社会人の俺が女体化したら転がり堕ちていった

ニッチ

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一章(心は)まだまだ男

第四話 敬愛も愛?

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「行くぞ、新妻」

 梅雨の重たい雲が、会社の窓際から垣間見える昼下がり、直上の式峰係長が声をかけてくる。

「うっす……じゃなくて、は~い」

 何とも間延びした返事にて、返してしまう。
 ……あの絶望の金曜日より、二ヶ月ほどが経過していた。梅雨真っ只中こと、六月の水曜日であり、昼過ぎから、係長と客先で商談の予定だ。
 女になってまだ半年と経たないが、岩にかじりついてでも、仕事にだけは馴れていかねばならない。まとめた資料と電子パットを入れた鞄をひっ下げて、マグネットボードに二人分の外勤プレートを貼り付ける。
 ――会社を出ると、ムワッ、とした湿度が全身を包む。どんよりとした鈍重そうな灰色の雲が、頭上からずっと先まで広がっていた。

「雨は降らないそうだが。――やれやれ、この時期が一番嫌いだ」

 同行する式峰しきみね係長が、分厚い雲に呟く。

「六月は祝日も無いですもんね」

 四十歳くらいの既婚者であり、やや色黒でスリムな体型のこの人は、かなり仕事が出来る部類であった。次期課長候補とも言われており、おれが車内で尊敬する数少ない男と言えた。

「重いだろ? 貸せ」

 奪うように鞄を持ってくれる。

「え? あ、は~い(こんな時、ほんと女は得だなぁ)」

 やがて着いた駅は、昼過ぎということもあって空いていた。
 外勤は好きだし、川口の監視から逃れられるのにはせいせいするけど、相変わらずのOL痴女スタイルには参った。黒のスーツの胸元は開いており、スカートの丈は膝上くらいまであるものの、スリットが超深く、だった。
 すれ違う男からは色目で、女からは軽蔑の視線を受けてしまい、いつもの事ながらゲンナリしてしまう。

「ハァ……」

 発着場プラットフォームにて、ジャストのタイミングで来た電車に座れはしたが、思わず細い肩を落としてしまう。視線を下げたその先には、開きかけた股があったので、慌てて閉じる。

「どうした?」

 低めの落ち着いた渋い声が、隣の係長から投げられる。

「え? あ、いや。何でも――あはは」

「今日の契約は取れたらデカいぞ。しっかりな」

 軽く笑う係長は、他の大半の社員と異なり、無遠慮におれの身体をマジマジとは見つめたりはしてこなかった。
 おかげでいつものイライラや生理的嫌悪感が少なくすみ、大変助かる。

「了解っす! ――です」

「お前って、ちょっと変わってる所あるよな」

 目を細める係長だが、この人に少しくらい何か言われても腹が立たない。やはり、実力もそうだが、加減を弁えているからだろう。

 * * *

 ……っとプレゼン完了。悪くない手応えだった。 
 お辞儀を繰り返して、応接室から出入口へキビキビと向かう。自動扉の前で一礼、出てからさらにもう一度、深々と頭を下げる。

「失礼いたします――」

 生温かい風にまとりつかれつつ、ようやく相手先の会社を後にする。並木道にある小さな紫陽花あじさいの傍を歩いていると、やがて係長が口を開く。

「なかなか、好印象だったな」

 相手先の担当者はそれぞれ四十歳過ぎの男女二名であった。気のせいとは思いたいが、男性社員はおれの谷間と、硝子机から透け見える生脚に、隙あらば目線を飛ばしていた。女らしく丁寧に説明すると、ふんふん、と何でも頷いてくれた。
 一方、女性社員は逆に、こっちを毛嫌いしている印象であった。――いくら何でも、色気出しすぎでしょ? 枕営業でもしにきたの? 働く女性の品位が下がるわっ――っと、嫉妬だか軽蔑だかの視線をブッ刺しまくってきた。
 だがそこは係長であった。積極的かつ無駄の無い質疑を、さわやかに受け持ってくれたので、最終的にはどちらも満足といったところまで持っていけた。

