叫びをそばで見ていたイリスは眉を顰め、彼女の額に手を当てた。
すると、青白い光を放つ魔術反応があり、ベアトリスは急に意識を失った。
ミハエルはそんな妹を抱き抱え、何をしたのかとイリスを強い口調で問い詰める。
「魔法で眠らせただけです。混乱状態にあられるようでしたので」
「ミハエル殿下。ひとまず、皇女殿下を医務室に運びましょう。幻覚を見ておられるのなら、何か毒物でも摂取してしまった可能性もありますし…。この場は私が処理しておきます」
「そ、そう、ですね…」
「大丈夫。そう責任を感じないでください。水をかけられたくらい、どうって事ありません。皇女殿下の発言もうまくフォローしておきますわ」
「…あ、ありがとう」
ずぶ濡れのシャーロットにフォローされ、バツの悪そうな顔をするミハエル。
この空気にしたのは自分ではないのに、自分と表面上は仲の良い妹がやらかした事ということで皆の視線が突き刺さる。
彼はベアトリスを抱え、逃げるようにその場を後にした。
「皆さま、お騒がせしてしまい、申し訳ごじいません。皇女殿下は少し会場の熱気に当てられてしまったようですわ。私は一旦失礼いたしますが、皆様はどうぞ引き続き、夜会をお楽しみくださいませ」
シャーロットは振り返り、濡れた髪を後ろに払うと爽やかに微笑んだ。
パーティーをめちゃくちゃにされたのに、怒りを見せることもなく、その場を収めた彼女に拍手が飛び交う。
第二皇子と同じで心が広い女に映ったのだろう。
公爵との話を終え、彼とともに会場の中に戻ってきたギルベルトはその様子を呆然と眺めていた。
「殿下…。何があったのでしょう?」
「どうやらベアトリスが騒ぎを起こしたようです」
「ベアトリス殿下が…」
各国の要人が集まる場でやらかしたとなると、さすがの皇帝も黙ってはいない。
公爵は肩をすくめた。
「馬鹿だと思っていたが、このまでとは…。しばらくは謹慎でしょうね」
「…謹慎で済めば良い方ですよ。きっと」
シャーロットは会場から出る前、ふと、ギルベルトの方を見た。
そして彼に向かってウインクをすると、はにかんでみせた。
実に可憐である。
(やってることあくどいのに…)
ギルベルトは大きなため息をこぼした。
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