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9 休憩スペースで
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「それで、どういうことか話してくれるんだろう?」
前に座ったシーヴァートが笑顔で説明を要求してきた。俺たちは今休憩スペースの角にある衝立で仕切られた席に来ていた。ここは食堂ほど広くないがソファーとテーブルが点在している生徒がくつろげるようにと用意された場所で、角にある席は衝立で仕切られていて他の生徒の目が届きにくくなっている。
給湯室もあるからお茶も飲める。もちろん茶葉もカップも用意してあるが給仕はいないので自分で入れる事になるけどな。
休み時間に話しかけて来た殿下に前からシーヴァートと約束していたと誤魔化して振り切ってここまで来たと言うわけだ。
「その前に、私の噂について教えて欲しい。どういう風に言われているんだ?」
ずるいと思うが先にそれを聞いておきたい。少し眉を上げたシーヴァートだったけど仕方ないな、と言う顔になって教えてくれた。
「先ずは呼び名。もう教室で聞いたから噂じゃなくて事実になったけどさ。それと殿下の馬車に一緒に乗って降りる時にはエスコート。まあ極めつけは昨夜食堂で同席した上に別れ際に手にキス。私が耳にしたのはそれくらいかな?」
全部見られてるじゃん…。頭を抱えたくなっていたらシーヴァートが楽しそうにこちらを見ていた。今度はこっちの番ということだよね。はぁ…。
俺は孤児院で一緒に子供達と遊んだこと。殿下から誘われて帰りの馬車に乗せてもらったこと。その後の降りる時のエスコートと食堂での色々は事実だと言うことをかいつまんで話した。
「じゃあ、たった一日で愛称で呼んでもらえるまでの仲になったってこと?」
「馬車で話していたらもっと砕けた態度で接して欲しいと言われたんだ。その時セレスと呼んでも良いかと聞かれて了承したから…そうなるのかな」
それを聞いたシーヴァートが嬉しそうな笑顔になって言った。
「おめでとう、セレスティン! もう君が婚約者に決まったも同然じゃないか。正式な発表は卒業してからになるだろうけど、君の念願が叶うのは友人として嬉しいよ」
それを聞いて一瞬で頭が真っ白になった。
”セレスティンは悪役令息だけど、本当に王子を愛しているの。純愛なの”
妹の言葉が頭の中に何度もリフレインする。そうだよ、セレスティンは殿下を本当に愛していた。目が合うだけで心臓が跳ね名前を呼ばれれば指先が震えるほど嬉しい。それに自分も引きずられている。わかっていたじゃないか。だからこれは本来なら喜ばしい事のはずなんだ。
「セレスティン? どうしたんだ?」
黙り込んでしまった俺にシーヴァートが訝しげに声をかけてきた。
「…ありがとう。でも、まだ決まった訳じゃないし」
だって中身は俺なのだ。殿下を心から愛していたセレスティンの自我はほとんど残っていないのだから。
「自信がないのか? それとも何か不安に思う事があるのか?」
俺の様子がおかしい事に気付いたシーヴァートが心配そうに聞いてきた。だからと言って話せる内容では無いから黙るしかなくて申し訳ないと思っていたら、渋いバリトンが割り込んできた。教室に置いてきたアーヴィンだ。
「二人で内緒話か? 俺をのけものにするな」
アーヴィンはちょっと粗野なのにいい声のおかげで得してるよな。シーヴァートが隣に座ったアーヴィンに今までの会話を簡単に説明してくれた。それを聞いてアーヴィンが気遣うように言ってきた。
「もしかして、あれか? 殿下が男性オメガが苦手だから自信が持てないとか?」
そう言えばそんな事を言った記憶がある。殿下との仲が全く進展しないのはやっぱり自分が男性オメガだから避けられているんだ、とか何とか。まあ、愚痴ってやつだ。
「うん、まあ、そうかも…」
事実は違うから曖昧に答えたらここにいたら絶対駄目な人物の声が聞こえてきた。
「私も詳しく聞かせて欲しい話だね。同席しても良いかな? ああ、でも休み時間が終わってしまうな。続きは昼食の時でどうだろうか?」
「「「 殿下!? 」」」
衝立の中に入って来た殿下の笑顔に三人共が飛び上がらんばかりに驚いた。
この衝立の中は覗いたり聞き耳を立てることはしてはならないと暗黙のルールがあるのだ。俺達を探しに来た粗野なアーヴィンならわかるがまさか殿下がそれを破るとは思わなかった。そして殿下が言った通り休み時間の終わりを告げる予鈴が鳴った。
「ほら、あと五分で授業開始だ。教室に戻ろう。おいで、セレス…」
そんな甘い声で呼ばないで欲しい。でも呼ばれてしまったら行くしかなくてソファーから立ち上がって殿下に近づいたら腰に手を回されてびくりと身体が跳ねてしまった。殿下から孤児院でも感じた柑橘のような爽やかな香りがして顔に熱が集まるのがわかる。そしてがっちりと回された手にこれは振り払えないなと悟った。
「こういう事にも慣れていないんだね。大丈夫、全部教えてあげるよ」
「ふぁ、は、い。あの、殿下?」
「授業に遅れるから急ごうね」
なんか、なんだろう、物凄く甘い空気になっている気がするのは俺だけだろうか?
答えが欲しいのと助けを求めてシーヴァートとアーヴィンを見たら、口をあんぐりと開いてこちらを凝視していて駄目そうだった。
衝立の外に俺の腰に手を回した殿下が出てくると休憩スペースに残っていた生徒も驚きを隠せない視線を送ってきた。こんなに注目されてしまうと恥ずかしくて顔が上げられない。それに真っ赤になっていると思う。
そのまま教室に連行されてそこでも生徒たちの注目を集めてしまっているのに席まで連れて行かれて椅子を引いて座らせてくれるのだから、もう…、
( うわああああ! 今度は独占欲丸出しの彼氏か?! 無理ぃ! 恥ずかし過ぎる! )
「ありがと、う、ございます…」
また真っ赤になっているだろうし頭の中は絶叫状態だけど何とかお礼を言ったら…
「昼食は一緒に取るから逃げちゃ駄目だよ」
ああああ―、バレてたぁぁ。こんなぐっさり釘を刺されたら逃げられないじゃん。
そして、深呼吸の回数が倍以上だったけど何とか平常心を取り戻して授業を受ける事が出来ている。せっかく今までセレスティンが築いてきた「成績優秀」という肩書を台無しにしたくないからな。
でもこの授業が終わったら殿下と一緒に昼食なのだ。シーヴァートとアーヴィンも同席してくれるよな? 頼むから見捨てないで欲しい。
前に座ったシーヴァートが笑顔で説明を要求してきた。俺たちは今休憩スペースの角にある衝立で仕切られた席に来ていた。ここは食堂ほど広くないがソファーとテーブルが点在している生徒がくつろげるようにと用意された場所で、角にある席は衝立で仕切られていて他の生徒の目が届きにくくなっている。
給湯室もあるからお茶も飲める。もちろん茶葉もカップも用意してあるが給仕はいないので自分で入れる事になるけどな。
休み時間に話しかけて来た殿下に前からシーヴァートと約束していたと誤魔化して振り切ってここまで来たと言うわけだ。
「その前に、私の噂について教えて欲しい。どういう風に言われているんだ?」
ずるいと思うが先にそれを聞いておきたい。少し眉を上げたシーヴァートだったけど仕方ないな、と言う顔になって教えてくれた。
「先ずは呼び名。もう教室で聞いたから噂じゃなくて事実になったけどさ。それと殿下の馬車に一緒に乗って降りる時にはエスコート。まあ極めつけは昨夜食堂で同席した上に別れ際に手にキス。私が耳にしたのはそれくらいかな?」
全部見られてるじゃん…。頭を抱えたくなっていたらシーヴァートが楽しそうにこちらを見ていた。今度はこっちの番ということだよね。はぁ…。
俺は孤児院で一緒に子供達と遊んだこと。殿下から誘われて帰りの馬車に乗せてもらったこと。その後の降りる時のエスコートと食堂での色々は事実だと言うことをかいつまんで話した。
「じゃあ、たった一日で愛称で呼んでもらえるまでの仲になったってこと?」
「馬車で話していたらもっと砕けた態度で接して欲しいと言われたんだ。その時セレスと呼んでも良いかと聞かれて了承したから…そうなるのかな」
それを聞いたシーヴァートが嬉しそうな笑顔になって言った。
「おめでとう、セレスティン! もう君が婚約者に決まったも同然じゃないか。正式な発表は卒業してからになるだろうけど、君の念願が叶うのは友人として嬉しいよ」
それを聞いて一瞬で頭が真っ白になった。
”セレスティンは悪役令息だけど、本当に王子を愛しているの。純愛なの”
妹の言葉が頭の中に何度もリフレインする。そうだよ、セレスティンは殿下を本当に愛していた。目が合うだけで心臓が跳ね名前を呼ばれれば指先が震えるほど嬉しい。それに自分も引きずられている。わかっていたじゃないか。だからこれは本来なら喜ばしい事のはずなんだ。
「セレスティン? どうしたんだ?」
黙り込んでしまった俺にシーヴァートが訝しげに声をかけてきた。