「ですね。いや~、緊張しました」

「なかなか見事な色仕掛けハニートラップだったぞ」

 小さく笑う係長は、見透かすように頷く。

「もぅ。そんなことしてませんって~」

 冗談っぽく返す。ここだけ見たら完全に女子社員だろうなぁ(いや、身体は確かに女なんだが)。

「ところで係長――えっ」

 重そうな頭上の雲が、もう辛抱たまらんとばかりに、ポッ、ポツっと雨滴を降り注ぎ始める。

「あちゃ、振ってきましたね――へっ?」

 ザアアァァ。
 普通なら、梅雨は少雨を長時間だが、今日に限ってはゲリラ豪雨みたく、激しさと勢いを増していく。
 ってか、今日は曇りという天気予報を信じてきたが、裏切られた格好だ。

「新妻、走るぞ!」

 ザアアアッ!
 まるでバケツをひっくり返したみたいな、痛いくらいの雨へと変貌していく。駅まで道半ばといった所で、路地裏に折れる。
 寂れた商店街の軒先にて、雨宿りのために並んで立つ。

「鞄を守ってたから、もうズブ濡れですよ……くしゅん!」

 気温も下がり、肌寒さすら感じる濡れ具合で、肩を小さく抱きしめる。一方、係長は服も拭かずに、何やら携帯で調べものをしていた。

「(タクシーでも呼ぶとか?)係長、ハンカチいります?」

 係長は青の刺繍されたハンカチを受け取りつつも、路地の先へ目線を向ける。

「……近くに雨宿りが出来て、服を乾かせそうな場所が一件だけあった。そこに行こう」

「えっ、タクシーとか呼んだ方がよくないっすか?」

 係長にしては、微妙な提案だと思ったが、すぐに覆された。

「――新妻おまえさ、その格好でタクシー乗れるのか?」

「えっ?」

 っと同時に係長の視線の先を追う。スーツ下の白のポロシャツは透けて、どぎつい赤色のブラが、その模様まで見える勢いだった。また、スカートも身体に張り付き、股間付近のラインまで見える有り様であった。

「ぅえ。ちょあっ!」

「しかも、会社に戻るんだぞ? まぁ、男社員達はよろこぶとは思うが」

 それはマズい、ヤバァイですよほんと。

「さ、さすが係長。そこまで考えてませんでした~」

 えへへぇ、と誤魔化す。これも女にのみ許された技だ。
 あと少しで三十歳だけど。

「――すぐ近くだ。こっちの路地から行くぞ」

 そう言って雨の中、鞄を柔らかな胸へ押しつけつつも、ふと思った。
 確かにこれだけ濡れた状態で、タクシーはちょっと嫌だし、会社への直戻りは有り得ないけど、どうやって乾かすのだろうか?
 走る足も雨足も競うようにして強まる中、ピチャピチャと水たまりを蹴り飛ばして行った。

 * * *

 ガチャ。係長が勢いよく扉を開ける。

「とりあえず、暖房エアコンだな」

 馴れた手付きで空調をけつつ、濡れた背広をハンガーに掛ける。
 やたら広い部屋の壁には派手な塗装やデザインが施されており、その真ん中には丸くて赤色のベットがドカンと置かれていた。部屋の端にはこれまた大きなスクリーンや、ソファが置かれていた。

「どうした? 濡れて寒いだろうから、風呂でも入ってこいよ」

 髪から雫を滴らせる中、おれは目を白黒させつつ、口を歪ませるように動かす。

「か、かかりちょ。えっ? なん、で、どうして――」

 ラブホなんかに?

「仕方ないだろ。身体を温めて、その間に乾燥機で服を乾燥させるしかない」

 な、なるほど? そ、そういう、アレだったのか。――け、けどやっぱり、ドギマギしつつ、動揺したまま固まってしまう。
 んが、次の瞬間、さらに頭が激しく混乱する。
 バサッ。
 係長は、まるで自宅みたく肌着を脱ぐと、当たり前だが上半身が露わとなる。年の割にはなかなかの筋肉質で、肌の黒さも相まって、どういうわけかドキリとしてしまった。
 視線を外せないでいるのに気づかれてしまう。

「どうした? 見惚れたか」

 ニヒルに笑う係長は、だが、まるで感情を読ませないような、スマートな動作と共に返してくる。

「いや、違、ます。ふ、風呂いきます!」

 気恥ずかしくて、その場を一旦は離れないとだけど、風呂なんて本当に入っていていいのだろうか? っていうか、男の裸にドキっとするなんて、ホモみたいじゃないか!
 それら以前に、さっき係長に心を見透かされた瞬間、不安なような、けど奇妙に心をくすぐられるみたいな感じがした。
 ――耳を赤くしながら、浴室へ入る。浴槽内もあちこちが鏡張りであったり、ラブホ特有のゴテゴテしたデザインに辟易へきえきしつつ、とりあえずはと雨を洗い流す。
 浴槽にお湯を張る最中、鏡に映る自分へ目が行く。未熟と成熟の間くらいの、エネルギッシュな女の肉体に、最近ようやく見慣れてきた。
 チャポン。

