ロリ奴隷の悠々冒険記

虫圭

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1章【明日から本気出す(だから今日は寝させて)】

【11】馬鹿でも一つくらい覚えなさい。

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「……貴様ら、儂にこんなことをして、許されると思っておるのか? 貴様らがどんな算段でいるのか知らんが、儂を敵に回して貴様らに益は無いぞ」

 モリヤは俺の泊まるぼろ宿の一室の床で目を覚ますと、状況を察したのか堂々と、そして偉そうに言い放った。
 起き抜けに何言ってんだこのおっさんは。
 素っ裸のくせしやがって。
 つーか口調が昨日と変わってるじゃねーか。
 それが素か? まあ、昨日のが初対面の相手に対する名刺みたいなもんなのはさすがの俺でも分かるけど、いきなりこんな横柄な態度取られたら不愉快でしかないな。

 俺とモニカはあの後、夜が明けるまでの僅かな時間に冒険者ギルドに向かい、ギルドの外に備え付けてある公共の井戸で俺とモリヤの身体中に付いた汚れを洗い流した。モリヤよりも汚れていたのが俺の両手だったというのが、悲しい事実だったが仕方ない。俺の両手は汚れてしまったんだ……。
 まあ、もう過ぎたことなので、忘れよう。と言うか二度と思い出しくない。
 つーか、案の定井戸に着いて自身の体を洗いモリヤの体を洗おうとモニカに助力を乞うと「嫌よ汚らわしい。そんな清潔感の無い豚を洗うくらいなら、養豚場で豚と添い寝したほうがまだ衛生的よ」と、突っぱねられた。
 まあ、これは仕方ない。もしかしたら俺自身の体を洗う時にお願いしてみれば違う結果だったのかもしれないが、後の祭だった。

 モリヤは、よっぽど俺の手刀が深く急所に入っていたのか、汚れを流されている間目を覚まさなかった。目が覚めて暴れたり大声を出されたりするほうが面倒なので、それ自体は構わないのだが、意識を失った大の男一人の体を洗うというのは、想像以上に骨が折れた。
 まるで糸の切れた操り人形を手入れしているかのような気分だった。
 こんな魅力も品性も無い操り人形を所有するのは絶対に御免だが。

 体を洗い終え部屋に戻ると、それから暫くはモリヤの意識が戻るまでじっと待つしかなかった。その間に少し、これからどうするのか話したりもしたが、ばっくりとした大枠をモニカの口から聞いたくらいで、細部までを詳しく聞くことは出来なかった。
 ただ、俺が尋ねたところでモニカが詳細を教えてくれたかどうかは甚だ怪しいので、全体の流れを事前に知ることが出来ただけで、これまでにない僥倖と言えるかもしれない。
 今日一日、モニカには振り回されっぱなしだったからな。
 どういうルートを辿るかは不明だが、何処に辿り着くのかが分かっていれば、それだけでそれなりの身の振り方が出来るというものだ。
 まあ、俺自身はどんな場面でもモニカの手の内で行き当たりばったりを繰り返すことになるんだろうけど。

 そして漸くモリヤが目を覚ました。
 体を洗い終えた後、濡れた体を拭いてやるわけでもなくただ部屋の床に転がしていた。
 服など持って来ていないし、俺も替えの服など持っていないから、当然モリヤは全裸で床に転がっていた訳だ。
 朝はそれなりに冷えるので、体を洗い暫く放置したモリヤは恐らく風邪など何かしらの体調不調を来すことだろう。
 俺達の知ったことではないが。
 そして、漸く目を覚めたモリヤの第一声が、これだ。
 正直俺は憤りすら覚えた。
 モリヤを拉致したのは俺達だが、その原因を作ったのはモリヤ自身であり、拉致した後のあれこれを世話する羽目になったのも、モリヤの行いの所為だ。
 逃げ出せないように、暴れたり出来ないように既に手足は縛ってあるが、肩くらい外して黙らせてやろうか。
 まあ、それはモニカの意向次第だ。 

「…………」

 あれ? モニカが何も言わない。
 どうしたんだ? また何か考えてんのか?

「どうした。何を黙っている。何か言わんか。儂をこんな目に遭わすとは、この不届き者共め」

 うるせぇ。お前は黙れ。
 此方のほうこそお前のおかげで散々な目に遭ったんだよ。何なら俺が黙らせてやろうか。あぁん?

 モリヤに向かい合う俺とモニカ。
 扉を背にして、モニカが俺より一歩前に出るように立っている。
 モリヤは目を覚ました後、自ら身を起こしたものの腕と足は縛ってあるので、座ったまま俺らを見上げている。
 よくその肥えきった腹で起きれたな。変なところで器用な野郎だ。何かコツでもあるのか。

「…………」

 モニカは何も言わない。

「ふんっ。何の策も無いままこんな愚行に及んだのではないだろうな? およそ利口な人間のすることではないわ。儂に何の恨みがあるのか知らんが、さっさとこの縄を解け」

 おまいう……。マジでそれ、お前が言える台詞じゃねーから。
 愚行に及んだのも利口じゃないのもそのまんまお前だろ。
 そして恨みなら当然あるに決まってるだろ。
 捕まえた三人の刺客から根こそぎ情報は絞り出してんだよ。
 まあ、どうせ白を切るんだろうけどな。

 て言うか、何でモニカは何も言わないんだ?
 後ろに立ってる俺にはモニカの表情は見えないが、一体どんな顔でこの屑を見下ろしてるんだ。
 モリヤの傲岸不遜な態度に、俺の怒りは順調に沸々と沸き立ち始めているが、こんな時モニカはどんなことを思っているんだろうか。
 怒りなのか、憐れみなのか。それとも俺が思い付かない別の感情なのか。

「…………」

 やはりモニカは何も言わない。

 俺が何か言うべきか?
 いや、俺は交渉においては何の役にも立たないと解っている。
 俺の浅はかな考えではモニカの策の一分にも及ばないだろう。
 俺が口出しするのは、ただの邪魔にしかならない。
 最悪モニカの障害にさえなり得る。
 モニカに何か理由が有って黙っているのなら、俺は黙るべきだ。
 モニカが意図して感情を抑えているのだとしたら、俺も怒りを抑えるべきなんだ。

「おい! 小娘! 聞こえとるのか! 儂の声が聞こえんのか!? 賊の慰みものになった時に聴覚もおかしくなったのか!」

……この野郎。簡単に地雷踏みやがって。
 黙るべきだと、怒りを抑えるべきだと思った直後だが、撤回だ。
 これを許すことは、俺が許せねぇ。

 俺は右手を剣に伸ばす。
 ざり……と、錆の掠れる音がした時、モニカの左手が俺の方へと伸びて来た。

「貸して」

「は?」

「貸しなさい。それ」

 え、どれ? それって、え、剣のこと?
 いや、でもこの剣は多分モニカの筋力ではまともに扱えないと思う。それに、本当にただの錆びた剣だし。
 錆びで切れ味なんて無いに等しいよ?

「ちょっと、聞いてるの? そのぼろい剣、貸しなさいよ」

「あ、はい」

 モニカが首だけ動かし流し目で俺を見る。
 ざりざりと剣を鞘から引き抜き、モニカの左手に握らせる。

「おい、小娘、そんな錆びまみれの剣では儂は切れんぞ? そんなことも分からんのか? これは本当に愚か者のようだな。交渉術には長けているようだが、所詮子供ということか?」

 残念ながら、モリヤの言う通りその剣では人は切れないだろう。一級の冒険者でもない限りは。
 精々薄皮を無理矢理擦り切るか、のこぎりの様に何度も何度も削るか。
 まだ重さを利用して叩き付けるほうが有用だ。

「……ねぇ、モリヤさん。『破傷風』って、ご存知?」

……はっ!?
 俺は、その単語に心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受ける。
 え、マジで?
 モニカさん、本気ですか?

 がりがり、がり、と重そうに剣を木製の床板に擦らせるモニカ。
 やはりモニカの細腕では、ましてや左手だけでは持ち上げることすら容易ではないらしい。

「はしょうふう? 何だそれは。御託はいいから早くこの縄を解かんか! 今ならまだ許してやる。黙って儂の言うことを聞け!」

……あぁ、戦場に出たことのない商人だと、知らないもんなのか。それとも、そういうもの・・・・・・とは無縁の人生を歩んで来たのか。
 冒険者の中で破傷風を知らない奴は誰一人としていない。知らないことは死と同義だからだ。
 寧ろ、冒険者が戦場で最も気を付ける感染症と言っても過言ではない。
 それほど身近で、且つ感染しやすい病だ。
 しかし、予防法も民間療法レベルまで浸透している病でもある。
 消毒効果のある薬草などを備えていれば良い。町の医療術師に早期に見せることが出来ればそれでも良い。それで十分だ。
 万が一発症しても、極初期の段階であれば、余裕で助かる病気だ。
……だが、発症し気付くのが遅れれば。
 もし、対処することが出来なければ。
 その先に待っているのは。

「破傷風。冒険者や戦場に立たされる兵士、それに農奴なんかが多くかかる病気。その症状は三段階。発症初日。軽い熱と倦怠感、肩や背中に凝りのような違和感を感じる。二日目。口周辺の表情筋が引き攣り、口の開閉が上手く出来なくなる。同時に身体中の筋肉が強張り、歩くことも満足に出来なくなるわ。三日目。全身が強烈な痙攣に襲われ、喉が狭まり呼吸が出来なくなる。呼吸困難による生き地獄のような苦しみの中での窒息死。もしくは異常な程の痙攣による脊椎骨折などによる激しい痛みを伴う死。発症すれば間違いなく死ぬ。そしてくその原因は、土や泥の中に存在する目には見えない小さな生き物。そして、この生き物は、錆の中にも居る。だから、戦場でも破傷風を発症し死に至る兵士や冒険者は毎年後を絶たない。知っていても、早急な処置や、回復術による身体異常からの回復が間に合わないと、死んでしまうから。致死性の高い、生物による感染症。それが破傷風」

 がりがりがり。
 がりがり、がりがりがりがり。
 がり、がりがりがり。がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりーー。

 俺の錆びた剣を床板に何度も何度も何度も何度も擦り付けながら破傷風の説明を続けるモニカ。
 床に座りモニカを見上げていたモリヤの視線は何時しか錆びだらけの剣に釘付けになり、切っ先の行方を右へ左へその目が追い掛けている。
 次第にモリヤの額には汗が浮かび、じわりと浮かんだ汗は幾つかの粒となって、一つは額から頬を伝い床へ。
 一つは顎を伝い胸元へ。
 一つは額から瞼を乗り越え左の眼へ。
 汗が入った左目を閉じ顔をしかめ、ぶるぶると震えだす。

「……モリヤさん。私、丁度今、錆がたぁくさん付いた、剣を持っているわ」

 ビクッ、とモリヤが身を震わせる。
 肥えてだるだると膨らみ伸びた腹の皮がぶるんと波を打った。

「私、こんな身体でしょう……? こんな身体になるまで、幾つも幾つも。幾つも幾つも、幾つもの拷問を受けてきたの。その中の一つに、こんなのがあったわ」

「私は椅子にお行儀良く座らされ、手足を縛られる。用意するものは二つ。錆びた釘と、消毒薬。何処にでも売っている、ありふれた二つの道具。それをね、交互に使うのよ。良い? 先ず、私の身体の、何処でも良いから釘を刺すの。ブスッて。これだけでも痛いの。だって、釘って板と板を合わせて固定したりする物でしょう? 太い鉄の棒よ。刺されたらとっても痛いの。それをね、刺して、ぐりぐりぐりぐり、って、奥まで差し込むの。ぐりぐりぐりぃ~って、奥まで。これもとぉ~っても痛いのよ? だって刺される釘は錆びだらけの汚ならしい物なんですもの。釘が肉に押し込まれる度に、錆が肉の内側に引っ掛かって、削れて、中の筋肉を傷付ける。でね、バッ! って、素早く抜き取るの。勢い良く引き抜くのよ。もう、この痛みが最悪なの。肉を傷付けた釘と、錆が、まるで鋸みたいにがりがりと筋肉を傷付けながら引き抜かれるのよ? 想像できる? そんな痛みが。ねぇ。モリヤさん。想像してみて?」

 想像してみて。
 そう声をかけられたモリヤを俺は見る。
 声を発したモニカの小さな肩越しにモリヤを見下ろす。

 ついさっきまでモニカを見上げ、傲岸不遜な態度を貫いていた男が。
 どんな格好をさせられようと、自身の立場が目の前の傷だらけの少女より遥か上位であると信じて疑わなかった男が。
 今ではもう、モニカを見てすらいなかった。
 錆びだらけの重たい剣をゆっくりともてあそぶ少女の声は、この男にはちゃんと届いているのだろうか。
 モリヤは、ぶるぶると全身を震わせながら、腕と足を縛られたままで体勢を変え、膝を床に付け、額を床に擦り付けていた。
 そして、ただ一言。
「助けてください」
 そう、何度も呟いている。

「釘を暫く刺しては抜いて、刺しては抜いて。繰り返した後は、私は一日放置されるの。放置される前はね、とっても優しくされるの。『よく痛みに堪えたね。ご褒美だよ』って、とっても美味しいご飯を食べさせてくれるのよ。スプーンで掬って、私の口まで運んでくれるの。痛みに堪えて汗が垂れた額を優しく拭ったりしてくれて。そしたら私はこう思うの『あぁ、終わった。良かった』って。刺し傷のズキズキ響く痛みをじっと堪えて。……でもね、これはまだ続くのよ? 次の日、私はまだ椅子に縛り付けられたまま。お手洗いにも行かせてもらえなくて。恥ずかしいけれど、この時にはもう、漏らしてしまったり。それに、なんだか背中が痛くなってきて、顎に違和感が有る。お昼ご飯をまたあの人が掬って食べさせてくれるのだけれど、口から零れてしまうの。ぽろぽろって。私は口をしっかり閉じているつもりなのに、本当は上手く閉じることが出来ていないの。ご飯の後は、あの人はお薬を傷に塗ってくださるの。優しく、丁寧に。錆がなるだけ残らないように、ピンセットを傷口に差し込んで。この頃になると、あまりの痛みに私の感覚は麻痺してしまって、気絶してしまっているのだけれど、突然感じる消毒薬の身体をつんざくような痛みに飛び起きたりを繰り返すことになるのよ。消毒が終わったら、漸く私は解放されるの。ベッドに横たわる私を、あの人が『頑張ったね。偉いね』って。頭を撫でながら、額に置かれた冷たく濡れたタオルを何度も何度も替えてくださるの。数日。十数日。私の体力が回復すると、また、ソレが繰り返されるのよ……」

「モニカ。もう止めろ」

 俺は何処かを、何処か違う場所を見ているモニカの身体を後ろから抱き締めた。
 ガランガランッ、と、モニカの左手から俺の剣が落ち、木と金属のぶつかる鈍く籠った音が鳴る。

「もういい。見ろ。気絶してる」

 見下ろすと、床に跪き額を床に擦り付けたまま失禁し気絶したモリヤの姿があった。

「……あはぁ。腑甲斐無い男。破傷風はそんな早く死なないわよ。もっと長い間、苦しいんだから。それに、これからが面白いところなのにね。……ね、ハルベルトは続き、聞きたい?」

 モニカはモリヤから視線を外すと宙を見て俺に問い掛ける。

「モニカのことは何でも知りたい。でも、それはもっとモニカが落ち着いてからにしてくれ。俺は、お前が壊れてしまうのは、嫌だ」

「ふぅん……。そう。分かったわ。……離して」

 モニカは視線を下ろし、俺の束縛から逃れる様にもがく。
 俺は腕を放し、モニカの拘束を解く。

「前からが良い」

 モニカは振り返り、腕を広げる。
 待っているのだろう。
 俺を、だろうか。
 あの人を、ではないのか。

「分かった」

 俺は少し屈み、被さる様にモニカを抱き締めた。

「それと、お前って呼ばないでよね……。ちゃんと、モニカって呼んで」

「……分かった」

 モニカが、俺の胸の中で小さく呟いた。
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