「…ありがとう。でも、まだ決まった訳じゃないし」
だって中身は俺なのだ。殿下を心から愛していたセレスティンの自我はほとんど残っていないのだから。
「自信がないのか? それとも何か不安に思う事があるのか?」
俺の様子がおかしい事に気付いたシーヴァートが心配そうに聞いてきた。だからと言って話せる内容では無いから黙るしかなくて申し訳ないと思っていたら、渋いバリトンが割り込んできた。教室に置いてきたアーヴィンだ。
「二人で内緒話か? 俺をのけものにするな」
アーヴィンはちょっと粗野なのにいい声のおかげで得してるよな。シーヴァートが隣に座ったアーヴィンに今までの会話を簡単に説明してくれた。それを聞いてアーヴィンが気遣うように言ってきた。
「もしかして、あれか? 殿下が男性オメガが苦手だから自信が持てないとか?」
そう言えばそんな事を言った記憶がある。殿下との仲が全く進展しないのはやっぱり自分が男性オメガだから避けられているんだ、とか何とか。まあ、愚痴ってやつだ。
「うん、まあ、そうかも…」
事実は違うから曖昧に答えたらここにいたら絶対駄目な人物の声が聞こえてきた。
「私も詳しく聞かせて欲しい話だね。同席しても良いかな? ああ、でも休み時間が終わってしまうな。続きは昼食の時でどうだろうか?」
「「「 殿下!? 」」」
衝立の中に入って来た殿下の笑顔に三人共が飛び上がらんばかりに驚いた。
この衝立の中は覗いたり聞き耳を立てることはしてはならないと暗黙のルールがあるのだ。俺達を探しに来た粗野なアーヴィンならわかるがまさか殿下がそれを破るとは思わなかった。そして殿下が言った通り休み時間の終わりを告げる予鈴が鳴った。
「ほら、あと五分で授業開始だ。教室に戻ろう。おいで、セレス…」
そんな甘い声で呼ばないで欲しい。でも呼ばれてしまったら行くしかなくてソファーから立ち上がって殿下に近づいたら腰に手を回されてびくりと身体が跳ねてしまった。殿下から孤児院でも感じた柑橘のような爽やかな香りがして顔に熱が集まるのがわかる。そしてがっちりと回された手にこれは振り払えないなと悟った。
「こういう事にも慣れていないんだね。大丈夫、全部教えてあげるよ」
「ふぁ、は、い。あの、殿下?」
「授業に遅れるから急ごうね」
なんか、なんだろう、物凄く甘い空気になっている気がするのは俺だけだろうか?
答えが欲しいのと助けを求めてシーヴァートとアーヴィンを見たら、口をあんぐりと開いてこちらを凝視していて駄目そうだった。
衝立の外に俺の腰に手を回した殿下が出てくると休憩スペースに残っていた生徒も驚きを隠せない視線を送ってきた。こんなに注目されてしまうと恥ずかしくて顔が上げられない。それに真っ赤になっていると思う。
そのまま教室に連行されてそこでも生徒たちの注目を集めてしまっているのに席まで連れて行かれて椅子を引いて座らせてくれるのだから、もう…、
( うわああああ! 今度は独占欲丸出しの彼氏か?! 無理ぃ! 恥ずかし過ぎる! )
「ありがと、う、ございます…」
また真っ赤になっているだろうし頭の中は絶叫状態だけど何とかお礼を言ったら…
「昼食は一緒に取るから逃げちゃ駄目だよ」
ああああ―、バレてたぁぁ。こんなぐっさり釘を刺されたら逃げられないじゃん。
そして、深呼吸の回数が倍以上だったけど何とか平常心を取り戻して授業を受ける事が出来ている。せっかく今までセレスティンが築いてきた「成績優秀」という肩書を台無しにしたくないからな。
でもこの授業が終わったら殿下と一緒に昼食なのだ。シーヴァートとアーヴィンも同席してくれるよな? 頼むから見捨てないで欲しい。
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