「ふわ。温ったかっ」

 化粧が落ちない程度に洗って入浴する。女になってから、冷えるのには特に参るようになった。
 やたらとライトアップされる浴槽に浸かりながらも、チラチラと脱衣所へのガラス扉へ目をやる。係長が入ってこないかが心配でならなかった。
 そんなことをする人では――いや、金回りも悪くないし、仕事もできて、ルックスも良いから、モテるみたいな話は聞いたことがあった。まぁ、男だった時に聞いた私生活については、サイクリングとかアウトドアとかの趣味の話くらいではあったけど。

「(そう考えても陽キャだなぁ)っと、そろそろあがるか。ずっと係長を待たせているし」

 もう少し入っていたかったが仕方がない。音を殺して脱衣所へ戻り、柔らかでキメ細かい肌を、分厚いバスタオルで急ぎ拭い撫でる。
 うーん、二十九歳とは思えぬ張りのある美肌――と、しょうもない事を考えつつ、バスローブをまとって、ガチャ。

「あがったか?」

「お先です――ひゃっ! かか、かかりちょうっ?」

 待ってください、の一言を口にするよりも、反射的に目を両手で覆ってしまった。
 髪が濡れたままなのはともかく、どういうわけか全裸で堂々とベッドに腰かけて携帯をいじる、係長がいたからだ。

「隠してっ、前を隠してください!」

 ついこの前までは散々、見慣れていたはずの男の身体(の特に一部)に、何故か強い羞恥を覚えて、悶えてしまう。

「っと、悪い悪い」

 ドッドッド、っと胸の奥で鳴り響く心臓の音と共に――かなり使い込んでいる感があった――なんてメチャどうでも良い感想を抱く。
 頭を軽くかく係長は、優雅に膝を立てにする。

「なんか、新妻には男みたく接してしまっている所があるな。俺」

 ――えっ!
 ひょ、ひょっとして、係長の中にはおれが男だった時の記憶が残っているとでも? 
 だとしたら、色々とぶっちゃけてしまうのも手、なのか?

「サバサバした、ボーイッシュなところに魅力を感じているせいかもしれんが、行き過ぎてはいかんな」

 ……そ、そういうことか。肩を落としそうになるおれの傍を通過して、浴室へと姿を消していった。
 パタン、っと扉が閉まったのを確認して、胸へ手をやって息を一回だけ大きく吐く。何か無いかと、冷蔵庫を開けると瓶詰めのジュースがあった。一応、二人分のコップへ注ぐも、眉間を寄せてさっきの事を思い起こしてしまう。
 ――先延ばしにしてはいたが、男へ戻る方法を本腰入れて探すべきだろうか? それともこのまま女として生きて行けばいいのだろうか?
 う~ん。けどやっぱり、意図的に女になったわけじゃないんだから、戻る方法と言っても、雲を掴むみたいな話だ。

「直感的だけれど、戻れるとしたって、それはおれの意思に関係なく、超常現象的に起こるような気がする」

 で、あるとするなら、やはり女としての生活をこのまま継続することになる。
 ――と、なると、係長(や川口)に、ペースを握られっぱなしなのは、いかがなものかと、という話になるなぁ。
 抵抗や反抗を示すべき一方、係長との今日の出来事について少なくとも、問題はおれの方にある気もした。
 っというのは、いくら係長を尊敬していたり、多少の憧れを持っていたとしても、ラブホに入るのをなぜ拒絶しなかった? それに風呂に入る提案だって、すんなりと受け入れすぎな気がした。
 まさか、思考まで女になりつつあるとでも? 確かに脳だって身体の一部だから、そうなっても不思議ではない、のか?

