18 / 19
永遠の罪人
しおりを挟む
「66号! 起きろ66号!」
66号と呼ばれた男は、ようやく独房の中で目を覚ました。意識がまだ朦朧としている。
「66号? 66号とは俺のことか? 俺の名は確か柳沢……」
ずいぶん長い間夢を見ていたようである。しかしその内容のほとんどは忘れた。ただ平安時代の十二単に身を包んだ女の言葉だけが、はっきりと記憶に残っていた。
「お前はこの先、幾度生まれ変わったとしても、最後は罪人として牢に入ることとなるのだ」
そして、おぼろげながら記憶がよみがえっていく。己は軽い傷害罪により、この東京拘置所に罪人として入れられることとなったのだ。今回は労役受刑者としてである。しかしすでに一度、殺人の罪により懲役刑をくらった、いわば前科者であった。
「66号! 今は睡眠の時間ではないぞ!」
看守が怒号をあげた。この日は労役のない土曜の日である。しかし休みの日であろうと、受刑者は許された時間以外横になることはできない。ただ座っているか、もしくは朝、借りた本を読むしかないのである。
ここに来て十日ほどが過ぎた。労役受刑者であるこの「受刑者番号66号」の刑事罰というのは、拍子抜けするほど簡単なものだった。頭も体も使わない単純な紙作業でしかない。
むしろ仕事のある日の方が、休みの日より楽といえば楽であった。休みの日ともなると、ひたすら本を読む以外やることがなく、とにかく退屈なのである。
土日の休みは、一日が通常の倍ほど長く感じられる。夜になっても照明は点灯したままで、そのため中々眠ることができず、朝をむかえても鬱病気味であった。
これは一週間に数度だけ、運動のため牢の外に出ることができた際、他の囚人に聞いた話である。
長くいると時々、夜中に他の囚人が叫ぶ声を聞くことがあるという。何事かと看守がたずねる。すると囚人は、己しかいないはずの独房に、他に誰かがいたと告げるのだそうだ。
この拘置所に幽霊が出ることは、決して珍しいことではないらしい。幽霊がでると囚人は他の部屋にうつされ、その部屋は無人の房になるという。66号自身もまた、夜、独房で何者かの影を感じて目を覚ますことがあった。
拘置所生活での唯一の楽しみは食事である。しかしこれがあまりにまずい。特に朝食は麦飯に味噌汁と漬物、そしておかずは必ず納豆、海苔、ふりかけ、梅干しのいずれかであった。
66号が最初に入所した日のことである。朝食の際、配膳係が新入りであるせいか、66号の部屋だけ麦飯を置き忘れてしまった。机の上には、海苔と味噌汁と漬物だけが置かれた。
「いかに囚人とはいえ、あまりにひどい……」
事情をよく知らない66号がすべてを食べ終わる頃、ようやく配膳係があやまりに気づき、机の上に麦飯だけが乗せられた。この時はさすがに普段は温厚な66号も、麦飯を地にたたきつけてしまいたい衝動にかられた。
さて、ようやく目を覚ました66号の机の上には、朝借りた本が並んでいた。
「完訳源氏物語」、「江戸城と大奥」、「徳川将軍のすべて」、なにしろこの66号は、子供の頃からの歴史好きなのである。
そしてその中から、徳川五代将軍綱吉を主人公とした小説を手に取った。付箋が挟んであり、いよいよ残りはわずか、綱吉の最期の場面へさしかかろうとしていた。
(この小説を書くにあたって、柳沢吉保のことをいろいろ調べました。現在の東京拘置所にあたる場所が、吉保の晩年の隠居所だったようです。次はいよいよ最終話となります)
66号と呼ばれた男は、ようやく独房の中で目を覚ました。意識がまだ朦朧としている。
「66号? 66号とは俺のことか? 俺の名は確か柳沢……」
ずいぶん長い間夢を見ていたようである。しかしその内容のほとんどは忘れた。ただ平安時代の十二単に身を包んだ女の言葉だけが、はっきりと記憶に残っていた。
「お前はこの先、幾度生まれ変わったとしても、最後は罪人として牢に入ることとなるのだ」
そして、おぼろげながら記憶がよみがえっていく。己は軽い傷害罪により、この東京拘置所に罪人として入れられることとなったのだ。今回は労役受刑者としてである。しかしすでに一度、殺人の罪により懲役刑をくらった、いわば前科者であった。
「66号! 今は睡眠の時間ではないぞ!」
看守が怒号をあげた。この日は労役のない土曜の日である。しかし休みの日であろうと、受刑者は許された時間以外横になることはできない。ただ座っているか、もしくは朝、借りた本を読むしかないのである。
ここに来て十日ほどが過ぎた。労役受刑者であるこの「受刑者番号66号」の刑事罰というのは、拍子抜けするほど簡単なものだった。頭も体も使わない単純な紙作業でしかない。
むしろ仕事のある日の方が、休みの日より楽といえば楽であった。休みの日ともなると、ひたすら本を読む以外やることがなく、とにかく退屈なのである。
土日の休みは、一日が通常の倍ほど長く感じられる。夜になっても照明は点灯したままで、そのため中々眠ることができず、朝をむかえても鬱病気味であった。
これは一週間に数度だけ、運動のため牢の外に出ることができた際、他の囚人に聞いた話である。
長くいると時々、夜中に他の囚人が叫ぶ声を聞くことがあるという。何事かと看守がたずねる。すると囚人は、己しかいないはずの独房に、他に誰かがいたと告げるのだそうだ。
この拘置所に幽霊が出ることは、決して珍しいことではないらしい。幽霊がでると囚人は他の部屋にうつされ、その部屋は無人の房になるという。66号自身もまた、夜、独房で何者かの影を感じて目を覚ますことがあった。
拘置所生活での唯一の楽しみは食事である。しかしこれがあまりにまずい。特に朝食は麦飯に味噌汁と漬物、そしておかずは必ず納豆、海苔、ふりかけ、梅干しのいずれかであった。
66号が最初に入所した日のことである。朝食の際、配膳係が新入りであるせいか、66号の部屋だけ麦飯を置き忘れてしまった。机の上には、海苔と味噌汁と漬物だけが置かれた。
「いかに囚人とはいえ、あまりにひどい……」
事情をよく知らない66号がすべてを食べ終わる頃、ようやく配膳係があやまりに気づき、机の上に麦飯だけが乗せられた。この時はさすがに普段は温厚な66号も、麦飯を地にたたきつけてしまいたい衝動にかられた。
さて、ようやく目を覚ました66号の机の上には、朝借りた本が並んでいた。
「完訳源氏物語」、「江戸城と大奥」、「徳川将軍のすべて」、なにしろこの66号は、子供の頃からの歴史好きなのである。
そしてその中から、徳川五代将軍綱吉を主人公とした小説を手に取った。付箋が挟んであり、いよいよ残りはわずか、綱吉の最期の場面へさしかかろうとしていた。
(この小説を書くにあたって、柳沢吉保のことをいろいろ調べました。現在の東京拘置所にあたる場所が、吉保の晩年の隠居所だったようです。次はいよいよ最終話となります)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる