赤い満淫電車

ニッチ

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一両目

駆け込み乗車はお止めください

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 痴漢の正体は色褪いろあせたスーツを着た五十歳くらいの、白髪混じりの男だった。もう言い逃れできないからか、固まったまま瞬き一つしなかった。私はお尻にへばりつく不潔ふけつな感覚を燃料に、怒鳴り続ける。

「次の駅で降りて、駅員に引き渡すから! 夜遅くて駅員室に誰もいなくても、警察を呼んで突き出すからっ。――ちょっと、聞いてんの!」

「……」

 髪を振り乱して叫ぶけど、何の反応リアクションもない。……さては精神異常者をよそおって、同情を誘おうとしてるとか? どっちにしろ絶っっっ対に許さないから、この女の敵め!

「周りの人も信じてください! この男、アタシにずっと痴漢してきて――」

 私のお尻を触っていた腕の手首を掴んで、無理矢理に挙手させようとした時だった。

「ひゃぁ!」

 おも、思わず叫び、後ろへ飛び退いてしまい、何人かを押し倒してしまう。だだ、だって手首が、! な、なに今の冷たさは!

「(って、それより。押し倒しちゃった後ろの人達を)すみません! すみません!」

 脱げたヒールなんて気にもせず、重なり倒れる中の一人を抱き起こそうとする。けど成人男性を女の腕力で起こせるわけが――。
 ヒョイ。

「は、えっ?」

 起こせて、しまった。六十歳くらいの古い作業着を着た男性は、まるでみたいに軽くて、手応えがなかった。表面はまるで精巧せいこう蝋人形ろうにんぎょうみたいに硬く冷たくて、さっきの痴漢の手首の感じ触り心地だった。
 ……何より声一つ出さないなんて、おかしい、よ。

「(まるで)――マネキン、人形?」

 自分の身体を抱きしめるみたくしながら、倒れた人達、他の乗客達、そして痴漢へ目線を移し続ける。やっぱり皆、止まったままで声どころか、呼吸すらしていないっぽかった。その異様な光景は、満員車両の中なのに、生きているのが私一人と思うくらいで――。
 ガタン、タタン。
 
「ねぇ、ちょっと! 一体どうしたんですか?」

 何の反応もない。――ひょっとして、最近はたれたけど、テレビのドッキリ番組みたいなの? でも放送倫理からして絶対にNGエヌジーと思う。それに痴漢の男はさっきまで動いていたのに、今は人形みたいに動かないし、重さだって違いすぎる。

「――し、失礼、します」

 近くにいる年輩の古びた革のかばんの中身を確認する。けどからっぽで、財布や携帯、また保険証みたいな身分証明証すらなかった。他の人のポケットを探ったけど同じだった。

「! そ、そうだ。私の携帯、携帯っ」

 緊張と恐怖でのどがヒリヒリする中、震える指でバッグを開けようとする。

「何も、入ってない? ウソ……なんで?」

 中身だけ落としたっていうの? 確かにかなり酔ってたからその可能性はあるかもだけど、全部ごっそり落としたりする? コスメやハンカチも全部ないなんて。
 ガタンカタン。ガタン。

「ハァ、はぁ」

 何かとてつもなく得体の知れない悪い状況に、巻き込まれていると考えてしまう。恐怖が影みたいに私へ近寄って、触れて、耳の中から頭の奥へ入り込むみたいな感覚に襲われる。
 私はただ、お酒を飲んで友達と別れて、地下鉄で家に帰ろうとしただけなのに。なんで、こんな、意味のわからない状況に、おちいっちゃってるの?

「わけ、わかん、ない」

 ――ガタンガタン。ガタンタタン。
 乗ってから何分がったのかわからないけど、体感では三十分以上は乗ってる気がした。てかまだ一駅目にも着かないなんて、おかしすぎるよ。

「そ、そうだ! 先頭車両へ行こう」

 動いている以上、車掌しゃしょうさんがいるはず。少なくとも緊急用の電話機とかが使えるかも。暑さと恐怖と緊張で汗だくな私は、顔に張り付く髪の毛もそのまま、靴下ソックスでもって先頭車両を目指す。道をふさぐ動かない人達は押しても文句を言わないから、間を割ってうみたいに歩き進む。

「はぁ、ふぅ。――えっ?」

 やっと車両間の扉に辿たどり着いた私は、言葉を失った。

「何で、扉が、赤いの?」

 しかも窓ガラスの部分まで塗装されていて、次の車両の様子もほぼ見えなかった。しかも色ムラというか、ピンクっぽくもあったり赤黒くもあったりして、
 首の後ろあたりを小さく刺されるみたいな変な感じに耐えつつ、重い扉へ手を伸ばす。

「ふっ、ん!」

 ンガチャ。ガラ、ガラガラ――。
 古くてびているのかかなり重いけど、一枚目、そして二枚目の扉を――よいしょっ――何とか開けていく。

「……はっ?」

 もう間の抜けな声は口にしたくないけど、今の精神状態で、しかも目の前の二つを見たら誰でもそうなるって。
 一つは天井や壁や床に、陽炎かげろうのカーテンがかかるみたく、景色がゆがんで見えた。それはSF映画のワンシーンみたいで、まるで私の正気みたいにふわふわと揺らいでいた。
 そしてもう一つは、車両の中央くらいに立っている人影ひとかげの存在だった。この暑いのに古ぼけた外国風のコートを着ていて、しかも帽子を目深まぶかく被っていた。
 ――いや、今はそんなことはどうでもいい。微かに動いているから、マネキンや人形じゃないのは間違いなかった。

「よ、よかった。あの、助け――」

 ズシャ。

「……エッ?」

 胸に違和感を感じて顔を下げると、私のミゾオチ辺りに、指が突き刺さっていた。離れていたはずの人影――男性? がなぜか目の前にいて、その袖口そでぐちからのぞく、
 痛みを感じないけど、自分の中の大切なぶぶんがグジュグジュのドロドロ、にされて――気色悪い気色悪いキショクワルイ! ぃやめて止めてヤメてぇヤメデエエェェ!

「あ、あっ、アアア“ッ!」

 ビクン! ……チョ、チョロチョロヂョロ。
 し、白目をいて失禁もらしてる間も、私の大事な自尊心プライド倫理観モラルに、ゴキ●リの大群がたかるみたいな感覚に神経がちぎれそう! よご、よごされけがされ犯されてぇ、実際にはそんなのをな~ん倍にもひどくしたみたい――いびびビひうちにひっ――あ、頭が変になっちゃウうウ。

「んほっ! ひょんへ、おべべべべ!」

 あれれぇ? 血は、ぜ~んぜん出ないのにぃ、視界が暗くなってきテ、呼吸いきもできなくなってくる。左目からぁ、涙以外の黄色い液体が吹き出すのぉ。それで、それでねぇ、最期さいごのぉ、力を振り絞って、よだれを垂らしながら顔をあげたんダ。
 ――するとまるで、影みたいに暗い顔っぽいのが、ゆがむ、みたいに、口を動かしテェ。

「マンイン##ではなÅいの‡で、降車⇔Dきませン」

 ……にんげんののどからがだせるとは、おもえない、ガビガビギシギシした、へんなこえだっタ。
 あ、しぬ。こころが、ひんじゃった。
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