「ハァ。一体どうするのが正解なんだ?」

 ……それとも、正解なんて最初はなから無いとでも? いやいや、物騒なことを考えるな、おれ。男であろうと、女であろうと、新妻明じぶんはじぶんなのだから――。 
 ガチャ。
 扉の開く軽い音が聞こえる。湯気が寝室へ流れ入る中、恐る恐る目をやるも――流石にバスローブは着てくれていた。髪を軽くかき上げる係長は、バスローブを着こなしている感すらあり、男の色気? みたいなのを醸し出している気がした。

「(ま、また余計な事を考えてしまった)――か、係長。の、喉が渇いているならどうぞ」

 受け取るも、手渡したジュースには口もつけず、携帯を軽く確認し、そして。

「乾かすから、服を貸せよ」

 携帯を置いて、こちらへ手を伸ばしてくる。

「あ、ありがとう、ございます」

 警戒心がチリチリとうなじ辺りを刺す一方、信頼したいという感情が胸の中で拡がるという、奇妙な心理状態にて、スーツ(モドキ)を手渡す。

「? パンツとブラは?」

「へ? ええっ!」

「まぁ、濡れたまんま着るなら、別に構わんが」

 そ、れは確かに。いや、でも――。

「じ、自分でやりますっ」

「わかった。じゃあこっちだ」

 脱衣所の隣の小さなスペースに固定式の乾燥機が設置されていた。どんなプレイをしたら、乾燥の必要性が出てくるんだ?

「ネットに入れろよ。下着系はタオルみたいに強くは出来ないからな」

「は、はい」

 派手な赤いブラと、同系色なローライズのパンティーをネットの中へ入れて投入する。やがて小さな音を立てて動き出す。

「あ、あの係長」

 そうそう、言っておくべきことをこのタイミングで思い出した。

「どうした?」

「あ、改めてなんですが、春先の社長が出席した会議では、庇ってもらってありがとうございました」

 なんとなく気恥ずかしくて、バスローブの袖を握りつつ、そっとこうべを垂れる。栗色の艶やかな濡れた髪が、カーテンみたく揺れる。

「――用意してくれた飲み物を、飲もう」

 そう言うと、静かにおれの腰に手を当てて促されてしまい、またドキリとしてしまう。
 もしも今の動作が、川口を筆頭とした、他の男上司や先輩達だったら生理的嫌悪感しか感じなかったろう。が、自然な、もしくは信頼によるためか、はたまた別の感情りゆうか、ほとんど嫌ではなかった。
 ――し、しかし。今日の、おれ精神こころは、男なのか女なのか、どっちなんだよっ。

「(自分でツッコミを入れてしまった)は、はい」

 ドカッとベットに座る係長の隣に、静かに座る。冷たいジュースを飲む係長は、風呂で身体が温まったのか、胸をいくらかはだけていた。

「そうそう。いつも派手なのが好きだよな」

 乾燥機の方へ目線だけを飛ばし、そう呟かれる。

「! 違っ、あれは、オ……わ、私の趣味じゃないんですって!」

「へぇ。じゃあ彼氏?」

 スッ、と身体をこちらへ向けてくる。遊び慣れた男の、だが感情を読み取らせないような自信のある仕草に、なぜか少しゾクッとした。

「いや、あの彼氏でなくて、その――」

「川口とか?」

 ! 口から心臓が飛び出そうになる。

「か、係長!」

 動揺するおれを前に、間髪いれず、ズイッと身体をこちらへとスライドさせてくる。

「あいつとの間で、何か困ってるのか?」

 フー、っと無臭の息がおれの谷間へ流れ入る。
 ドキン、ドクン。心臓が打ち鳴る。

「困ってるっていうか。そ、そのぅ」

 やはり言うべきか? 式峰係長なら味方になってくれるかもしれない。さすがに男であったことは黙っているにしても、性的な脅迫を受けていることは相談していいかもしれない。
 ――けど、写真で脅されたのがスタートとは言え、一応は合議した勝負で負けた結果とも言えるし。一体、どうすれば……。

「新妻」

 いつの間にか、再び腰に右手が回されていた。まるで、美術品を拭うみたく、優しく触れ撫でられる。

「かかり、ちょう?」

 やっぱり、なぜか係長だとペースが狂う。緩急が上手いと言うか、人の心に入り込む際に、土足ではなく靴下まで履き直してくれるから、とでも言うか。
 サッカーボール一個分離れた位置に、浅黒く精悍せいかんで男らしい顔があった。男の記憶がある自分でも、やはりカッコいい男はカッコいい。

「信用しろ、新妻。お前は俺が守る」
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